第46話 理知と鮮やかさを結い加える⑭
基本は閑谷の真後ろにオレは控えていて、メモを手渡しに向かった際に若干の距離が出来ている。老婆と男性が隣町へと続く方角へと歩いて行き、淑やかに見送ってから振り返った閑谷はどことなく探偵っぽい雰囲気を漂わせたまま流麗なポーズを取る。
それが無意識かどうかオレには皆目見当も付かないけど、閑谷に指を差されているというこの瞬間が、スローモーションになってオレの瞳孔に閃光を刻み込む。
「あはは……なんてね?」
突如として幻想空間は解かれる。さきほどまでの凛々しさがどこへやら。戯けて眉が垂れ下がり、指先が萎れ、照れくさそうに笑うしかないただの閑谷に様変わる。振り子時計のように左右へと赴く横髪の編み込み以外は、その装いからして端正な顔立ちと体格をした高校生に戻ってしまったみたいだ。
というより、こっちこそが閑谷の気楽な体裁なんだろうなと思う。即席の探偵役なんていう、緊張の黒魔術が無事に解けただけだ。
「うーん……どうだっ——」
「——かっっこよかったよー!」
「貴女高校生? んまぁー随分としっかりとしてるのねぇー」
「遠目からでも思ったけどめっちゃ綺麗ですね。もしかして、芸能人だったり?」
「えっ……あ……おっと……」
それは例えでもなんでもなくて、オレが閑谷に対してちゃんと返事をしようとしたのに、巧く言葉が紡ぎ出せず吃っていた間に、閑谷は初対面であろう取り巻いていた人たちに包囲される。なんだかワイドショーを騒がせた芸能人のゲリラ的な囲み取材みたいだなと所感して、オレはそのまま惚けてしまう。
大体十人前後、五十歳くらいから十歳にも満たないかもしれない子どもまでが閑谷に興味津々。ただ適切な距離感は保っているようで彼女に接触はせず、ちょうど教室机を挟んだくらい間隔があり、意外なことに男女比では女の人の方が多いらしい。
閑谷は胴元の前でさりげなく諸手を挙げて、かぶりを振り謙遜しているが、彼ら彼女らからの矢継ぎ早の質疑からしばらく逃れられそうじゃない。
突然の歓声からの動揺か、幾度か閑谷からの目配せを感じたけれど、流石にこの中へ飛び込む勇気はない。もちろん本当に彼女が困惑しているのなら制止に入るが、これはあくまで好意的な感情が作り出した状況。オレが壊すのは野暮でしかない。
やがて少々平静になってきたのか、閑谷は一人ずつ適切に対応をし始めた姿を、オレは傍観者としてただただ眺める。すぐに助けてくれたことに対するお礼を述べるタイミングを完全に逸してしまったが、まあ同じ高校に通っているし、クラスメートだし、後で改めて言えばいいかと軽く息を吐く。
「鮮加……一体なんなんだ、これは」
するとオレの真横で茫然としている中年くらいの、どことなく閑谷の面影があるような気がした男性が立ち尽くしている。その人物こそが閑谷の親戚であり、正真正銘の探偵である田池 政光だとのちに知ることになる。
相変わらず閑谷の周りは小さな催事のように賑やかだ。最初こそ戸惑っていたけど、今では寧ろ雑談を楽しんでいるようで、何故か子どもたちからリクエストされた探偵の台詞と姿態をして盛り上がっている。
この必衰の最中でしかない地元で、ちょっとした注目の的となったやり取り。閑谷本人ですらこのときはその程度の認識に過ぎなかったはずだ。
だけどどの瞬間を切り抜いたのか正確なことは言えないけど、のちのタレントデビューのきっかけにもなる『愛凛の一枚』が撮影されたのはこのときだ。そしていつが濃厚かというのは、閑谷がオレを指差した場面。もしかすると子どもにリクエストされたときの説もあるが、週刊誌やニュース番組にも取り上げられた例の写真からも、どことなく閑谷の安堵が感じ取れる。なので多分、オレの仮説は面映いながらも確率としては高い。
閑谷は両親に連れられ現場を後にする子どもにまたね、と手を振っている。綿毛のように浮遊する愛嬌が彼女を更に美麗さを透明度を乗算し過疎気味の商店通りを彩っていく。
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