第49話 二度目の対峙

 時は遡り、ジェイクが蘇った兵士たちと、ジルヴァーナがアルフレッドと、アリスとララがカミーラとそれぞれ戦闘をくり広げている頃、ユキトはマターディース城の最上階へと到着した。


 この階の奥――玉座の間に、クーレルがいる。


(今度こそ――!)


 そんな決意を胸に、ユキトは玉座の間へと駆ける。


 以前に一度、訪れていることもあって、迷うことなく到着した。豪奢ごうしゃな扉に手をかけ一気に開けた。


 そこには、悲鳴をあげるレイドリックに、拷問をくり返しているクーレルの姿があった。


 なぜ死んだはずのレイドリックが、拷問を受けているのか。そんなことを考える前に、ユキトはクーレルに向けて火焔球フレア・ボムを放つ。


 だが、それはクーレルに当たる前にレイドリックに衝突し、彼とともに消滅した。クーレルがとっさに、レイドリックを盾にしたようだ。


「なっ!? クーレル、お前――!」


「やっぱり生きていたか、白うさぎ」


 そう言って、クーレルはユキトを真正面から見据えた。その手には、愛用の湾曲した刀が握られている。


「お前……親父さん、死んだはずだろ。なのに、何で拷問なんてしてんだよ!」


 けんか腰でユキトが問うと、


「何を言うかと思えば、そんなことか。お前たちが遅いから暇つぶしにな、あいつを生き返らせたんだよ」


 と、こともなげにクーレルが答えた。


「暇つぶしって……」


 愕然とするユキト。


 まさか、暇つぶしのためだけに、実の父親であるレイドリックを生き返らせたなんて思ってもいなかった。それだけではない。単純に生き返らせただけでなく、惨たらしい拷問までしているだなんて、ユキトの想像をはるかに超えていた。


「そんなことより、この前の続きをしようぜ。当然、強くなってるんだろ?」


 と、クーレルが獰猛どうもうな笑みを浮かべて言った。


「当たり前だろ! 今度こそ、お前を倒すんだから!」


 ユキトは、そう宣言して腰にさした真新しい剣を抜いた。


「へえ? 新調したのか。こいつは楽しめそうだ」


 そう言うや否や、クーレルはユキトとの間合いを一気に詰めて斬りかかった。


「――っ!?」


 突然のことに驚いたユキトは、しかしクーレルの攻撃に反応し、彼の刀を剣で受け止めた。


「フッ、上出来だ」


 満足そうにつぶやくと、クーレルは刀に体重を乗せて薙ぎ払った。


 その威力は大きく、受け止めていたユキトは弾き飛ばされてしまう。だが、訓練の成果か、無様に倒れることは避けられた。


「くっ……そ!」


 着地と同時にそうつぶやくと、ユキトはクーレルとの間合いを詰め躍りかかった。


 クーレルはにやりとすると、それをひらりとかわす。直後、詠唱破棄で黒炎球ダーク・フレアを放った。


 至近距離のため、詠唱破棄でもそれなりの威力はある。だがそれは、ユキトの剣さばきによって両断され消滅した。


「この……っ!」


 負けじと、ユキトが火焔球フレア・ボムを放つ。


「それで、俺を捉えられるとでも?」


 ユキトを小馬鹿にするように問うクーレル。


 そんな彼の言葉など聞いていないのか、ユキトは刃に風をまとわせた。そのまま剣を大きく振りかぶり、先ほど放った火焔球フレア・ボムめがけて振りおろす。すると、斬撃が強風となって火焔球フレア・ボムに向かっていく。


