助けてくれた人々 2

「……おい!」


 高めの声に、薄く目蓋を開ける。目に飛び込んできた、僅かに見覚えのある光景よりも、鼻孔に入ってきた血と煙の匂いに、ルージャはびくっと身を震わせた。ここは。アルバの背中の上で、ぐるりと辺りを見回す。ここは、おそらく、ルージャとライラが幼い頃から暮らしていた、山腹の小さな集落。しかし小さな平地にあったはずの、ルージャが父と暮らす平屋の小屋も、ライラが父母と暮らしていた小さな木造の家も、家畜を入れていた小屋も、焼かれて跡形も無く壊されていた。そして。


「母様……?」


 ルージャより先に失神から目覚めていたらしいライラの、呆然とした声が、耳に響く。アルバの足下に、青いマントで包まれた塊が三つ、並べられている。そのうちの一つのマントを捲るレイと、地面にへたり込むライラの姿が、ルージャの瞳に大きく映った。


「ライラ!」


 叫んで、アルバの背から滑り降りる。青いマントの下にあったのは、首を胴から切り離された、伯母の遺体。おそらくもう二つのマントの下にあるのは、父と伯父の、同じく首を刎ねられた状態の遺体。


「ルージャ……」


 ライラの傍に駆け寄ったルージャの顔を、ライラが赤い虚ろな瞳で見上げる。


「母様、が……」


 涙が零れ落ちない、ライラの蒼白な顔を、ルージャは力一杯抱き締めた。


「済まない」


 そのルージャの上から、レイの、悲しげな声が降ってくる。


「私達が来た時には既に、彼らは首を刎ねられた後だった」


 私達の到着が、遅れたばかりに。レイの言葉に、ルージャは小さく首を横に振った。おそらく、父と伯父伯母は、ライラを手荒く扱おうとしたあの男達の仲間に、殺された。


「ところで」


 俯くルージャに、レイの静かな声が降ってくる。


「君達を見つける途中にも、私達と同じ制服を着た、首を斬られた遺体があった。あの遺体のことは、何か知っているか?」


 レイの言葉に、ルージャは再び首を横に振った。ルージャ達を襲った男達のことも、ルージャを羽交い締めにしていた男の首を刎ねたラウドという名の青年のことも、ルージャは知らない。思い出したくもない。それが、本音。


「そうか」


 ルージャの答えに、レイは考え込むような表情を見せた。


「どうせ、古き国の騎士を名乗る盗賊の仕業だろう」


 そのレイの横で、ユーインが蔑みの声を出す。


「新しき国の制服で、俺達を混乱させるつもりだ」


「あるいは、仲間割れを起こしたのかもしれませんね」


 ユーインの言葉に、アルバが小さな声を出した。


「そうかもしれない」


 とにかく、このままにしておくわけにはいかない。黙考を止めたレイが、アルバとユーインに向けて声を発した。


「彼らを葬る必要がある。何か道具を探してくれ」


「はい」


 レイの言葉に、アルバとユーインが素直に頷く。二人の協力で、ルージャは父と伯父伯母の無残な遺体を、集落の端に葬った。涙は、何故か出て来ない。怒りと悔しさだけが、ルージャの心に渦巻いていた。父を、伯父と伯母を殺した奴を、必ず探し出してやる。そして仇を討つ。真新しい土の山の前で、ルージャはそう、決意した。そう、ライラも守らないと。それが、伯母の最期の言葉だった。ルージャの横に佇むライラの腕を、ルージャは少し乱暴に掴んだ。


「これからどうする?」


 そのルージャの肩を、レイが小さく叩く。ルージャはレイの金色の髪を見上げ、しかしすぐに首を横に振った。父と伯父伯母が死んでしまった今、ルージャとライラには互いしか身寄りがいない。ルージャはそのことを正直に、レイに話した。


「では、私のところに来なさい」


 思いがけないレイの言葉に、驚いてライラを見る。ライラの瞳も、驚きで大きくなっていた。


「戦乙女騎士団は、騎士の心を知る者なら誰でも歓迎する」


「常に人手が足りてないからな」


「ユーイン!」


 レイの言葉に対するユーインの茶々を、アルバが制する。そのやりとりが面白くて、ルージャは思わず微笑んだ。同時に、溜まっていた涙が流れ出す。この人の許で修行して、強くなって、父と伯父伯母の仇を討とう。そうすれば、胸の中に渦巻く怒りを、止めることができるだろう。レイが差し出した白い手を、ルージャは強く握り返した。

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