古き国の女王

 ラウドに案内された三階には、二階と同じように吹き抜けをぐるりと巡る廊下と、その向こうに大きく広がるバルコニー、そして縦も横もルージャの五倍はある恐ろしく大きな頑丈そうな扉が有った。


「女王陛下。『狼』騎士団の見習い志望者を連れてきました。お目通りをお願いします」


 その扉に、ラウドがそう、声を掛ける。ラウドの声に答えるように、扉は大きく震え、そして誰も押していないのに大きく両側に開いた。その向こうに見えたのは、奥まで続く薄明るい空間と、その終点にある、一段高いところに座った柔らかな影。


「ラウドか?」


 その影が、身動ぎする。ラウドは真っ直ぐ、その影に向かって歩き出した。そのラウドに付いて行っていいのかどうか、一瞬、迷う。第一、ルージャ達が此処に来たのは『肝試し』の為で、ラウドが言うように『狼』騎士団の見習いになる為ではない。だが。


「おいで」


 振り向いて手招きするラウドの言葉は、ルージャを従わせるに十分な力を持っていた。


 ゆっくりと、ライラの手を握ったまま、ラウドの後ろを歩く。どこか既視感のある、広々とした荘厳な空間に、足音すら響かない。何故か緊張してきて、ルージャは何度か唾を飲み込んだ。


 やっと、一段高くなった場所のすぐ前に辿り着く。緋色のローブに柔らかそうな漆黒のマントを羽織った女王は、年寄りにも、また何故か、ルージャよりもずっと若いようにも見えた。黄金の王冠の下にある、輝くような白金色の髪は、ライラに似ている。


「ようこそ、古き国の王城へ」


 ラウドに押し出された二人を見て、女王が微笑む。


「新しい見習いを、歓迎するぞ」


 少しだけ、女王が指を動かす。何処からか現れた小箱を手に、女王はルージャの傍に立った。女王の細い腰に吊された剣の、炎のような模様の線が、女王の動きに沿って軽やかに揺れるのが、見えた。


「これが、証だ」


 ラウドに渡した小箱から、女王はその細い指で椿の形の銀色に光る留め金を取り出し、ルージャのマントの下に留め付ける。爽やかな香りが、ルージャの鼻をくすぐった。女王はライラのマントの下にも、小箱の中の銀の留め金を留め付ける。そして二人から一歩離れて、ニコニコとした顔で二人をまじまじと見詰めた。


「うむ、よく似合っておるぞ」


 女王がそう言った、次の瞬間。急に辺りが暗くなり、ルージャは思わず目を瞬かせた。


「ルージャ!」


 横に居たライラの手が、ルージャの腕をぎゅっと掴むのが、分かる。


「だ、大丈夫だよ」


 そう言いながら、ルージャは暗闇を透かすようにしてぐるりと辺りを見回した。……居ない。ラウドも、女王も、何処にも居ない。ルージャとライラの周りには、どこか寒々とした広い空間が広がっていた。それが、先程までと同じ、女王の謁見の間だと理解するのに、しばらく掛かる。


「女王様は、どこに行ったのかしら? ラウド、って人も」


 ライラの問いに、ルージャは首を横に振った。


 服にかかる重みに気付き、下を向く。女王から頂いた留め金は、ルージャとライラの胸元で、確かに、輝いている。何が何だか分からないが、とにかく、留め金も有るし、ラウドがくれた金貨もある。どちらも、廃城に入った証となるだろう。


「女王陛下からも宝物を貰えるけど、そっちは、隠しておいた方が良いだろうから」


 不意に、ラウドの言葉を思い出す。そういえば、古き国の騎士を名乗る盗賊達も、椿を模した留め金を身につけているという。ラウドの言う通り、留め金は隠しておいた方が良いだろう。金貨だけ、見せれば良い。ルージャはライラに頷くと、ようやく慣れてきた闇の中に一歩踏み出した。

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