古き国の騎士を憎むもの 1

 投げた石が、二十歩ほど離れた場所にある的の真ん中に当たる。的が発した強い音に、ルージャは思わずにんまりと口の端を上げた。幼い頃、父や伯父から石投げの方法を習い、少しずつ鍛錬はしてきたつもりだ。それに加え、戦乙女騎士団について様々な調整を行う職務を持つ、老齢の家令に教わった石投げのコツがあるからだろうか、石投げの精度が増した気がする。これで、ライラを守ることができる。戦乙女騎士団が使っている詰所の中庭の端、影になった場所に置かれた椅子に腰掛け、魔法書らしき本を開いているライラをそっと見やり、ルージャは今度はしっかりと、頷いた。いや、騎士団長であるレイや、先輩であるアルバやユーインと比べれば、自分はまだまだだ。鍛錬は継続しなければ。


「石投げ、上手くなりましたね」


 ルージャの石投げの様子を横で見ていた家令の声が、中庭に響く。


「明日からはもう少し的を小さくしましょう」


 そう言ってから、家令はルージャに、ルージャの背丈より少し短い弓を示した。


「次は弓の稽古です」


 家令にこくんと頷いて、練習用の矢がたくさん入った矢筒を背負う。家令から弓を受け取ると、ルージャは矢筒から取り出した矢を弓につがえ、ピンと伸びた弓の弦を力一杯引き絞った。弓も、父に習ってはいた。だが、家令から手渡された弓の弦は、いつものことながらかなり固い。


「強めに張っていますから」


 歯を食いしばるルージャの耳に、家令の穏やかだが厳しい声が響く。


「しかしこの方が遠くまで飛ぶ。威力も」


 そうだ。ライラを守る為に、必要なのだ。ルージャは何とか弓を引き、矢を飛ばした。しかし矢の方はふらふらとしか飛んでいかない。まだまだ、鍛錬が必要だ。家令に言われる前に、ルージャは自分にそう言って身を引き締めた。


「掃除、終わりました」


 何度か頑張って、何とか的まで矢が飛ぶようになったルージャの耳に、アルバの静かな声が入ってくる。次に行われることを察知し、ルージャはふうと息を吐いて弓を下ろした。


「では、次は、剣の訓練ですね」


 ここへ来てから何度もやってはいるが、剣の訓練は、やはり苦手だ。ルージャを呼ぶ家令の声に、ルージャはもう一度深い溜息をついた。しかし一人前の騎士になる為には、剣の技も、必要。それは、分かっている。だから。中庭の真ん中で、木でできた練習用の剣を構えたアルバの前に、ルージャも練習用の剣を持って立った。


「やあっ!」


 すぐに、アルバの剣が上から降ってくる。小柄な身体を利用して素早く小さくその技を躱すと、ルージャは無防備に見えたアルバの横腹を手にした剣で薙いだ。しかしながら。ルージャの攻撃を、アルバは易々と躱す。そして一瞬で、アルバはルージャの剣を地面に叩き落とした。


「いっ……」


 練習用の剣で打たれた手の甲の痺れに、思わず呻く。


「大丈夫か、ルージャ?」


 しかしアルバの気遣わしげな声に、ルージャは強がった笑みを見せた。


「うむ、アルバは中々上手くなりましたね」


 二人の戦いを見ていた家令が、ゆっくりと頷く。


「ルージャはもっと足を使わないといけませんね」


 そして。家令の次の言葉に、ルージャははっと、一瞬だけ息を止めた。


「小柄な者には、小柄な者なりの戦い方があるはずです」


 そうだ。家令の言葉で脳裏に浮かんだのは、ラウドのこと。ルージャより頭半分背が高いだけのラウドは、その小柄な体格で素早く動き、相手の裏をかいて敵を屠っていた。あのラウドくらい、相手の動き方を予想して的確に俊敏に動くことができれば、剣でライラを守ることができる。ルージャは一人こくんと頷くと、もう一度剣を構えたアルバに対峙した。今度は、アルバの動きをきちんと予測して動こう。ずっと高い位置にあるアルバの、短い黒髪に縁取られた四角い顔を、ルージャはしっかりと見上げた。だが。


「きゃあっ!」


 ルージャが動く前に、ライラの叫び声が耳を打つ。同時に、上から降ってきた大きな水の塊が、ルージャとアルバを襲った。


「アルバさん! ルージャ!」


 赤い髪からぽたぽたと垂れてくる水滴の向こうに、大慌てでこちらに向かってくるライラが見える。


「ご、ごめんなさい」


「あ、うん、大丈夫だから」


 アルバに向かって頭を下げるライラに、ルージャはいつも通りの笑顔を見せた。


 幼い頃から、ライラは自分の母から魔法を習っている。だが、回復の魔法はどんなに酷い怪我でもたちどころに治ってしまうほど上手なのだが、その他の魔法については何故か時折、今回のように暴走してしまう。ライラの魔法が暴走する度に、仕方が無いことだと伯母は笑っていた。その伯母の無残な死に様が脳裏に蘇り、ルージャは急いで、振り払うように首を小刻みに横に振った。


「あ、やってる」


 そのルージャの耳に、ユーインの声が入ってくる。確かユーインは、騎士団長であるレイの従者として、今日は詰所内のレイの執務室にいるはずだ。なのに何故、中庭に? ルージャの小さな疑問は、しかしすぐに解けた。


「どうした?」


「従者失格だとさ」


 アルバの言葉少なの問いに、ユーインが大袈裟に肩を竦めるのが見える。


「落ち着きが無さ過ぎだって」


 副都に居る騎士達をなるべく多く王都や北の国境付近に向かわせるという命令に従い、レイは戦乙女騎士団に所属する正規の騎士だけではなく自分の身の回りの世話をしていたベテランの従者まで差し出していた。だから当面の間、見習いであるルージャとライラとユーインとアルバが交代でレイの従者を務めることになっている。今日はユーインがその任に当たっていたのだが、レイが作成していた書類の上で花瓶の水をひっくり返してしまったらしい。二度手間だと、怒り心頭だった。ユーインのあっけからんとした言葉からレイの怒りの強さを想像し、ルージャは背筋が寒くなるのを感じた。


「ユーインが従者失格となると」


 そのルージャの横で、家令が涼しい視線をアルバに向ける。


「当面はアルバ、あなたがレイの従者を務めなさい。……濡れた服を着替えてから」


「はい」


 家令の言葉に、アルバは素直に頷くと、乾いた服が用意してある洗濯室の方へと向かった。

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