第16話 無謀な方法

「お見苦しい所を見せてしまって申し訳ございません」


 明人は想いの匣が入った小瓶をポケットに入れ、夏恵を家まで送った。

 夏恵の家に付き、玄関先で明人が頭を下げ謝罪をし、夏恵は慌てて顔を上げさせる。


「へ!? いっ、いえいえ! こちらこそ助けていただきありがとうございます」


 明人の下がった眉と心配そうに揺れる瞳と目を合わせ、夏恵は無理に笑みを浮かべながら言った。今は謝罪より、他に気になる事があり質問する。


「それであの……。美由紀は──」

「大丈夫ですよ、治す方法は分かりました。あとはお任せ下さい」


 不安げな表情から、彼は安心させるような笑みを作り、小瓶が入っているポケットに手を添える。

 夏恵はその言葉を聞き、肩に入っていた力を抜けた。


「では、また貴方の友人宅にお邪魔させていただく形になります。その時もご一緒がよろしいのですが、明後日はいかがですか?」

「あ、大丈夫です。ちょうど学校も休みなのでいつでも」

「でしたら、明後日の午後二時に迎えにあがります」


 微笑みながら腰を折る。どこかの執事をやっていたのかと思うほどその姿は凛々しく美しい。


「──って、明後日、ですか? 明日じゃなくて?」

「明日は少しお時間が取れそうにないのです。申し訳ありません」


 明人はすぐに謝罪し、背中を向ける。


「では、これで失礼します。また明後日に……」


 明人は歩き出し、夜の闇へと姿を消した。

 月は完全に登りきっているはずなのに、何故か明人の近くは闇に覆わており、すぐに姿を確認す事が出来なくなってしまった。


 ☆


「とりあえず明日一日は猶予がある。どうやって匣を戻すかを考えるか」


 明人はいつも通りに小屋の中にあるソファーに寝転び、返してもらった小瓶を片手で弄んでいた。


 今手にしている小瓶は、明人が匣を抜き取った状態によく似ている。だが、似ているというだけで同じではない。

 彼が抜き取るのは大抵真っ黒に染まった物。しかし、今手に持っているのは黄色く輝いている液体が入った小瓶。


 これはそもそも抜き取ってはならない。これだけ輝いていると言う事は、それだけ夢が。想いが詰まっていると言う事。それを無理やり抜き取ってしまったら戻すのは困難。

 明人自身、匣を戻す方法など知らない。一日しか有余がないのも難しい案件だった。


「なぜ明後日にした? 今回の依頼人なら一週間後とかでも誤魔化せたと思うが」

「依頼人の心配なんかしてねぇよ。誰だろうと、なんか適当に言えば納得すんだろ」


 カクリは引き攣らせた表情を明人へ向けたが、彼の真剣な表情を見てすぐに顔を引きしめた。


「では、何故なんだい?」

「もう友人の体が持たん」

「そんなに時間が経っていたかい?」

「たりめぇだ。俺の所に来る前でもう一週間以上経ってんだぞ、今だってギリギリな状態なんだよ。今すぐに戻してやらんといけないところを明後日にしてんだ。正直、上手くいく保証はねぇ」


 小瓶を見ながら険しい顔で言う。その表情から察する事が出来るくらい今回の依頼は難しいもの。匣を戻す方法すら知らないため、まずそこから調べなければならない現状。

 明人の頭脳なら時間さえあれば思いつくが、今回は時間すらない。早くしなければ美由紀は、本当のになってしまう。


「だから、明後日なのだな」

「一日でどうにかするしかねぇ」


 呟き、明人は今自分が出来る事を考え始めた。


 明人がなぜ、相手の記憶を見たり、匣と呼ばれている人の想いを抜き取ったり出来るのか。それは、カクリが明人に二つの力を分けたからだ。

 一つは、”真実を見る”。二つ目は”真実を取り除く”。この二つのみ。なら、なぜ記憶を取ったり、匣と言う名の想いを引き出したり出来るのか。それは、明人が自身で考え力の応用をさせたからだ。


