役に立たない騎士達と、手助けする騎士 1

 その晩のレイは、何時に無く苛ついているように、ルージャには見えた。


「父に、王都へ来るよう命令が来た」


 賄いの小母さんがテーブルに並べてくれたパンを無造作に齧りながら、独り言のようにレイが言う。


「兄弟達も、全員連れて行くそうだ」


「あらあら」


 叩き付けるようなレイの言葉に反応したのは、賄いの小母さん。


「それじゃあ、副都の守りはどうするの?」


 小母さんの言葉に、レイは顔を歪めて舌打ちした。


「私の騎士団と、リールの騎士団、それに第三王子の騎士団で何とかしろと言われた」


「第三王子は副都に割と近い場所に領地を持っていますから」


 素行はあまり宜しくないという評判ですが。レイの後ろで給仕をしていた家令が呟くようにそう付け加えた。「第三王子」と呼ばれてはいるが、王家に代々伝わる『徴』を持っていないため王位継承権を剥奪されているとも。


「全く、父上も何を考えて王の我が儘を承諾したのか」


「隣国の動きに不審な点があるのでしょうか」


「それは無い」


 ユーイン達に連れられて行った食堂の小母さんと同じ懸念を口にした家令を、レイは一笑に付した。


「今の正妃は、隣国の王の妹だ。わざわざ力で押さなくても、この国を手に入れようと思えば簡単にできる」


 レイは苦い顔でそう言うと、少し乱暴に夕食のスープに手をつけた。


「おそらく、王の病に関係があるのだろう」


 新しき国の現在の王は、原因不明の病で伏せっているという。有能な治療師が幾ら手を尽くしても、王の病は快方に向かう気配が無い。そこまで言ってから、レイは美味しそうに湯気を立てている焼きたてのパンに乱暴にかぶりついた。


「王都に騎士を集めたところで、王の病が治るわけでもあるまいに」


 王の病の原因が、とうの昔に滅ぼしたはずの古き国の女王にあるのではないか。そう思っている輩がいるらしい。レイの言葉に、ルージャは思わず耳を欹てた。古き国の女王は、その血の中に恐ろしいほど強大な魔法の力を受け継いでいる。かつて、古き国の女王の一人が統一の獅子王レーヴェの叔父を呪い殺したことがあると、これはレイから渡された本に書いてあった。しかし既に滅ぼした力を、未だに恐れているとは。蔑むようなレイの言葉に、ルージャは少しだけ頷いた。人は『力』を欲すると同時に、『力』を持つ者を心の底で恐れる。かつて父が言った言葉を、ルージャは鮮明に思い出した。それと共に思い出したのは、この前廃城に行ったときに出会った、ライラと同じ白金色の髪をした、古き国の女王らしき女性。あの優しげな女性が、人を呪い殺すような恐ろしいことをするのだろうか? ルージャはもう一度、心の中で首を傾げた。


 そう言えば。スープを飲む手を止めてレイの方を見やりながら、別の意味で首を傾げる。副都の太守の息子達が全員王都に向かうのに、何故、副都の太守の息子であるはずのレイは王都に向かわず、副都の留守を任されるのだろうか? しかしすぐに、この疑問には答えが出た。レイ以外の副都の太守の成人した息子達はそれぞれ、副都の周辺に大きくはないが領地を貰い、ぬくぬくと暮らしている。戦乙女騎士団という吹けば飛ぶような小さな騎士団の長として、副都周辺の警備に日々奮闘しているのはレイだけだ。副都の太守の、息子達の扱いが、今回の命令の差なのだろう。ルージャは一人納得した。そして。


「とにかく、これ以上、副都の守りが疎かになるのは、許しがたい」


 レイの言葉に、一人頷く。レイの言葉は、理解できる。ルージャにとっては先輩に当たる、戦乙女騎士団に所属している騎士は全て、レイの父である副都の太守の命令で、病気で伏せっているという王が暮らす王都の更に北へ行ってしまっている。旅人の護衛や街道の治安維持などといった、本来は戦乙女騎士団の騎士達が行わなければならない職務を、まだ見習いであるルージャとライラ、そして先輩であるアルバとユーインの四人で遂行しているのが、現状。見習いだけで副都周辺を守ることができると、副都の太守は考えているのだろうか? 古き国の騎士を名乗る盗賊の件も、人に取り憑き狂わせる得体の知れない黒い靄のこともあるというのに。言い知れぬ不安に襲われ、ルージャは食べかけのパンを皿の上に置いた。父と伯父伯母を無残に殺した奴らの行方についても、未だに手掛かりすら掴めていない。


