第34話 理知と鮮やかさを結い加える②

 高校生になって折角の大型連休初日だというのに、やれ校外学習やら、やれ体育会やらが五月の日程に組み込まれているせいか随分と忙しなかった。一年生同士の交友を早く深める意図が教師陣にはあるんだろうけど、イベントが立て続く苦労にも少し配慮はして欲しいところだ。


 昨日は体育会の午後時間を全て使っての整列演習。休日であるはずの今日は校外学習の備品調達。自部屋で母さんから最低限の軍資金を託され、半ば追い出されるようにして、久々に一人でショッピングモールまでの道のりを辿る羽目になる。


 仕方なくも住宅街を闊歩ながら、購入するべきものを浮かべる。寝泊まり用の軽装に新しいタオルに携帯出来るシャンプーにボディーソープ、ゆとりがあれば酔い止め薬やポケットティッシュも買おう……なんかこうして現実的なものばかりだと、百円玉を三枚を握りしめ、それが余らないようにおやつを駄菓子屋で選んでいた遠足が懐かしい。


 住宅街を抜け、せせらぐ河川になぞられたガードレール沿いを歩くと、その先にちょっとした商店通りある。


 モノクロのタイルになった歩道路へとはみ出ない程度に規制しつつも、八百屋や編み物屋などの専門的な店先に一押しの商品の並ぶ。揚々と値段の格安さを謳う老齢のおじいさんおばあさんには敬服するが、オレは若干俯き気味で、お店とその対面に自転車が乱雑のままある駐輪場らしき何かとの間を足早に突き抜けようとする。


 別にここで購入してもいいんだけど、やはりショッピングモールの方が親しみある人情こそほとんど無いが、品揃えは豊富。

 ついでにフードコートで昼食を挟みながら休めるし水分補給も可能、ただ時間を潰すことすら有効だ。いかにもシャッター街を促進させそうな考えかもだけど、雑多な買い物を一度で終わらせるための利便性を重視すると結局こうなってしまう。


 かつてお世話になった駄菓子屋も、今はもう無い。ここでの思い出もまた月日の経過で、シャッターと同じように閉ざされていた。


 地元とはいえ久しく、高校へと向かう最寄りのバス停とは真逆だからうろ覚えで迷いそうになるも、この調子ならあと十数分も経過せずに目当てのショッピングモールに到着しそうだ。実際に商店通りをまばらに行き交う人々を観察するように聳える建造物とロゴが、電柱を繋ぐ伝導線越しに見える。あとはもう、そちらへと赴くだけ。


「す、少し待たんかそこの人!」

「……」


 最初はどこかの店先の謳い文句だと思った。少し語勢が強いなとは感じたが、これもまた人情を生み出す親近の表れだろうとスルーする。しかしその後に突然、オレの右肩が掴まれる。声色の割にかなり握力があるなと戸惑いながら振り向く。


「あ、あの君? このおばあちゃんがなにか物申したいみたいですよ?」

「……えっ? オ、オレにですか?」

「どれどれ、ちょっと顔を見せておくれ」

「ああ……な、なんですか一体?」


 そこにいたのは白髪の全ての毛を頭頂部で団子状にまとめ上げ、富士額が惜しげもなく覗き、よく見るとレンズが割れている老眼鏡と思しき丸メガネに海老のような背筋を杖で支えている、やたらと褐色を帯びた柄物洋服姿の老婆。そしてもう一人、おでこを惜しげもなく覗かせるオールバックの短髪で、困ったように垂れ下がるまなじりと苦笑いを浮かべながら、春先の涼香などもろともしないタンクトップに短パンに木製サンダルという真夏先取りスタイル。筋肉か脂肪分どちらのせいで恰幅がよろしいのか不明だが、肌感から三十代、四十代くらいと予想される男性がオレの肩を掴む。


 無論のこと、二人の面識はない。というよりなんで呼び止められているのかも全然分からないまま、老婆の方がオレの髪型、服装に手荷物、足元を順に眺めていく。


 整髪塗料も施さず天然の旋風の流れに任せた黒髪に、どこぞの海外の名所の写真をプリントしただけのグレーシャツに青白ボーダーのパーカーを羽織りファスナーは留めていない。伸縮性が売りのパンツに中学時代の砂汚れた運動靴をもったいないからと未だに履いている。だからそんなに凝視されるような見た目も服装もしていないはずだ。あとそろそろ肩を掴み続けるのもやめて欲しい。


「ユー……こいつで間違いないわい」

「おぉ……本当かいおばあちゃん? じゃあ君、ちょっと付き添ってもらえるかな?」

「は、はぁ……ちょ、嫌に決まってますよ。なんですかいきなり、訳が分かりませんよ。理由も説明もなしにそんな要求をするのは非常識なんじゃ無いですかね?」

「……これ、君がやったんじゃないのか?」


 そう言って男性の方が老婆のメガネ……いや正確には右目元指差して、僅かに怒気を含めた形相でオレに訊ねる。


「これ……とは?」

「大体三十分前のことだ。ここにいるおばあちゃんが何者かに襲われた。顔付近を殴打され、金目のものを奪ったそうだ。そこに偶然俺が通りかかり後ろ姿だけだが現場を見ている」

「そ、それがなんの関係が?」

しま模様もような服に真っ白の靴、君の装いと全くおんなじなんだが……これはたまたまか?」

「……っ!」


 ここまで説明されると、流石にオレが置かれている状況が読めて来る。つまりこの老婆と男性は、老婆を襲った犯人をオレだと断定して強請ゆすろうする。

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