憎しみの結論 2

「はいはい」


 不意に、ルージャの前に赤い小柄な影が立つ。


「弱い者虐めはやめようね」


「ラウド!」


 ルージャの前に立ったラウドが、ルージャに不敵な笑みを向けるなり三人の男達の真ん中に飛び込む。あっという間に、大柄な男達はラウドの剣の下で伸びていた。


「ま、こんなもんだろう」


 振り向いたラウドに、怪我をした様子は無い。顔色が悪い理由はおそらく、悪しきモノの影響だろう。ルージャはほっと息を吐いた。


「悪しきモノの影響は、小さめだな」


 首を刎ねる必要は無いだろう。そう呟きながらルージャの傍に戻って来るラウドに、劣等感を覚えてしまう。自分は、また、ラウドに頼ってしまった。ラウドに頼らなくても、自分一人で様々なことに対処し、ライラを守ることができる日が、来るのだろうか? 永遠に来ない気がする。


「何悄気てんだ?」


 不意に、ラウドがルージャのぐしゃぐしゃの髪を更にぐしゃぐしゃにする。


「おまえが騎士見習いになって何日経つ?」


 ラウドの問いに、ルージャは日にちを数えてみた。……レイに連れられて副都に来てから、まだ一月も経っていない。短い期間なのに、色々なことが有り過ぎたので長く感じてしまっていたようだ。


「そんな短い間に騎士になれるわけないだろう? 騎士になるには長い研鑽が必要だ。俺だって、見習いの頃は怒られてばっかりだった」


「本当に?」


「ああ」


 ラウドの言葉は、俄には信じられない。だがラウドは、次に驚くべきことを言った。


「女王にも、リュスにも一度、騎士叙任を拒否されている」


「え?」


 騎士叙任の際の女王の質問に、ラウドは「新しき国に復讐したい」と答えた。それで公衆の面前で不合格を貰ってしまったのだと、ラウドは笑って、言った。


「なんで」


「俺の、左肩の痣は知っているよな」


 ラウドの言葉に、こくんと頷く。ライラと同じ場所にある、ライラと同じ獅子の横顔の形をした痣のことは、忘れてはいない。


「その痣の所為で、殺したい程憎い奴が、新しき国にいる」


 不意に、ラウドの声が変わる。その声の凄惨さに、ルージャは息を呑んだ。ラウドが、憎む相手とは、一体? しかしルージャの疑問に、ラウドは一切答えず話題を変えた。


「そいつが憎いことは、今も変わりはない。でも、その憎しみの所為で自分が大切に思っている者や場所を壊すわけには、いかなかったんだ」


 だからラウドは、次の騎士叙任の時に「大切な人を守りたい」と答え、無事騎士叙任を受けた。


 ラウドの言葉に、考え込む。女王に対するルージャの解答が、騎士として間違っていることは、分かっている。だが、それ以外の目標が、無い。父や伯父伯母を殺した犯人の見当も、未だついていないのに、それ以外の目標を、どうやって探せというのだろうか? 分からない。ルージャは首を横に振った。


 そして。


「その痣を、レイも持っていることを、ラウドは知ってる?」


 思い出した質問を一つ、ラウドに投げかける。


「ああ」


 レイは、獅子王レーヴェの血を引くから、持っている可能性はあるだろうと思っていた。ラウドは事も無げにそう、言った。


「最初に逢った時は、そんなことは分からなかったがな」


 レイも、ルージャ達と同じように、まだ見習い騎士であったころに『肝試し』として廃城に入っている。そしてそこでラウドと出会い、レイの騎士としての素質を見抜いたラウドはレイを女王の謁見の間に案内した。しかしレイは、「私は新しき国の騎士だ」といって見習い騎士の証である椿の留め金を受け取ることを拒んだらしい。レイらしい。ラウドの話に、ルージャは心の中で笑った。


 そして更に、もう一つ。


「ライラの痣は、どうなんだ?」


 左肩の獅子の痣が獅子王の血を引く者に表れ、そして獅子の痣を持っている者だけが新しき国の王になる資格がある。それならば、ライラにも王となる資格があり、それ故に、王位継承権を持つ他の者によって、ライラを守ろうとした父と伯父伯母は無惨にも殺されてしまったのだろうか。心の奥底にしまっていた懸念を、ルージャはラウドに問うた。


「あー、それは……」


 ルージャの問いに、何故かラウドは言い淀む。


「まあ、ライラが獅子王の血を引くことは確かなんだけど」


 おそらく、ルージャの住んでいた集落が襲われた原因はそうではないだろう。ラウドはゆっくりとそう、言った。現在の獅子王の息子の内の二人、第一王子と第四王子は、殆ど原形を留めていないらしいが『獅子の痣』を持っている。副都の太守の娘であるレイとその末妹もいるので、王位に関しては女性であり、誰とも知れぬライラには何も権利は無いだろう、と。


「それよりも」


 そう、前置きして、ラウドはある意味恐ろしいことをルージャに告げた。


「ライラが、古き国の女王の血を引いていること。それが、原因だと俺は思う」


「は、い?」


 ラウドの言葉に、ぽかんと口を開けてしまう。ライラが、古き国の、女王の血を、引いているだって?


