レイの秘密

 それからは、ただ無言で、林の中を歩く。どんなに歩いても、件の騎士団長は見つからなかった。既に、辺りは薄暗くなっている。レイの指示で、ルージャは林内の小さな空間に野宿の準備をした。


「ほら、さっさと薪を拾って火を熾して」


 その野宿の準備をするのも、何故かルージャのみ。傍の木に背中を預けたレイは、ただ指示するだけ。幾ら何でもこれは、ルージャへの罰としても酷過ぎるのではないか? ルージャはそう思ったが、やはり、黙っていた。


 一方、レイは、ライラには優しかった。


「水を汲んでおいで、ライラ。近くに泉があったの、覚えているだろう?」


 ルージャが持ってきた荷物から手桶を出して、ライラににこりと笑う。


「水を汲んだら、水浴びをすると良い。秋とはいえ、汗をかいたままでは気持ち悪いだろう」


 ライラがにっこりと笑って、小さく頷くのを、ルージャは焦燥と共に見ていた。


 レイは、ライラに優しい。ライラは可愛いから、優しくしたいとルージャも自然に思う。だが、レイのライラに対する優しさは度が過ぎているように、ルージャには思えた。まさか。ラウドがライラを抱き締めた時に感じた、怒りに似た感情を、レイに抱く。レイは、ライラをルージャから奪おうとしているのだろうか。いやいや。ルージャは慌てて首を横に振った。ライラは、誰のものでもない。ライラが誰を選ぶのかは、ライラ自身が決めること。ルージャには、……何も言えない。


「ほら、早く夕食の準備」


 ぼうっとしているところを、レイにどやされる。しかし、ルージャの思考は、夕食の時も、眠る為に横になった時も、同じ所をぐるぐると回っていた。ライラは俺のものだと、はっきり言いたい。しかしそれを言ってしまうと、ライラは、ルージャを軽蔑するだろう。それは、嫌だ。


 ぐるぐると回る感情に、水の音が混じる。雨、か? はっとして起き上がったルージャは、焚き火の向こう側で眠っていたはずのレイの姿が見えないことに気付いた。ライラは、ルージャの近くで軽い寝息を立てている。では、レイは、……何処に消えた? まさか、今日は遭遇しなかったのですっかり忘れていたが、人々に取り憑き狂わせる『悪しきモノ』は木々の間に現れることが多いと、確かラウドは言っていた。まさか。レイは悪しきモノに掠われてしまったのか? 震えが、ルージャの全身を走る。怖い。それが、ルージャの正直な気持ち。だが、それでも、助けなければ。保護者を殺され、路頭に迷うはずだったルージャとライラをレイが自分の騎士団に引き取ってくれたから、今のルージャとライラがある。


 だから。近くに置いておいた短刀を握りしめ、音の方へと急ぐ。だが、水音のした方、泉がある場所の傍で、ルージャの身体は動かなくなった。微かな月明かりが、泉と、泉で水浴びをしているレイの仄白い裸身を浮かび上がらせる。レイの左肩にある黒々とした痣は、ライラの左肩にある痣と同じもの。そして。レイの両胸は、ライラよりも大きく膨らんでいた。


「お……」


 無意識に、呟く。次の瞬間。飛びかかって来た冷たく濡れたレイの身体が、ルージャの身体を為す術も無く冷えた地面に押しつけた。


「見たな!」


 ルージャの瞳に、目を吊り上げたレイの顔が大写しになる。


「私の秘密を知った者を、生かしておくわけには……」


 レイの冷たい両手が、ルージャの首に掛かる。


「レイさん?」


 だが、レイの手がルージャの首を締め付ける前に、ライラの声が、救いのようにルージャの耳に響いた。


「レイさん?」


 驚きで目を大きく見開いているライラが、木々の間に見える。レイは諦めたように目を伏せると、ルージャの身体の上から退いた。


「しばらく向こうを向いていてくれないか?」


 ぶっきらぼうに、ルージャにそう指示する。起き上がったルージャは、ライラの立つ場所へ向かった。


「レイさん、は」


「ああ」


 ライラの問いに、首を縦に振る。男の人だと思っていたレイは、女性だった。


 しばらくそのままでいた二人の前に、レイが現れる。騎士団の制服をきちんと着たレイは、どう見ても、大柄な男性にしか見えなかった。しかし、肩の痣も、胸の膨らみも、幻ではない。


「話しておくよ」


 泉の傍の木に背中を預け、レイが座り込む。ルージャとライラはレイの傍に座り、呟くようなレイの告白を聞いた。


 副都を支配するレイの父は、統一の獅子王レーヴェの血を引いていることを常に自慢していた。そして、父が若い時に即位した現在の獅子王に飽き足らぬものを感じていた。自分なら、もっと良い政治を行い、新しき国をますます富ませることができるのに。しかし獅子王の血を引くが、獅子王の証である『左肩の獅子の痣』を持たない自分は、王にはなれない。だがしかし、自分の息子に、獅子の痣を持つ者が生まれるかもしれない。そうなれば、子供を王にして自分が実権を握ることができる。そう思い、レイの父は獅子の痣を持つ、小さな騎士団を差配する零細貴族の娘である奥方を娶り、多くの子を産ませた。しかし、残念なことに、獅子の痣を持って生まれたのは、レイチェルと名付けられたレイと、レイの末の妹の二人だけ。諦め切れなかったレイの父は、レイを男児として育て、性別を偽ったままレイを王にしようとした。だが、蔑んでいたはずの獅子王の治世は、父が納得するほどの賢政だった。偽って娘を王にするよりも、もう一人の娘を王あるいは王子の正室にし、その息子に希望を託した方が賢明だ。そう判断したレイの父は、レイを見捨てた。


 レイの告白に、怒りを感じ、そっと身動ぎしてレイから離れる。ルージャのその行為に、レイは嘲るような笑みを浮かべた。

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