第23話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑳

 白砂 朱里と里野さん……根室 桜子がエントリーしていたアマガミエンターテインメント主催の発掘オーディションがどういった選考基準なのかは不明だが、当時はグランプリのみで審査員特別賞という項目はなかったらしい。だから選出はグランプリの一人のみだったみたいだ。


 結果として白砂 朱里がグランプリ。

 しかるに根室 桜子は最終候補止まり。

 その後にティーンズのカリスマモデルと、設立して間もない雫井プロダクションのスタッフとなった二人の現在地。


 これは仮定の話だけど、なんとなく根室 桜子こと里野さんが、白砂 朱里を恨む動機にはなり得たオーディションだったんじゃないかとは思う。

 もしグランプリを受賞したのが逆なら、もちろん全く同じ芸能人生ではなかっただろうけど、里野さんも負けず劣らずの美貌と体型を兼ね揃えた女性には相違ないから、不動の地位を勝ち取っていてもおかしくはない。閑谷のときに学んだけど、知名度や話題性で激変する社会みたいだし、どうなるかやってみないと分からない。


 今はタレントを立てるためなのか地味な装いをしている。けれどやはり美意識の結晶体であるカリスマモデルと流行りの美麗なタレント探偵に挟まれていても、神々しく大人に魅力を放つ里野さんが一番綺麗だとする人も居るんじゃないだろうか。つまりは芸能人と、一般的に端正な二人と比べても遜色がない。


 こんなことオレが言うべきじゃないが、里野さんは相手が悪かったと称するしかない。しかも年齢的に最後と記載されていたことから、少なくとも当時のアマガミエンターテインメントのオーディションは二十歳までの制約があったと想定出来る。


 もし白砂 朱里がライバルじゃなければ。

 もし次回開催にもエントリー可能な資格があれば。


 そんな執念が五年以上の月日が過ぎても沸々と湧き上がっていたのなら、なんらかの危害を加えようと企図しても不思議じゃないと感じる。実際に里野さんは関連会社の雫井プロダクションのスタッフになり、泉田さんの経緯の説明という建前はあったけど、アマガミエンターテインメントのオーディションへの情報把握が少々異常だった気もする。


 オレが里野さんもオーディションに関係のある人物だと所感したのも、棚から牡丹餅的ではあるが、この会話のおかげ。


 だけど一つ疑問点がある。里野さんが白砂 朱里に固執するのは分かる。けれど二人はどちらかというと白砂 朱里が里野さんに拘り続けている気がしてならない。


 ここは所詮、部外者の推理。

 双方の隠された絆まで解き明かせるわけじゃない。


「時系列を追って説明します。まず背景が倒れ、白砂 朱里さんが足の怪我こそしてしまいましたが直撃は免れました。周りのスタッフに大したことないと触れ込んでもいたと思います。しかしそれと時を同じくして、騒然とした現場に居ながら単独行動を取れた人物がいます……それが里野さんです。その里野さんが当時どこに位置していたかというと、白砂 朱里さん……貴女の荷物のそばでしょう。ただ如何せん独りだったみたいなので、ここの証明は裏側に居たオレには出来ません……——」


 ここで呼吸を整えたのち、続けて喋る。物言いが来ることを恐れるなら区切りを入れたくないタイミングではあったが、事実だからと割り切る。


「——……ですが、次に里野さんが声を掛けてきたのはオレと閑谷が逢ってすぐです。白砂 朱里さんを囲むスタッフさんたちを、後方より様子を窺っていた更に後ろから現れました。それまでの空白の時間に実行へと移してオレたちに話し掛けることは簡単でしょう。誰からも視認がないのも当然、みんなが白砂 朱里が巻き込まれたと注目がそちらに向いてしまっていたから、これは仕方がありません。でもその大衆の無意識から唯一逃れられる人物が居ます……それが白砂 朱里さんです。なんせご自身のことですからね、周囲の心配が仰々しいと最初に判別が付くのは他でもない貴女しかいません。多分ですがそのとき見回した際に、里野さんの挙動が明らかに変だと思った……もしくはちょうど現行を目撃してしまった。なにか違いはありますか?」


 推理の節々を疑問形にしてしまうのは、威圧的じゃないかなと不安になる。事実として白砂 朱里は座り直した後からずっと双眸を閉ざしたままだ。疲労やストレスが溜まっていて休息に努めているだけならいいけど、きっとそうじゃない。答えてもくれない。ここにいる全員を慮っている閑谷には協力して貰っておいて申し訳ないけど、白砂 朱里はオレになすり付けようとまで企て、里野さんの行為を二人だけの秘密にしようとした。


 それをオレたちは暴こうとしているんだ、これが閑谷の意向に沿うモノか……いや、違うだろう。ならば白砂 朱里や里野さんの望みなのか……こっちも違う。

 みんな総じて、何事もない収束へ向かうことを祈っていたはずだ。外野のオレがとやかく指摘する場面ではない。


 でもだ。白砂 朱里が怪我のことも考えず里野さんを追いかけた因果、その気になれば逃走することも可能だった里野さんがわざと追いつかれた内幕。両者ともに吐露出来ない感情が混濁していたはずだと、簡潔に表すと素直になれないんだと思ってしまった。


「そして……里野さんが何をしたかというと、こちらも憶測でしかありませんが、閑谷のスマホに撮影されたハンガーラックの映像を見た貴女の感想の揚げ足を取ると、『衣装は盗まれていない』と発言しました。逆に言うとそれは、衣装以外の何かが盗まれていた、ということになりませんか?」

「……」


 すぐに返答はなかった。両眼を半開いて嘆息こそ吐いたものの、すぐに認める訳にはいかなかったからだろう。だってそんなことをすれば、オレに罪を着せようとしたことも、里野さんを庇おうとしたことも、総じて無意味な行為になってしまう。

 だけど得てして沈黙とは肯定の裏返し。里野さんが白砂 朱里に行ったのは……窃盗であるという蓋然性が高くなる。

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