第47話 理知と鮮やかさを結い加える⑮
やがて高校の帰りで他にも予定があると断りを入れる。
閑谷は少し駆け足で片手を挙げながら帰ってくる。
「ごめんほっ……——」
「——突然呼び付けられたと思ったら……これはどうなっているんだ? 鮮加」
てっきり閑谷はオレの立ち尽くす方へと戻って来ていると思ったが、いつの間にか隣に居た中年の男性が彼女に当然の如く声を掛けた。危うく手を挙げ返して応えようとしていたから、恥をかかなくて済んだ。
「あっ、政光さん。本当に来てくれたんですか? お仕事は大丈夫?」
「ああ、折角鮮加が呼んでくれたんだ。それで、身元の調査を頼みたいんだよな? どいつのことだ?」
「えー……とね。今ちょうど終わったというか、終わらせたというか、終わらせてもらっかというか……」
「はあ? なんだそりゃ? あとお前がそんな歯切れを悪くして喋るのも珍しいな」
「いや……——」
そう曖昧に返事だけして、閑谷は視線をオレの方へと泳がせる。きっと説明へのヘルプを頼んでいるんだろうけど、あんまりに露骨な姿だったので、政光さんと親しげに呼んでいた中年の男性まで釣られてオレの方へと流し見る結果となる。
政光と呼ばれた中年の男性は眉を顰める。
そしてオレの頭頂部から服装を経由して爪先まで隈なく往路し、やがて自身の顎下に触れながら、なるほどと呟き頷く。
「君は鮮加……閑谷さんと同級生か後輩の子かな?」
「……はい、高校の……」
「そっか同級生の方ね。運動靴を履いているから中学生か、もしくは高校生になってもまだ履けるのにもったいないからのどちらかだと思ってね。仮に高校生なら靴の耐久性と男の子の成長度合いから察するに一年生である確率が高い。鮮加も一年生だしね」
「……そうですけど、貴方は一体?」
オレは形式だけ訊ねこそしたけど、閑谷が下の名前に敬称を付けて呼ぶこと、事前に探偵業に励む親戚がいること、あとで買い物に付き合う約束をしていた人物が存在することを加味し、この人こそが閑谷の親戚であり、本物の探偵でもあるんだと少し感慨深くなる。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は田池と言います、ここに居る閑谷 鮮加さんにとってはお母さんの弟にあたる……つまり叔父と姪っ子の関係にあります」
「どうもご丁寧に、閑谷……さんから少しだけお伺いしています。では自分は用事があるので、これで……——」
「——えっ? なんで、ちょ、ちょっと待ってよ……」
オレは素っ気なく踵を返す。
閑谷の呼び止める声を無視して。
方角はショッピングモールじゃなくて、自宅がある方。要するに来た道を戻る。
その背後ろはみっともなく、挙動不審なほどに足早だろう。
だけどもう、閑谷がオレに構う理由は無くなった。そして田池 政光という保護者も現れた。ならオレは邪魔でしかない。
半ば無責任に代弁を押し付けただけでなく、親戚間から無用な詮索までされたくは、閑谷だってないと思う。
ショッピングモールに向かえば、同じ目的地であることから鉢合わせになるかもしれない。一日ずらすか、バスに乗り遠出しようかはそのときの気分次第。とかくにこの場から、閑谷から離れるのが先決だった。
「結局……言いそびれたな——」
何の利益だってないはずなのに助けてくれた閑谷に一言、感謝の言葉を述べるだけだったのに逃してしまう。大型連休明けの教室で伝えられたらいいんだけど、そもそも接点が無いし、他のクラスメートからよからぬ噂が立ちかねないと言い出せない自信がある。ほんと情けないほどに。
閑谷はオレの予想を代わりに言ってのけただけじゃなく、絡まれたオレをさりげなく剥がして、親身になって主張に耳を貸してくれた。結果論として不要ではあったけど、老婆と男性の前で一度もオレの名前を呼ばなかった。恐らくは名前から別の情報が流出するかもしれないことを危惧したと思われる。
そしてこんなにも穏便に済ませ、相手にも発端となる起源を訊ね解決を試みた姿勢を見せたことにより、オレへの更なる逆恨みの確率を大きく低下させた。全て閑谷だからこそ成せた所業の数々だ。
普通なら同級生だからといって、ここまではしない。もし逆の立場なら、同情だけして一銭どころか一声も掛けなかっただろう。偽善でも偽悪でも、余計な争いにだけは首を突っ込みたくないものだ。火の粉が自分にまで降り掛かるなんて冗談じゃない。
なのに閑谷は、もしかしたら躊躇くらいはしたのかもしれないけど、学校の廊下で友達を発見したときみたいに緩やかな表情で、こんなオレを見て見ぬ振りしなかった。最後までどうにかしようと動いてくれた。
「——感謝しても、し切れないな……これ。閑谷に、なんで言えばいいんだ……」
荒波のように乱れる内幕。それはオレのマイナス思考が混ざった、閑谷への感謝に溢れ返ったざわめき。
第一印象から綺麗な所作をしていて、同級生の中では好感触だった頃よりもずっと、閑谷のことばかり考えている。
それは憧憬にも似た、うろんな心証。
まさか高校の同級生に抱くとは思いも寄らなかった感覚。
単語を捲し、振り返り、指を差す閑谷の脳内映像が幾度となくリフレインする。
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