「第三王子が面倒なことを起こさなければ良いのですが」


 そのルージャの耳に、家令の深い溜息が響く。


「リールがいるから、大丈夫だろう」


 レイの言葉に黄金の髪の美丈夫を思い出し、ルージャはほっと息を吐いた。あの人が副都にいるのであれば、盗賊の件も、黒い靄の件も、何とかなるに違いない。一度助けてもらっただけではあるが、ルージャにそう思わせる何かが、リールという人には確かにあった。


「王が亡くなった後のことを考えているのだろうな。正妃も、父も」


 不意に発せられたレイの言葉に、はっと顔を上げてレイをもう一度見詰める。何時になく歪んだレイの顔は、ルージャに驚愕と恐怖を感じさせた。


「それならば何故、第三王子を副都の守りにつかせるのですか?」


 そのレイを、家令が窘める。家令の言葉に、レイは更に苛ついた声を発した。


「知るか! 王亡き後、第一王子を弑した時に第三王子に罪を着せないようにする王妃の策略だろう!」


「レイ様」


 見習い達の前です。静かな家令の言葉に、レイが押し黙る。早く食事を終わらせて、ここを立ち去りたい。しかし見習いなので、食堂を立ち去るにもレイの許可が要る。レイの口調が怖かったのだろう、ルージャの横でぶるぶると身を震えるライラの腕を掴むことで、ルージャは何とか自分の震えを止めた。


「第三王子は王になれませんよ。幾ら正妃が画策しても」


 そのルージャの耳に、あくまで冷静な家令の声が響く。


「『獅子の痣』が無いのですから」


 獅子の痣。家令がその言葉に、ルージャは思わず横に座っているライラの方を向く。俯いたライラの手を、ルージャはテーブルの下で優しく握った。実はライラの肩にも、獅子の横顔に似た痣がある。そのことを知っているのは、今はルージャのみ。


 『獅子の痣』は、新しき国の王の血を受け継ぐ者にのみ現れる、王の後継者であることの徴。そう、家令がレイに話す声が聞こえてくる。左肩に獅子の痣を持つ者のみが新しき国の王位を継承することができる。痣を持たない第三王子ジェイリは、例え王としての才能があったとしても、新しき国の王にはなれない。家令の言葉を、ルージャは身を震わせながら聞いていた。


「確かに、そうだな」


 家令の言葉に、レイも気持ちを少し静めたようだ。むっとした顔のまま頷いて、レイは食べかけのパンに手を伸ばした。


 もしかすると。ある考えに思い至り、喉をごくりと鳴らす。ライラが獅子の痣を持っているから、新しき国の王の血を引いているから、ルージャ達の暮らしていた集落は襲われたのだろうか? 古き国を滅ぼした新しき国の王に復讐する為に。あるいは、新しき国の王位の継承に、ライラが邪魔になるから。


「リールにも、獅子の痣があれば良かったのに」


 様々な考えが次々に脳裏を横切るルージャの耳に、気が緩んだようなレイの言葉が入ってくる。子供の生存率が低い為、新しき国の王は正妃と副妃、二人の妃を娶ることを慣例としている。副都の太守の甥であるリールが、王の副妃であった太守の妹の息子であり、第三王子ジェイリの同い年の兄、第二王子であることを、ルージャは初めて耳にした。


「まあ、それはともかく」


 家令が差し出した果実酒を一気に飲み干し、人心地ついてから、不意にレイは食卓についていた四人の見習いを見渡した。


「明日以降、第三王子の騎士団に所属する騎士達が副都に来る」


 第三王子と、彼に指揮権がある騎士団に所属する騎士達に副都とその周辺について案内する必要がある。面倒かもしれないが、騎士達の案内をして欲しい。指揮官らしいはっきりとした口調で、レイは見習い達にそう言った。そして。


「まあ、第三王子の騎士達がどのくらい仕事ができるか分からないが。……ルージャ」


 不意にレイが、ルージャを見詰める。


「君の父親を殺した奴らの手掛かりが、見つかるかもしれないな」


 レイの言葉に、ルージャの全身は固まった。ルージャの隣に座っているライラも、震えているのが分かる。


 新しき国の騎士達は白色の上着と青色のマントを着用するのが義務になっているが、所属する騎士団によって制服の着こなし方や制服全体のシルエットが多少違う。レイはルージャにそう、説明した。だから、副都では手掛かりすら掴めなかった保護者を弑した仇敵のことが、何か掴めるかもしれないと。


「まあ、期待はしない方が良いと思うが」


 それでも、何故父と伯父伯母が殺されたのかが全く分からない今のイライラする状態よりはマシになるかもしれない。ルージャはぎゅっと奥歯を噛み締めた。

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