第24話 白々とした花弁に雨雫が伝う㉑

 どんなにフレキシブルな思考を持っていても、推理とはしがない予想屋に過ぎなくて、徹頭徹尾を的中させることは無理だ。

 だけど言動に態度に進路から、統計学やら確率論やらで真相へと導くかもしれない。つまりは絶対なんてない。いくら二人の経緯に察しがついていたとしても、傲慢であってはならない。


「……朱里も、吉永君と同じ考えだったのかな? だから私を追いかけた、合ってる?」

「……知らない」


 オレが白砂 朱里へと問い掛けたが結局、何分も待っても言葉は出なかった。そんな様子を見かけて里野さんが代わりに訊くとようやく、彼女は曖昧に返答する。


「知らないってことはないでしょ……朱里は何処にあるかまで知っていたじゃない……すぐに気付くかなと思ってはいたけどね。吉永君の考えをそのまま受け取ると私を庇うため……か。なんでそんな——」

「——違うっ! 私は桜子のことなんてどうでもいいわっ! ただ怪我をしたことがバレたら別の現場に悪影響だから隠そうとしたの。他意なんてない」

「それなら吉永君を疑ったのは? 泉田さんと言い争ったのは? 閑谷さんの推論になかなか納得せず時間稼ぎをしたのはなに? そもそも……私を朱里の現場に呼んだのはなんでなの?」

「そ、それは……——」

「——私が貴女を恨んでいるかもしれないくらい、分かっていたでしょ? それこそ、朱里のモデル業に悪影響を及ぼす存在のはずだと、私自分でもそう思うんだけど?」


 そう言うと里野さんは、ぐうの音も出せずに言い返せない白砂 朱里に対して微笑むと、オレと閑谷のそれぞれを一瞥した。彼女の腰に巻かれたウエストポーチのファスナーを引っ張り開けると、弛んだ包みから零れ落ちるように、金色の二つのロゴマークを中心下に施した朱色四方形の財布を手に取る。哀愁というか、どこか惜しむような羨望の眼差しを向けてすぐ、里野さんはそれを掲げながらオレを見つめる。


「吉永君……これが誰のものか分かる?」

「里野さんのものではないのは、間違いありません。だってそれはブランドのロゴとアマガミエンターテインメントのロゴが縫われています。芸能事務所のロゴがあるということは恐らく非売品のものでしょう、貴女が所持するのは不自然です……白砂 朱里さんの財布だと思います」

「じゃあそんなものが私のバッグの中にあるのはどうしてかな?」

「……こんなことは言いたくないですが、貴女が盗ったのがその財布だからですかね。理由まではオレも分かりませんが、大多数の人たちが予測するのは……お金が欲しかったからかなと——」

「——違う!」「——違うよ吉永っ」


 それはほとんど同時。白砂 朱里と何故か閑谷が確信を持って、金銭欲に眩んだというオレの仮説を即座に否定する。

 当事者で所有者でもある白砂 朱里は分かるけど、どうして閑谷までがそう言い切れるのかと流し見ると、そこに居たはずの閑谷は里野さんの方へと歩みを進めている。


「里野さん……私、雫井プロダクションに所属する前に色々調べていたんです。そのなかでアマガミエンターテインメントとの関連性があることも知っていて、朱里さんが所属している事務所だということも再確認したんです。そのうちに、有名モデルを発掘し続けているオーディションにも興味がありまして……里野さんの手にある財布が、グランプリの副賞の一つだと知っています。それは第一回アマガミエンターテインメントの、白砂 朱里がグランプリになった年から現在まで協賛しているブランドのものですね。毎年配色が異なるけど、特注品ですから間違えようがない」

「閑谷さん……よく調べてるね。スカウトされたというだけで、雫井プロダクションを選んだ訳じゃないんだ。良いことだね」


 閑谷は照れくさそうに頷く。普通に考えれば資本的に、雫井プロダクションよりもアマガミエンターテインメントを選択する方が良い。だから里野さんは、双方の会社の関係を知らずに雫井プロダクションを選んだのではと危惧していたんじゃないだろうか。


 だけど閑谷がアマガミエンターテインメントの存在を、白砂 朱里を始め多数のモデルを輩出していると認知しながらも、実質上の傘下にあたる雫井プロダクションへの所属を決めた判断を讃えている気がする。


「はい。両親との約束だったので……いえ今はそれより、里野さんが朱里さんからそれを取ってしまったのは……」


 閑谷が白砂 朱里を確認して言い淀む。

 なかなか部外者からだと言えないことらしい。気持ちはよく分かる。


「……いいえ閑谷さん、多分貴女が思っているのは噂話に過ぎない。吉永君の言う通りお金が欲しかったというのは本当だし、それで良いの——」

「——噂話なんかじゃないわっ!」


 オレのあやふやな部分の推測にあやかろうとした里野さんの諦念を、白砂 朱里が打ち砕く。なんの噂なのか皆目見当も付かないが、ここに居るオレ以外の三人は何か情報を握っているみたいだ。


「……言う必要ないよ朱里。だってそんなの貴女が傷付くだけなんだから」

「吉永君は……知ってる訳ないか。私に興味すらなかったものね」

「はい……」


 分からないものは解らないと首肯する。

 そんなオレを覗き見ながら、どこか面白がるように、後ろめたい過去の回顧を拒むように、彼女は姿勢を更に正して告げる。


「アマガミエンターテインメントのオーディションはね、元々SNSで知名度があった私の箔を付けるために創られたものなの」

「……それって——」


 オレと、そして閑谷は里野さんを窺う。だってそれを是とするなら、当時二十歳だった、最後のチャンスだった彼女の培ったもの全てが……不平等に消失したということになるからだ。そんなの、絶対おかしい。


「——ええ、当時の社長からそう聴かされていたわ。私が余程の失態を犯さない限りは、グランプリは私になると言われた……つまりは出来レースだったということよ。そのことを、当時のことを桜子は財布を眺めながら思い出していたんじゃない?」


 彼女は里野さんを仰ぎ、どこか敬うようにして更に裏話を続ける。


「そして……そんな圧倒的不利な状況下で、私の満票選出を阻んだ唯一の子……それが他でもない桜子。だからもし平等な選考がなされていたら私じゃなくて桜子がグランプリを獲っていたはずなのよ……私が逆恨みされても文句はない。その財布も、中にあるメダルも、ティアラも、トロフィーも、賞金も、もちろんグランプリも桜子、貴女のものだとずっと思ってる……」


 粛然とした清らかな姿勢で白砂 朱里は里野さんをしっかりと捉える。彼女たちはこの宿命をどのように受け止めるのか、奪って匿った二人の動機が交錯する。

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