再び、あの場所へ 2

 数日後。熱が下がったライラと、ルージャとレイとで、副都近郊の探索へ向かう。


「ライラには、無理をかけるな」


「いいえ」


 出発前、ライラに頭を下げたレイに、ライラが微笑んで首を横に振る。まだ青白い顔をしたライラを、探索に連れ出すのは無茶だ。ルージャはそう思っていた。だが、騎士達を全員北方へ供出してしまい、アルバとユーインも居なくなってしまっている。見習いであるルージャとライラ、そして騎士団長であるレイとで、戦乙女騎士団の職務である副都近郊の探索と治安維持を行わざるを得ない状態だ。騎士の数が足りないのは、副都近隣のどの騎士団でも事情は同じ。だから、見習いの補充も、難渋している。当面は、ライラとルージャとレイとで、何とかする他無い。ライラに負担をかけないようにしなければ。ルージャはきゅっと唇を引き結び、街道を少し外れた小道を油断無く歩くレイの広い背中を見詰めた。


 その時。日が傾きかけた頃、小道の先から現れた大柄な騎士達に、行く手を阻まれる。どうやら昼間から酒をかなり飲んでいるらしい、饐えたような匂いが、レイの後ろにいたルージャのところにまで漂ってきた。レイの方も、相手にしても仕方が無いと思ったのだろう。騎士達の赤い顔を一瞥すると、レイはルージャ達の方へ腕を伸ばし、騎士達の為にルージャ達と一緒に小道の脇へ避けて道を空けた。だが。


「女がいる」


 酔った騎士達の一人が、ルージャが後ろに隠したライラの方へと腕を伸ばす。その腕を、ルージャは無意識に横へ薙いだ。その動作が、騎士達の気に障ったらしい。


「こいつ」


 騎士の腕の一つがルージャの襟を掴む。


「止めろ!」


 ルージャと騎士との間に割って入ろうとしたレイの身体は、二人の騎士によって羽交い締めにされた。


 騎士との体格差で、爪先立ちになる。襟を締め上げられて息ができない。しかしルージャを助けることができる者は、誰もいない。


「ルージャ! レイさんっ!」


 叫ぶライラの声が、ずっと遠くに聞こえた。


 次の瞬間。


「なっ!」


 驚愕の叫び声と共に、ルージャの喉が自由になる。咳き込んだルージャが目にしたのは、ルージャの腰に差していた木剣を掴み眦を上げたライラの姿。そして、ルージャの喉を締め上げていた騎士の姿は、何処にも無い。ライラが、古き国の女王が持つ呪いの力を、自分の意志で使った。そのことを理解するのに数瞬掛かる。


「ライラ」


 震える手をライラへ伸ばし、ルージャはライラの手から木剣を奪い取るように取り返した。そのルージャの横で、目の前の出来事に呆然としてレイから手を離した騎士達を、レイが両腕の肘鉄で気絶させるのが見える。地面に倒れた騎士達の方を一瞥すらせず、レイはルージャとライラの肩を優しく叩いた。


「行こう」


 レイの言葉に支えられるように、唇が震えているライラの腕を掴んで、何事も無かったかのように小道を歩く。


「何も無かった。それだけだ」


 独り言のようなレイの言葉が、ルージャの耳にどこか優しく響いた。


 だが。


「やはり貴方が、古き国の女王でしたか」


 今度は馬に乗った騎士に、行く手を阻まれる。金色の房が付いている青黒いマントと、黒緑色の鋭い視線。目の前の人物が誰なのか、ルージャはすぐに分かった。直接見たことは無いが、姿形は、レイから聞いて知っている。


「何の御用ですか、ジェイリ殿下」


 慇懃無礼に、レイが馬上の第三王子を睨む。


「この者達は、私の見習い。古き国とは何の関係もありませんよ」


 そしてレイは、ライラを庇うように腕の中に包み込むと、第三王子の脇をするりと通り抜けようとした。だが。


「えっ」


 ルージャが瞬きをした僅かな間に、第三王子が手にした剣がレイの肩を切り裂いているのが、見える。ライラは、大丈夫なのか? レイの方へ歩を進めたルージャに、レイは腕の中のライラを放り投げるように渡した。


「逃げろっ!」


 次の瞬間、景色が、変わる。枯れかけた草が風に戦ぐ、寒々とした場所に、ルージャとライラは居た。ここは。辺りを見回すまでもなく、ここが副都と廃城の間の荒野であることは、すぐに分かる。そして第三王子の姿も、レイの姿も、何処にも無い。レイは、近くにいる人を遠くに跳ね飛ばす魔法を使うことができる。レイ達と初めて出会った時、ライラが襲われていると勘違いをしたルージャがレイに飛びかかった時も、レイはその魔法を使ってルージャの身体をアルバの方へ投げた。怪我をしているにも拘わらず、ルージャとライラを逃がす為に、レイはその『力』を使ったのだ。震えるより先に、ルージャはライラの手を取って小走りで廃城の方へ向かった。レイに、ライラを託された。ならば、自分は、命を賭けてライラを守り切るのみ。


 ライラの手を引き、黄昏の光の中を早足で進む。その速さのまま、ルージャはライラと共にすっかりお馴染みになった入り口に飛び込んだ。次の瞬間、斜めになった床に足を取られ、ルージャとライラは一緒によろめいた。入り口傍に、斜めになった落とし穴がある。そのことを思い出したのは、穴に滑り落ち始めた時。


「ライラ!」


 斜面が急過ぎて、落ちるしかない。それでも、ライラは守らなければ。ルージャは無意識に、ライラを守るように抱き締めた。

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