恩人を救うために 3

 ラウドの鍵開けの魔法と、警備の騎士の少なさに助けられ、太守の館からも、副都からも、無事に脱出する。後は、当初の計画通り、廃城の正面から地下へ降りれば、「レイを救出する」というライラの依頼は達成される。副都を囲む外壁の影から廃城を見詰め、ルージャはほっと息を吐いた。だが。


「……待て」


 廃城へ真っ直ぐ向かおうとしたルージャの足を、ラウドが止める。


「廃城の周りに、誰か居る」


 ラウドの言葉に、夜明け前の暗闇を見透かす。副都と廃城の間の、峻険な山に囲まれた寂れた草原には、風に戦ぐ枯れかけた草の束しか見えない。いや。……あの影の太さと高さは、草では無い。人、なのか。廃城の、枯れた蔓草が纏わり付くボロボロの外壁に僅かに映る影を、ルージャは確かめるように見詰めた。


「サクの懸念通りだったね」


 ルージャより先に廃城を見詰めたリヒトが、ラウドに冷たい言葉を投げる。


「第三王子には、手柄を立ててあわよくば王位を簒奪しようという腹がある」


 ラウドに背負われたレイの小さな声が、ルージャの耳に入ってきた。確か、図書室で策を練る時も、サクが似たようなことを言っていた。しかし「新しき国の騎士達は廃城を怖がっているのでは?」と言って、サクの意見をラウドが一笑に付した。


「なるほどね」


 レイの言葉に、ラウドが苦笑する。


「古き国に関する呪いと、古き国の騎士を名乗る盗賊を殲滅すれば、王と人民の信頼は鰻登りだな」


 上手くいけばだが。こんな状況でも不敵な笑みを浮かべたラウドに、信頼よりも不安が勝る。第三王子が、新しき国の騎士達が廃城を見張っているのならば、どうやってライラ達を安全な廃城地下まで連れて行けば良いのだろうか?


「で、どうするの?」


 苛々した感のある言葉を、リヒトがラウドに投げつける。


「裏口から入る」


 ラウドの答えは簡潔だった。


「あの場所までは、あいつらも見張ってないだろう」


 廃城を囲む峻険な山々の後ろには、後ろから廃城を守る為に建てられた小さな砦と、小さく深い谷、そしてラウドがかつて自らの剣で切り落とし、新しき国の下で再び架け替えられた吊り橋がある。あそこを、通るのか。夢で見た、白と青の制服を身に着けた新しき国の騎士達が谷底にごろごろと倒れている様と、目の前に居るラウドが統一の獅子王レーヴェに喉を切られる様を思い出し、ルージャの背中は勝手に震え始めた。


「行くぞ」


 そのルージャの背を、ラウドが軽く叩く。


「夜が明ける前に、森に隠れよう」


 明るくなり始めた草原を、レイを背負ったラウドが足早に歩き始める。


「上手くいくと良いけど」


 皮肉を込めてラウドを睨んでから歩き始めたリヒトの後ろを、ルージャはライラの手を取ってラウドの歩調で歩き始めた。


 しばらくは、無言で歩く。


「……リヒト」


 しかし森へ入り、新しき国の騎士達の追跡に関しては問題ないとルージャにも判断できた頃に、ルージャはリヒトに小さく尋ねた。


「リヒトとラウドは、仲が悪いのか?」


「僕が、ラウドに腹を立てているだけ」


 薄暗い森の中を、全身を使って危険が無いか探索しながら歩いているように見えるラウドを一瞥してから、リヒトは簡潔に答えた。


「僕の図書室で、自分の記録を勝手に見たから」


「必要だったんだ」


 リヒトの声が聞こえていたらしい、静かな声で、ラウドが弁明する。


「リュスを、古き国を守る為に」


「結局誰も守れてないけどね」


 リヒトの鋭い言葉に、ラウドが俯くのが、ルージャの目にもはっきりと映った。


「女王リュスは統一の獅子王レーヴェに殺された。古き国の騎士達も」


 そのラウドに、リヒトは残酷な言葉を投げ続ける。


「この時代で女王の血を引くライラを見つけて女王は復活できたけど、その女王は自身の居るべき場所に帰れなくなって……」


「しっ!」


 リヒトの言葉の途中で、ラウドは唐突にリヒトの口を右手で塞いだ。

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