ある騎士の夢 5
木々が疎らに生えた草地は、冷たいほど冴え冴えとしていた。
少し、寒い。思わずマントを掻き合わせる。やはりここは、あの場所より北にあるのだ。古き国が懐かしくなり、リディアはそっと首を横に振った。今は、感慨に耽っている時ではない。
新しき国の都の郊外に暴れ竜が出たとの知らせが入ったのは、昨日のこと。獅子王レーヴェはすぐに、自ら精鋭を率いて退治に赴くことに決めた。その精鋭に、何故かリディアも選ばれたのだ。おそらく、暴れ竜だろうが巨人だろうが悪霊だろうが、部下への適切な指示と自らの剣の力で全て容赦なく屠ってきた兄ラウドの『名声』故のことだろうが、かなり迷惑な話である。
「リディア殿は、竜を退治したことがおありか?」
馬を降り、馬の鞍に結びつけていた投げ槍の入った筒を下ろしているリディアに、近衛の一人が声を掛ける。彼ら近衛兵達は、何かに付けて新参者であるリディアの能力を量ろうとしている。そう、リディアには感じられた。まあ、仕方の無い面もあるだろう。かつては敵方に居た自分が、王の傍近くに仕えているのだから、彼らが疑心暗鬼に陥るのも無理はない。
「私は、竜を退治したことはありません」
だから殊更丁寧に、答える。
「それに……」
リディアがそこまで口にした、その刹那。草原に、影が落ちる。暴れ竜だ。上を向いてそれを確かめるより早く、リディアは影の落下地点へ走り、その場に居たレーヴェの巨体を突き飛ばした。
落下してきた暴れ竜の爪は、地面に伏せた王とリディアの身体ギリギリを通り過ぎる。その影が再び小さくなったのを素早く確認してから、リディアは立ち上がり、掴んだままの筒から投げ槍を一本取り出して構えた。黒い影を背中にこびりつかせている暴れ竜は、有翼二脚。翼と目を狙えば、何とか。再び近付いてきた竜に向かい、リディアは冷静に細い槍を投げた。
暴れつつ騎士達を攻撃する竜に、間髪入れず細い槍を次々と投げる。その槍の幾つかが、竜の翼に当たるのが見えた。バランスを崩した竜に、今が好機と何人もの近衛兵が飛びかかる。だが、翼をやられても竜は竜だ。竜が繰り出す鋭い爪と吐き出す炎に、近衛兵が次々と倒れていく。その光景に、リディアは暴言を吐くのをぐっと堪えた。竜は、一筋縄ではいかない。剣だけで倒せる相手ではないと昨日散々言ったはずなのに、誰も聞いていなかったようだ。それが、……悲しい。だから。
再び、剣を構えるレーヴェに向かう竜の横から、その大きく動く目に向けて最後の一本となってしまった槍を投げる。次の瞬間、暴れる竜の爪か尾に引っかかったのか、リディアの身体は弾き飛ばされ、地面に叩き付けられた。しかしそれで怯むわけにはいかない。幸い、リディアが投げた槍が上手く竜の目に刺さっている。後は。痛む全身を宥めると、リディアは落ちていた他人の剣を拾い、勢いを付けて竜の黄色い腹にその剣を突き立てた。リディアの持つ剣が竜の腹深くに突き刺さる、吐きそうになる感覚が、腕に伝わってくる。暴れる竜にもう一度弾き飛ばされ、地面に倒れ込んだリディアの瞳に映ったのは、飛び上がった獅子王レーヴェが首尾良く竜の首を掻き切った、その力強い姿だった。
「大丈夫か?」
血の滴る剣を手にしたまま、レーヴェがリディアの傍に膝を付く。王の問いに、リディアは地面に倒れたまま首を横に振った。怪我は、特に問題ない。ただ、悲しいだけ。女王の近衛が『竜』騎士団と呼ばれていたように、古き国では、『竜』は気高く神聖な動物として扱われていた。その竜を殺す事は、例え竜が悪しきモノに深く魅入られており、殺さざるを得ない状態だったとしても、不名誉で避けるべき事柄だった。だから兄は「竜殺し」と言われることを酷く嫌っていた。
兄のことを思い出したからなのか、リディアの頬に涙が伝わる。そのまま、リディアの意識は闇に呑まれた。
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