騎士の条件

 三階に辿り着いて、辺りが急に明るくなる。


「あれ、女王様じゃない?」


 ライラの囁きに、バルコニーの方を見る。確かに、埃のような砂が舞う、黄色に近い明るさの中で、女王が一人、バルコニーから外を見て佇んでいるのが見えた。何を、見ているのだろうか? 好奇心に駆られ、ルージャはライラと共にバルコニーへ向かった。


 だが、バルコニーから見えた光景に、好奇心を後悔する。バルコニーの向こうに広がっていたのは、小さな煙があちこちから上がる都。そして、そこだけ岩山が途切れた、都の入り口を守るように建つ二つの塔の向こうに見えたのは。


「ラウド!」


 思わず、叫ぶ。身体から切り離されたラウドの首が、立てられた柱の上に乗せられているのが、ルージャの視界にはっきりと、映った。身体の方は、首が乗せられている柱に縛り付けられ、これも無惨な姿を晒している。


「ああ」


 ライラが、バルコニーに頽れる。支えるようにライラを抱き締めると、ライラはルージャを見、そしてルージャの胸に顔を埋めて泣き出した。


「皆、戦いに行ってしまった」


 静かな声に、顔を上げる。ルージャの傍に、青い顔の女王リュスが、ただ静かに立っていた。


「誰も戻って来ない」


 女王の首に掛かる首飾りの、血のように赤い宝石に触れながら、女王が独り言のように言葉を紡ぐ。


「ラウドは、女王の宝物を置いて地下に逃げるよう、言ってくれた。だが、この宝物が無いと、騎士を任命することができぬ」


 女王の言葉は、静かで、そして無限の悲しみに満ちていた。


「第一、逃げたところで何になる。捕まって、……殺されるだけ」


 そして不意に、女王リュスは真剣な赤い目をルージャに向ける。


「ルージャ、そなたは騎士になって、何がしたい?」


「え……」


 女王の問いに、というより、その真剣な口調に、絶句する。ルージャが騎士を目指している理由は、父と伯父伯母を殺した奴らを捜し出し、仇を討つ為。しかし、今この場所で、それを口にして良いのだろうか? 女王の問いには、この答えは相応しくないように思える。だが、これを答えるより、他に無い。


「親父と、おじさんとおばさんの仇を討ちたい」


 蚊の鳴くような声しか、出ない。ルージャの解答に、女王は目を細めた。


「それで、その後は?」


「え」


「その後、その敵の血縁者が、そなたを狙ってきたら、どうする? そなたに近しい者として、そこにいるライラの命まで狙ってきたら?」


 それは。思考が、止まる。


「不合格だな。そなたには、……覚悟が足りぬ」


 言葉の出ないルージャに、女王は静かに身を翻した。途端。再び、景色が暗くなる。


「おい、何処へ行った!」


 件の騎士隊長の声に、ルージャははっと我に返った。バルコニーの外から見えるのは、すっかり日が落ちた空間と、何も無い暗い荒野、そして副都の城壁の僅かな明かりのみ。自分達の時代に、戻って来たのだ。ルージャは胸を撫で下ろした。


「ここに居たのか」


 騎士隊長が、ルージャ達の前に立つ。


「お前達も、幻を見たのか?」


 騎士隊長の問いに、ルージャは首を横に振った。幻ではない。あれは、過去に本当に起こったこと。


「ここは、止めておいた方が良い」


 騎士隊長は、しゃがんだままのライラを軽々と抱き上げると、バルコニーから離れるようルージャに指示した。


「古き国の女王は、この場所で首を斬られたらしい」


 最後の女王リュスの首を斬ったのは、統一の獅子王レーヴェ。そして切り離された女王の首は、その白金色の長い髪でバルコニーの欄干に結びつけられ、朽ち果てるまで放って置かれたらしい。


「ただの古城だと、思っていたが」


 そう言った男の袖から、何か光るものが落ちる。男は、女王の謁見の間で小さな宝物を幾つか見つけたらしい。一つ要るか? そう言われて差し出されたブレスレットをルージャは丁重に断った。何故か、貰ってはいけない気がしたのだ。


「そうか」


 騎士隊長の方も、あっさり、ブレスレットを引っ込める。


「俺の方はこれで満足したし、帰るか」


 騎士隊長の言葉に、ルージャはほっと胸を撫で下ろした。

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