昔の夢

 崖下に点在する青と白に、胸が悪くなる。


 見下ろした対岸に倒れているのは全て、白い上着に青色のマントを羽織った新しき国の騎士達。敵であるはずの者の遺体に無惨さを覚えるのは、彼らの命を奪った者が誰であるか、知っているからだろうか?


 探索を主な任務とし、古き国を守る『狼』騎士団の長、ラウドは、古き国を支配する女王リュスから城の背後を守る砦を守るよう命ぜられた直後、「探索」の名目で部下達全てを戦場から遠ざけた。既に大陸の殆どを新しき国に奪われ、残っている領土は女王の住まう王城とその僅かな周辺のみ。そういう状況だから、ラウドは部下達を生き延びさせる為に探索を命じたのだろう。「どうしても一緒にいる」と駄々をこねた自分以外。それは、理解できる。しかし、……古き国が滅びることは時間の問題であるこの時期に、このように、敵の命を大量に奪うことに、意味があるのだろうか? もう一度、崖下を見て、出て来るのは溜め息ばかり。


 ラウドは、砦の対岸を守る部隊の大将がまだ若く経験不足であることを見て取るや否や、部隊所属の騎士達が補給に立ち寄る村々や商人街に「部隊の大将は小さな砦一つ落とせない無能だ」という噂を流した。そして、大将が激高し、雨降る闇夜に大軍を引き連れて、谷に掛かる吊り橋を渡ろうとしたところで、橋を支えるロープを切って敵軍を折から増水した川へ落とした。そのことは、すっぱりと切られた面を見せて微風にゆらゆらと揺れる壊れた吊り橋に残るロープを見れば容易に推測可能。しかし、その作戦を冷静に完遂したラウドは、砦にも、吊り橋の残骸の傍にも見当たらない。一体、何処へ? まさか、自分が落とした橋と一緒に川へ落ちてしまったのか?


 崖下に注意しながら、走る。白と青の制服を着ている新しき国の騎士達と違い、ラウドは古き国の、緋色の上着と黒の脚絆を身に着けている。色が違うから、簡単に見つかるはず。そう考えながら早足で川が下る方向に向かうと、予想通り、対岸に赤と黒を見つけることができた。しかしその影は、微動だにしない。まさか。不吉な予感に胸を締め付けられながら、走る。幸い、川の水は既に大分引いている。多少足が濡れるかもしれないが、川を渡るのは簡単だろう。そう思い、崖を下り切った次の瞬間。


「なっ……」


 仰向けに横たわるラウドの横に、白い服の大柄な影を認め、思わず叫ぶ。その影の主、新しき国を支配する獅子王レーヴェは、ラウドを一瞥するなり腰から抜いた剣の切っ先をラウドの首筋に叩き込んだ。


 溢れ出て、川の水と混じった血の赤に、息が詰まる。




 そして。あまりのことに動けないまま、ルージャの意識は闇に包まれた。




 はっとして、目覚める。


 やっと見慣れてきた天井に、ルージャは大きく息を吐いた。


〈夢、か……〉


 ゆっくりと、起き上がる。脂汗に濡れた頬を拭うと、頬に何かが流れるのを感じた。


〈本当に、『夢』だったのだろうか〉


 本当に、現実味が有り過ぎる夢だった。夢で良かった。そう思うと同時に感じたのは、胸の痛み。その痛みを振り払うように腕を動かすと、固いものがルージャの手の甲に当たった。


 今日は朝から雨が降っていたので、ルージャは騎士団詰所の中庭の軒下で弓と石投げの練習をした。そして昼食の後に自分の部屋に戻り、レイが読むように言って半ばルージャに押し付けた新しき国に関する歴史の本を、最初はベッドに座って、そしてその内にベッドに横になって読んでいた、はずなのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 手に当たったその本を、徐に取り上げる。眠りに落ちる前に読んでいたのは確か、支配力を失っていた古き国を、最後の女王リュスを弑して滅ぼし、大陸を統一した『統一の獅子王レーヴェ』の業績の部分。そこまで思い出し、ルージャは乱暴に本を置いた。そうだ。ラウドは、……獅子王レーヴェに殺されたのだ。そして、古き国に仕えていた、ラウドの部屋で楽しそうにお菓子を頬張っていたあの人達、も。


「ルージャ、夕御飯だって」


 不意に、ノックの音と共にライラの優しい声が耳に響く。


 ライラが勝手にドアを開けない、礼儀正しい女の子で良かった。ルージャは大慌てで両の目をごしごし擦ると、無理矢理気持ちを飲み下してベッドから滑り降りた。

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