副都と廃城 2

「何だ、子供が居る」


 馬鹿にするような声の響きに、むっとして顔を上げる。食堂の小母さんが居なくなった後の空間に、にやりとした顔が四つあるのが見えた。いずれも白の上着に青色のマント、新しき国の騎士の制服を身に着けている。だが、彼らの上着の裾はかなり短く、下に身に着けている股袋がこれ見よがしに見えていた。


「ここは子供が来るところじゃないぜ」


「普通のエールが飲めるようになってから来な」


 ルージャが手にしているジョッキを見て、男達が喚く。


「良いじゃないか。ここは普通の食堂だぜ。あんたらが出入りしているようないかがわしい場所じゃない」


 その言葉にとっさに反応したのは、ユーインだった。アルバも、ルージャとライラを守るように二人の前に立つ。


「お、レイのところの見習いじゃないか」


 ルージャ達を囲んだ男の一人が、ユーインを見て声を荒げる。


「うだつの上がんねぇところの、弱虫の見習いが、こんなところで何やってんだ?」


「弱虫じゃねぇ!」


 嘲り笑う男達に、ユーインは腕に巻いた細い鎖を見せた。


「ほら、『廃城』の宝物だ」


 男達を睨むユーインの後ろで、アルバもユーインと同じ鎖の腕輪を示している。


「ふん、そんなもの、廃城じゃなくたって有るだろうが」


 しかし男は、ユーインを鼻で笑ってみせた。


「こーいうのを取って来てこそ、真の勇者だぜ」


 そう言ってルージャ達の眼前に見せびらかした男の指には、半分ひしゃげた指輪が鈍く光っていた。


「ま、お前らが廃城に行っても、呪い殺されるがオチ……」


「廃城がどうした?」


 食堂に響いた静かな声に、男達の罵声が止まる。顔を上げると、男達の肩の間に、金色の髪に縁取られた端正な顔が見えた。


「まさか掟に背いて廃城に入り込んだのではないだろうな?」


 その端正な青年の顔が、激怒に歪む。


「あ、いえ、リール様、何でもありません」


 先程までの勢いはどこへ行ったのか、ルージャ達に絡んでいた男達は血相を変えて青年に大きく腰を折ると、ルージャ達の前から一瞬にして消え去った。


「食事中に、済まなかったな」


「いいえ、リール様。助かりました」


 先程とは打って変わった明るい表情でにこりと笑う青年に、アルバが頭を下げる。先輩の行動を見て、ルージャも慌てて頭を下げた。


「レイに宜しく言ってくれ。無理はするなと」


 そう言って去って行く青年の大きな背中を、ルージャは陶然として見送った。あの青年くらい、かっこいい騎士になりたい。それが、ルージャの正直な感想。


「助かったぜ」


 座り直したユーインが、エールを頼む。


「あの人は、誰ですか?」


 明らかにほっとした顔のユーインとアルバに、ルージャは早速尋ねた。


「リール様。副都の太守の妹の息子だから、レイの従兄、になるかな」


 ルージャの問いに、ユーインが簡潔に答える。


「副都の太守の近衛隊長だ」


 端整な顔立ちと剣の技の凄絶さ、そして正義感の強さで、副都では男女問わず人気のある人物だ。ユーインの説明に、ルージャはさもありなんと頷いた。


「しかし、今回は助かったが」


 エールをゆっくりと飲むユーインに、アルバが何時に無く長い言葉を紡ぐ。


「あいつらはしつこい。ルージャ達に会ったらまた虐めてくるだろう」


「そうだな」


 アルバの言葉に、ユーインが大きく頷いた。ユーインの言葉によると、あの高飛車な男達は、レイの父が指揮権を持つ騎士団の見習い騎士達であるらしい。彼らがアルバとユーインに言った言葉の半分しか意味が分からなかったが、二人が馬鹿にされていたことは分かる。立派な先輩達を馬鹿にするなんて、許せない。怒りと、そして怖れに、ルージャの背中は震えた。同時に、彼らの大柄な身体を思い出す。彼らを相手にして、勝てるだろうか? ライラを守ることが、できるだろうか?


「よし、これから『廃城』に行くか」


 そう思ったルージャの横で、不意にユーインが手を叩く。


「はい、じょう?」


 ユーインの言葉にライラが不思議そうに首を傾げたのが、目の端に映った。


「ああ」


 副都の後方、峻険な岩山に囲まれた平地の奥にある、かつて古き国の女王が住まっていたという、城。今はすっかりぼろぼろになっているその『廃城』に暗くなってから侵入し、何か珍しい宝物を持って帰る『肝試し』が、副都の見習い騎士達の間では自身の勇気を試す場となっているらしい。ユーインとアルバが腕に付けている細い鎖も、廃城から拾って来たもの。勿論、この『肝試し』は何処の騎士団でも禁止されている。丁度良いことに、レイは、何かの打ち合わせがあるらしく父である副都の太守が住む館に行っている。今日は戻って来ないだろう。今日ならば、門限までに帰っていなくてもごまかせる。


「よし、そうしよう」


 唐突な決定に、ルージャはぽかんとユーインとアルバを見詰めた。だが、自分はともかく、ライラが虐められるのは御免だ。だからルージャは、震えるライラの手を大丈夫だというようにぎゅっと掴むと、ユーインとアルバに向かって了承するように頷いた。

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