再び、あの場所へ 1
「……全く」
明らかに苛立ったレイの声に、びくっと身を震わせる。
「ユーインとアルバが一度に行方不明になるとは」
戦乙女騎士団の執務室。部屋の真ん中に設えられた大きな机に向かい、乱暴に羽根ペンを動かして書類を作成するレイの横顔を、ルージャは悲しく見詰める他、無かった。アルバとユーインが騎士団から消えた理由を、ルージャはレイに話していない。話せるわけがない。ルージャの血で祓えないほどに悪しきモノに深く魅入られてしまったアルバの首を、ラウドが刎ねたことも、そのラウドに怒りを覚えたユーインが、ラウドに瀕死の重傷を負わせたことも、そして、ラウドが重傷を負ったが故に、ラウドの子孫であるライラがこの世界から消えかけたことも。幸い、ラウドの時代に飛び戻ることによって、ラウドの怪我はラウドの従者であるアリの、ライラと同じ威力を持つ回復魔法で癒やすことができ、ライラも今、消えることなくこの世界に存在している。ライラのことに関しては、ルージャは心からほっとしていた。しかし、アルバとユーインのことは。
ルージャとライラが自分の時代に飛び戻った時には既に、血塗られた地面の片隅に新しい土の山ができていた。おそらくユーインが、アルバを埋めたのだろう。そしてユーインは、ルージャ達から離れた。おそらくユーインは、アルバの死の原因がルージャとライラに、そしてラウドが所属する古き国にあると思い込んでいる。そのことが、ルージャには悲しく思えた。同時に感じているのは、危機感。ルージャとライラが、親友であるアルバの死の原因だとユーインが考えているのなら、いつか必ず、ユーインはルージャとライラを殺す為に二人の前に現れるだろう。その時に、自分はライラを守ることができるのか? ユーインの方が騎士としても、戦士としても先輩なのだ。ユーインと戦って勝つことができるかどうかは、分からない。
「全く」
焦燥感を覚えたルージャの目の前で、レイが再び大きな溜息をつく。
「ただでさえ、人手が足りないというのに」
レイが放り投げるように脇に置いた羊皮紙が、何かに煽られるように机の下に落ちる。その羊皮紙を拾い上げ、目を通したルージャは、書かれていた内容に愕然とした。
「その上更に、古き国を騙る輩との関係を疑われるとは」
羊皮紙の内容は、戦乙女騎士団と古き国との関係を否定する釈明。驚愕に身を震わせるルージャを、レイは冷たい目で見つめた。
「それもこれも、ルージャがあの騎士を逃がすから」
ラウドを、ライラとルージャを何度も助けてくれた人を、新しき国に引き渡して縛り首にするわけにはいかない。心の奥底で、ルージャは首を横に振った。ラウドが死ねば、ライラが消えてしまう。
「まあ、噂を流しているのが第三王子だからか、噂を信用している人が意外に多くないのが、救いだな」
目的無く、あらゆる人々を嗜虐する。それが第三王子ジェイリと彼が指揮する騎士団の性であることは、新しき国中に知れ渡っている。その嗜虐癖が、副都を守護する任務を厭がる心と繋がって、副都周辺の探索と守護を任務とする戦乙女騎士団とぶつかっているのだろう。それが副都とその周辺の人々の評価だと、レイは冷静な声で言った。
「噂が消えるまで、しばらくは、大人しくするか」
あくまで冷静な、レイの言葉に、小さく頷く。確かに、どう考えても、ライラを守るにはそれしか方法がない。
「私の相手は、ここまでで良いよ、ルージャ」
不意に、レイの口調が優しく変わる。
「ライラの傍に、居てあげなさい」
「ありがとうございます」
ルージャはほっと息を吐くと、レイに一礼してくるりと踵を返した。そしてそのまま、ライラが眠っている二階奥の部屋へと向かう。これまでの疲れが出たのか、アルバが死に、ユーインがルージャ達の前から消えたあの日以来、ライラはずっと熱を出して寝込んでいた。
「ライラ」
薄暗く小さな空間に、そっと足を踏み入れる。小さいが清潔なベッドで眠っているライラは、いつもよりも更に華奢に見えた。そのライラの、投げ出された腕にそっと触れる。まだ熱を持ったライラの身体に、ルージャは思わず涙ぐんだ。ライラに、無理をさせている。
ここから出て、父親と伯父伯母がルージャやライラと共に隠れ住んでいた集落よりももっと深い山の中に隠れ住んだ方が良いだろうか? 小さく上下するライラの胸元を見ながら、そんなことを考える。いや、例え隠れたところで、古き国の女王を殺そうとする輩は必ず、ライラを探し出すだろう。それならば、堂々とこの街に居た方が良いかもしれない。少なくともレイは、ライラを気に入っている。ライラを守ってくれるかもしれない。いや、ライラが古き国の女王の血を受け継いでいると知れば、レイだってライラを殺そうとするかもしれない。やはり、ここは危険だ。出て行った方が良い。しかし隠れ住む場所に関して、思い当たるところは無い。ぐっすりと眠るライラの横で、ルージャの思考は堂々巡りを繰り返していた。
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