 記憶は真実しか映さない。記憶を見るという事は、真実を見ると同じ。隠された想いもまたその人自身の真実。


 そう考えた明人がどのようにすれば効率よく、真実を事が出来るか考え、今の”匣を開ける”になった。だから、今回も応用させれば出来ると信じ明人は考え続ける。

 

「おい、カクリ」

「なんだい?」

には出来ないのか?」

「どういう事だい?」


 明人が何を言っているのか今のカクリには分からず、聞き返した。

 力を変えるという事だろうかと思ったが、そうなると明人自身の体が恐らく持たない。

 体が悲鳴をあげ、激しい痛みに襲われ。最悪、死んでしまうかもしれない。


「取ると入れるは裏と表みたいな感じだろ。逆の意味だが、完全に切り離す事が出来ない。裏と表が切り離せないなら、取ると入れるも同じ意味だから切り離す事は出来ないはず。なら、取り除くという力で取り入れるを出来ないか?」

「言ってる意味がさっぱりわからん」

「馬鹿なのか?」

「貴様がな」


 カクリは頭を支え何とか理解しようとしていたが、それでもわからず肩を落とす。ふざけて言っているのならカクリももっと言い返す事が出来るが、明人は本気で言っていた。カクリは彼の真剣な表情を見てしまい、否定の言葉が出てこない。


「抜き取る、取り入れる……。どうにかなる気がするんだよな……」

を使い、友人の中に明人の意思と共に匣を入れる事は叶わぬのか?」

「どうやってだよ。手に持ってるだけじゃ無理に決まってんだろ。これはお前の力なんだから本人がしっかりわかってねぇと意味ねぇだろうが。猫に小判、豚に真珠だな。手に余るもん持ってると足元すくわれるぞ」

「余計なお世話だ」


 カクリの力だが、カクリ自身使った事などないためどこまで通じるのかさっぱり分かっていなかった。

 そもそも、カクリの力をこのような使い方するのは明人ぐらいなため、彼がわからないのならカクリ自身わかるはずがない。


「────ん? 待てよ。意思と一緒に、だと?」


 明人はそう言うと寝っ転がっていた体勢から起き上がり、小瓶を凝視しながら片手を顎あたりに置きまた黙り込んだ。


「明人?」


 カクリが声をかけるが、聞こえておらず反応なし。

 ぼそほぞと何か言っているがカクリは今、完全に少年の姿をしているため聞き取る事が出来ない。勝手に聞き取るとまた必要ないほどの文句を言われるのは誰でも予想ができる。


 カクリは溜息を吐き、彼の考えがまとまるのを待っている事にした。


 ☆


 カクリが待ち疲れ始めた時、明人は声を上げ目を輝かせながら小瓶を高々と上げた。


「そうか、意思だ! 意思と一緒に入れればいい!」


「そうか。そういう事か」と自分一人で納得し、うんうんと頷いている。


「いい案でも思いついたのかい?」

「あぁ」


 カクリを見た明人の表情は、子供が公園で遊んでいるようなキラキラした笑みだった。そのため、カクリは明人の普段浮かべない笑顔に顔を思いっきり歪ませた。

 明人と目が合った瞬間、何か嫌な悪寒が頭を過り、カクリは耳を塞ぎたくなる気持ちをぐっと抑えた。


「お前が戻せ! これをな!!」


 テーブルにドンッと叩きつけるように小瓶をカクリに見せつけた。それを聞いたカクリは、まるで世界滅亡のような表情で見返す。体に走った悪寒の正体を知り、顔を青くした。


「もう、これしか方法はないと思ってる。ま、細かな説明は明日するわ。俺は寝る、疲れた」


 それだけを残し、カクリの反応を一切気にせず部屋の奥へと歩いてしまう。匣の入った小瓶はしっかりと手にしながら。


 そんな彼の背中を目で追い、姿が見えなくなってもカクリはその場から動けずにいる。


 そして──


「────ふざけるな!!!!」


 やっと我に返ったカクリの怒りは、小屋の中で響いたが誰の耳にも届かなかった。

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