助けてくれた人々 1

 木剣を包んでいた布で間に合わせに作った剣帯で木剣を吊り、気を失ったままのライラを背負う。ようやく薄くなった朝霧の中を、ルージャは今度は足下に気をつけながら歩いた。山腹を横に歩き、しばらく経ってから下る。ルージャが知っている山裾の村へ行けば、助けを呼ぶことができる。ルージャ達を襲った男達の正体も分かるかもしれない。そう思いながら、枯れかけた草に裸足の足が滑らないよう、ルージャは急ぐ足に力を込めた。だが。足に込めた力が、何故か途中で消えてしまう。疲れ方が、酷い。夏の名残の、丈の高い下草の間に、ルージャは隠れるように座り込んだ。頭がぼうっとしている。起きたばかりなのに、眠い。こんな疲れは、知らない。どうしたと、いうのだろう。草の茂る柔らかそうな地面に横たえた、ぐったりと眠っているように見えるライラの、額に浮いている汗を汚れた服の裾で拭いながら、ルージャは大きく息を吐いた。おそらく、追われているという感覚が、疲れを数倍にも増やしているのだろう。


 と。枯れかけた下草を踏みしめる音が、下から聞こえてくる。また、追っ手だ。ルージャはぐっと息を飲み込むと、周りの石を集めた。自分がどんな状態でも、ライラを守る決意は、変わらない。夏の名残の黄色っぽい草の間から、音がした方をそっと見る。先程の男達の服装と同じ、白の制服に青いマントを羽織った、しかし小柄な影が、木々の隙間に現れるのが、見えた。やはり、追っ手だ。しつこい。不意に芽生えた怒りのまま、数歩前まで迫った小柄な身体に、ルージャは石を握ったまま飛びかかった。


 石を握ったルージャの拳が、上手い具合に小柄な男の首筋に当たる。呻き声も上げず倒れた男を見て、ルージャはほっと息を吐いた。しかし足音はまだ聞こえている。今ルージャの手の中に有る石で、足りるか? ルージャはぐるりと辺りを見回し、そしてあっとなった。いつの間に近付いて来たのだろうか、白い制服に青いマントを身に着けた大柄ですっきりとした影が、眠っているライラの上に身を屈めるのが、はっきりと、見えた。


「ライラっ!」


 叫んで、大柄な影に飛びかかる。だがその影に辿り着く寸前に、ルージャの身体は得体の知れない力によって遠くへと弾き飛ばされた。そしてそのまま、何故かその地点にいた別の大柄で背の高い男に羽交い締めにされる。


「放せっ!」


 暴れても足掻いても、太い腕を振り解くことができない。先程と同じように、首筋にあの鋭い感覚を当てられるのだろうか。震えが、背筋から全身に広がった。だが。


「服に血が付いてますが、この子は、大丈夫のようです。レイ様」


 頭上からの男声に、足掻くのを止める。


「顔色は、悪いようですが」


「こちらの女の子も、眠っているだけのようだ」


 ライラの上に屈んでいた大柄な影が、ルージャの方を見てほっとした表情を浮かべたのが、見えた。


「そりゃあそうだろう」


 先程ルージャが殴り倒した男が、ルージャの目の前を塞ぐ。


「あれだけ的確に殴れるんだから」


「日頃鍛錬をサボっていたツケだな、ユーイン」


 ルージャの鼻先に拳を向けた、ユーインという名の小柄な影を、ライラを抱えたすっきりとした影が制した。そして。


「私の名前はレイ。新しき国の副都周辺の探索と治安維持を使命とする『戦乙女騎士団』の団長を務めている」


 ルージャが殴り倒した小柄な青年は、見習い騎士のユーイン、そしてルージャの後ろの大男は、同じく見習い騎士のアルバ。その自己紹介の後、レイと名乗るそのすっきりとした雰囲気の青年が、気遣わしげな声でルージャに尋ねた。


「お前達は、山腹の集落の者か?」


「はい」


 身体の動きを止めると、疲れが再びどっと湧き出てくる。小さい声でしか、ルージャはレイの質問の答えることができなかった。


 この人達は、ライラを乱暴に扱おうとしたあの男達の仲間だろうか? アルバという名の青年の背中に乗せられるのを感じながら、動かない頭で考える。おそらく違う気がする。ライラを抱いて山を下りるレイの、細いがしっかりとライラを支える腕を見て、ルージャは首を横に振った。少なくとも、この人達は、ライラを丁寧に扱ってくれている。信頼して、大丈夫だろう。そこまで考えて、ルージャは静かに目を閉じた。

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