ある騎士の夢 3
ノックに応じて扉を開けると、月の光に懐かしい顔が映る。
「ルイス!」
夜にも関わらず、リディアは思わず大声を上げた。
「しっ、姉者。夜だよ」
商人風の装いをした異父弟ルイスに嗜められて、慌てて口を押さえる。
獅子王レーヴェから拝領した屋敷は、近衛兵達が多く暮らす通りの一角にある。弟とはいえ、古き国の騎士であった者がリディアの屋敷に現れたと知れ渡った日には、獅子王に対する反逆だとあちこちから怒鳴られることは目に見えている。心が落ち着くよう、大きく息を吸ってから、リディアは改めて弟を見た。
「無事だったのね」
「兄者に追い出されてたからね」
「そうだったわね」
ルイスは、兄ラウドと同じ『狼』騎士団に所属していた。だから獅子王レーヴェが古き国の都を落とした時、ルイスは探索を名目にして古き国の都から離れた場所に居た。そのルイスの後ろには、ルイスの妻である従妹のミヤと、ミヤの妹であるマイラが、黒いヴェールで全身をすっぽり覆った人物を両側から支えるように立っている。もう一人は、誰だろう? リディアが訝るより先に、ルイスは「入るよ」と一声掛けて後ろの女達をリディアの屋敷に入れた。
アリが用意したランプの明かりが煌めく居間で、ミヤとマイラが支えていた人物のヴェールを剥がす。
「ロッタ!」
ヴェールの下から現れた、自身の異父妹の姿に、リディアは再び声を上げた。女王の近衛である『竜』騎士団に所属していたロッタは、都が攻められる前に逢った時よりも痩せているように見える。いや、痩せて窶れているだけではない。どこかおどおどとしているような感じがする。かつてのロッタは、物怖じしない少女だったのに。
「妊娠してる」
妹を見詰めることしかできないリディアの耳に、怒りに満ちたルイスの言葉が響く。
「無理矢理、犯されたんだ」
ロッタの職務は、女王の四人の妹達を守ること。古き国の都が落ちる前、ロッタが女王の血を引くその四人の少女を連れて城から脱出したところまでは、リディアも報告を受けていた。だが、城から幾許も行かない呪われた林の中で、ロッタ達は新しき国の兵士達に見つかってしまったらしい。少女達は無惨に殺され、ロッタは気紛れに犯された。ルイスが現場に到着した時には既に事が終わった後。服を破られたロッタは裸のまま、少女達の亡骸を抱え、冷たい地面に呆然と座り込んでいたという。
「まったく、酷過ぎるぜ」
そう言って、ルイスは唇を噛む。
「兄者の、扱いも」
古き国の都の背後を守る砦に詰めるよう女王リュスから言われたラウドは、新しき国の戦意を削ぐ為に対峙していた騎士達を罠にかけ、自身の命と引き替えに大量の命を道連れにした。その報復の為か、ラウドの遺体は古き国の都を守る二つの塔の目の前に晒され、戦闘が終わった後も捨て置かれた。今でも、朽ち果てた遺体はその場所に晒されたままだという。
頬を、涙が流れるのが、分かる。解体した古き国の都の堀を埋める為に、都や女王を守って命を落とした騎士達の遺体を使うよう獅子王が命じたとアリから聞いた時にも、かつての部下達のことを想い、泣いてしまった。兄のことも、妹のことも、本当に酷過ぎる。
「それでも、俺達は前に進まなければならない」
古き国の騎士団訓を呟くルイスの静かな声に、顔を上げる。
「生き残った者として」
泣きそうな瞳の色をしたルイスはそれでも決然とした顔でリディアを見ていた。
そうだ。ルイスに向かって、こくんと頷く。幾ら獅子王が残酷でも、リディアは彼に仕え続ける必要がある。……アリを、生き残った古き国の騎士達を、守る為に。それでも、私達は、前に進まなければならない。古き国の騎士団が持っていた団訓を、リディアは心の中で繰り返した。
「俺は、今、女王の宝物を探している」
そう言ってから、ルイスは妻であるミヤの方を見、そして再びリディアに向き直った。
「ロッタを、預かってくれないか? ミヤとマイラを付ける」
確かに、行方不明となった宝物を探しながらロッタの世話はできないだろう。リディアは承諾の印に頷いてみせた。この屋敷なら、アリとリディアに後三人増えても十分余裕がある。しかし、懸念が一つ。
「お義父様の所には、預けられないの?」
育ててくれた養父ローレンス卿のことが気になり、尋ねる。
「親父には、俺の子を預かって貰っている」
ルイスとミヤには、一年ほど前に生まれた男の子がいる。産まれてしばらくは都で一緒に暮らしていたのだが、新しき国が古き国に対する攻勢を強めた時に、ルイスとミヤは大陸の端を支配するリディアの養父、ルイスにとっては実父に当たる隼辺境伯ローレンス卿に子供を預けた。その養父は、新しき国に領土を奪われ、幽閉されているところをラウドに助け出されて後、かつての支配地の隅で静かに暮らしているという。
「親父の所にロッタを預けても良かったんだけど、まだちょっとごたごたしているから」
なるほど。それならば。リディアはルイスに向かって、もう一度強く頷いた。
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