恩人を救うために 1
石の崩れる音が、狭く暗い通路に響き渡る。
「これで、この通路が見つかっても、廃城の地下までは誰も辿り着けない」
カンテラの明かりの下、手にした羊皮紙に書かれた、どう見ても線の塊にしか見えない地図を指でなぞりながら小さく呟くリヒトの言葉を、ルージャは不思議な面持ちで聞いていた。廃城の地下は、古き国の女王に忠誠を誓った人々が建国当時からこつこつと作り上げた、女王の為の場所。その場所を新しき国の者達に蹂躙されるわけにはいかない。それが、地下道を使って副都まで向かうことができると言い出したリヒトが、地下通路から廃城の地下へ行くことができないように、途中の壁の脆い部分を壊して通路を塞ぐことを自分の従者であるサクに言いつけた理由。リヒトの言うことは、筋が通っている。だが、退路を断たれてしまった不安感が、ルージャを捕らえて放さない。
「大丈夫さ」
そのルージャの背が、強く叩かれる。顔を上げると、サクがどこからか用意してきた新しき国の騎士の白と青の制服を身に着けたラウドが、例の不敵な笑みを浮かべていた。
「俺は鍵開けの魔法が使える。新しき国の騎士に化けてるわけだし、目端の利く奴に見つからなければ、問題なく副都の外に出られるさ」
「そう上手くいくと良いけどね」
ラウドの自信に満ちた台詞に、同じく新しき国の騎士の制服を身に着けたリヒトが冷たい意見を差し挟んだ。
「副都の太守の館の構造は、分かってるんだろう?」
そのリヒトに、あくまで明るく、そして小さい声でラウドが言う。
「夜だし、騎士の殆どは王都に行っていると言うから、警備は手薄なのでは」
「何故そう楽観視できるの、ラウド?」
少し苛々とした感じが滲み出たリヒトの言葉に、ラウドは一度真顔に戻り、そして再び不敵な笑みを浮かべた。
「不安や怖れを引きずっていても、仕方が無い」
「そうですか」
ラウドの言葉に肩を竦めたリヒトを、ルージャははらはらしながら見守っていた。ここで喧嘩をするわけにはいかない。ライラを守りつつ、副都の太守の館にある地下牢に閉じ込められているというレイを助けるという、古き国の女王となったライラの依頼を達成することが、ルージャ達の今の目的。その目的の前に仲間割れしていては、先々どうなるか。
「ラウドさん、止めて」
ルージャと同じ危惧を、ルージャの横を歩くライラも持ったのだろう、静かに睨み合いを続けるラウドとリヒトの間に割って入る。
「リヒトも」
「仰せのままに、女王陛下」
リヒトから視線を外したラウドは、ライラに深く頭を下げると、カンテラを持って先頭を歩き始めた。リヒトの方は、まだ頬を膨らませている。
「自分の判断が間違っていることもあるかもしれないって、察してくれないかな」
小さく呟かれたリヒトの言葉が、ルージャの耳を打った。
後は無言で、リヒトの父が何かの為にと副都の太守の館まで掘り進んだという、掘り痕が影になってみえる狭い通路を進む。ラウドとリヒトの間には、過去に何かがあったのだろう。温かいライラの手を取って歩きながら、ルージャはそう、見当をつけた。しかし今は、理由を聞く状況では無い。その代わり。ルージャはライラの方を見やり、小さな声で尋ねた。
「大丈夫?」
ルージャの問いに、ライラが強く頷くのが見える。ライラも、サクと一緒に廃城の地下に留まらせた方が良かったのだろう。レイを助ける計画をリヒトの図書室で立てていた時に出てきた考えを、ルージャはもう一度心の中で繰り返した。しかしながら。廃城の地下で待っていることを、当のライラが断った。
「私達のことを庇った所為で、捕まってしまったのよ、レイさん」
凛とした声が、図書室に響く。
「だから、私も一緒に行きたいの」
それが、古き国の女王の務めだと思う。ライラの言葉に、ラウドが一瞬唇を横に引いたのを、ルージャは見ていた。そして。
「仰せのままに、女王陛下」
ラウドがライラににこりと笑いかけたのは、随分経ってからだった。
ライラの行動を止める権利は、ルージャには無い。だからこそ、ライラをきちんと守らねば。心の中の決意が、ルージャの身体を熱くさせた。
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