「その、木剣」


 ルージャの驚愕には構わず、ラウドはルージャが剣帯で吊り下げている木製の剣を指差した。


「君の腰以外の何処かで見たことが無いか?」


 ラウドに言われて、思い出す。確か、廃城に居た、古き国の女王の腰にあったのも、同じ形と模様の剣。


「その木剣は、女王の『証』である三つの宝物の内の一つだ」


 女王がその『力』を発揮する為の三つの宝物、王冠、首飾り、そして剣。その三つがあって初めて、女王は悪しきモノを封じる力を持つ騎士を任命することができる。ライラは確かに、この剣を持った時に光を発し、ルージャとライラを殺そうとした騎士達を消した。それが『女王の力』の一つだと、ラウドはルージャに答えた。強大な回復の力と共に持ってしまった、古き国の女王の呪われた力だと。


「残念なことに、新しき国は予言に惑わされ、女王を殺そうとしている」


 『古き国の女王が、新しき国を滅ぼす』。何時からか言われ続けている予言に従い、代々の獅子王は、元々古き国に仕える辺境伯の一人だったにも拘らず、古き国を攻め、そして併呑した。新しき国の支配者の考え方は、古き国が滅びてしまっているルージャの時代でも変わらないだろう。ラウドの言葉に、ルージャは首を縦に振った。古き国の騎士を騙る者達を、新しき国の人々は『邪悪な女王を復活させる為に罪無き人々の首を無慈悲に刎ねている』と言って嫌っている。かつてユーインがラウドに対して吐いた暴言を、ルージャは不意に思い出した。現在の王が伏せっている理由も、古き国の呪いだと言われている。ライラを、古き国の女王の血を引くライラを悪意から守らなければ。強い思いが、ルージャの心に湧き上がった。だから。


「ルージャ、君は、命懸けでライラを守らなければならない」


 ラウドの言葉に、当たり前だというように頷く。しかしラウドは更に、冷たく思える言葉を叩き付けた。


「君の為ではない。この地に生きる人々を助ける為に、ライラを守らなければならないんだ」


 悪しきモノから人々を守る為に。ラウドははっきりとそう、言った。


「悪しきモノとは、一体何だ?」


 そのラウドに、問う。


「領域を超えて人々を襲い、この世界に悲しみをもたらすモノ。俺はそう、思っている」


 ラウドは少し考えてから、ルージャに向かってそう答えた。


 この世界には、人間とは違う生き物達が多く暮らしている。そのもの達の営みは勿論、人間の営みとは違うわけだが、人間に害を為すような営みを行うもの達も、この世界には確かに存在する。それが、悪しきモノ。悪しきモノが生じる原因は、分からない。だが、この大陸に生じていた、悪しきモノの本体だと思われる『闇の王』を、初代の女王と辺境伯達とで封じて以来、古き国の女王より叙任された騎士達の血と力によって悪しきモノを鎮めることができることは分かっている。


「だから、古き国の騎士達っていうのは、悪しきモノに対する生け贄、というか、まあ言われているほど格好良い存在じゃないってことさ」


 古き国自体に、領土的野心は無い。新しき国が良い政治をするのであれば、新しき国が古き国に取って代わっても全然構わない。ラウドははっきりとそう、言った。但し、女王は必要。


「なるほど」


 古き国の女王も、ラウドのような古き国の正式な騎士もいない現在、悪しきモノから人々と、この場所に暮らす生きとし生けるものを守る為には、古き国の女王の血を引くライラが三つの宝物を得て女王となり、悪しきモノを封じ、悪しきモノに魅入られた者達を助けることができる『力』を持つ騎士を叙任することが必要。ルージャはそう、理解した。その為に、ライラを守らなければならない。その為には、今は、ライラが女王であることを隠さないといけない。例え、自分の身が滅びても。全身が、震えるのを感じる。恐怖、だ。心に渦巻く感情を、ルージャはそう、分類した。


 だから。


「ラウド」


 その震えのまま、ルージャはラウドに最後の質問を投じた。


「ラウドは、その、自分の未来を知っているのか」


 ルージャの問いに、ラウドはルージャを見、そして頷く。


「怖く、ないのか?」


「正直に言えば、怖い」


 そう言ったラウドの顔は、先程よりも更に蒼くなっているように見えた。


「大丈夫か?」


 思わずそう、尋ねる。ルージャはラウドを覗き込むように見詰めた。


「ああ」


 その蒼い顔のままで、ラウドはこくんと頷く。悪いことを、聞いたかもしれない。答えは、分かり切っていたはずなのに。自分が情けなくなり、ルージャは下を向いた。


「大丈夫だよ」


 そのルージャの方を、ラウドが優しく叩く。


「痛いのは、慣れてる」


 ラウドのその言葉よりも、最初に出会ったときと同じ不敵な笑みに、救われる。それでも、ルージャは泣きそうになり、思わず下を向いた。


 どのくらい、下を向いて歩いていただろうか。ふと、顔を上げると、ラウドの姿は既に無かった。おそらく、過去に帰ったのだろう。


 ラウドのように、強くなりたい。ルージャは心からそう思った。

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