 強風に煽られた火球は、その勢いを増してクーレルへと迫った。


 避けられないと判断したのか、小さく舌打ちするとクーレルは刀を振るう。


 クーレルに両断された火焔球フレア・ボムは、彼に傷を負わせることなく四散した。


「……少しは、やれるようになったみたいだな」


 着地と同時に、クーレルがそう口にする。


 先ほどまでの、ユキトを小馬鹿にした笑みはいつの間にか消えていた。代わりに、金と深緑の瞳には剣呑な光が宿っている。


「言っただろ。今度こそお前を倒すって」


 と、剣を構えてユキトが告げる。


「そうだったな。じゃあ、俺も本気で相手してやるよ」


 そう言うと、クーレルは刀に黒紫こくし色の炎をまとわせた。


 その瞬間、室内に流れる空気に混ざる禍々しさが、先ほどとは比べ物にならないくらい増加した。


「――っ」


 肌を刺すような空気の変化に、眉をひそめるユキト。クーレルの気迫に負けないようにと、彼を見据えたまま刃にまとわせた風の威力を増幅させる。


 それを見たクーレルは、


「そう言えば、この間も風魔法だったな」


 と、前回の戦闘時のことを思いだして言った。


 お前の得意属性なのかと、暗に問うているようにユキトには聞こえた。仲のいい友人ならいざ知らず、クーレルはユキトにとって赤の他人であり、倒すべき敵である。そんな存在である彼に、教える義理などない。


 ユキトは鼻で笑って、


「……さあな!」


 と言うと同時にクーレルへと駆けだした。


 真正面から迫るユキトに、クーレルは呆れたようにため息をつく。単純だとばかりに、その場で刀を振りあげた。


 クーレルが放った斬撃は、黒紫色の炎の刃となってユキトに襲いかかる。


「……ぅらあっ!」


 気合とともにユキトがそれをほふると、いつの間にかクーレルの姿が目の前にあった。


 湾曲した刀を振りおろすクーレル。それを、ユキトは剣で受け止めた。


「そんな攻撃じゃあ、俺は殺せないぜ?」


 と、クーレルは鋭い視線を向ける。


「そんなの、やってみなきゃわかんねえだろ!」


 言い放ちざま、ユキトはクーレルを弾き飛ばした。


 クーレルは難なく体勢を整えると、ユキトへと向かっていく。


 懐に入り攻撃をしかけるも、武器で防がれ弾かれる。間合いを詰め、刀と剣を打ち合い、間合いを取る。そのくり返し。互いに一歩も譲らず、剣戟けんげきの音が辺りに響いた。互いの刃に付与された炎と風が、打ち合いの度に二人の体に小さな傷を作っていく。


 何度目かの打ち合いのあと、ユキトはクーレルとの間合いを充分に取ると、


「風よ、我が声に応えよ! 『十字架を守護せし鷲クロス・イーグル』!」


 呪文を唱えながらその場で十字を斬り、中心を突き刺すように剣をくりだした。


 十字形の斬撃が、風の刃となってクーレルへと飛んでいく。直後、鷲の形をした緑色の風がそれを追った。


「……懲りないな」


 クーレルはそうつぶやくと、その場で刀を振りおろし斬撃を放つ。


 炎の斬撃は、ユキトが放った十字架を守護せし鷲クロス・イーグルへと一直線に飛んでいく。またたく間に衝突すると、二つの魔法は霧散消滅した。


 それを横目に、ユキトはクーレルの背後に回ろうとする。だが、クーレルが気づかないわけがなかった。


「遅い!」


 言うや否や、ユキトに向けて黒炎球ダーク・フレアを放つ。


 複数の黒紫色の炎は、しかしユキトに届く前に爆破された。事前に、ユキトが風の刃キル・ブレイブを放っていたのである。


 舌打ちするクーレルに、ユキトが踊りかかった。刀で受け止められてしまったが、クーレルの表情に先ほどまでの余裕はなさそうに見える。


(……いけるかも!)


 そんな根拠のない自信が、ユキトの中に湧きあがる。


「……お前、わかりやすいって言われないか?」


 薄く笑みを浮かべながら、クーレルがたずねる。


「どういうことだよ……?」


 彼の意図がわからず、ユキトはそう問い返すしかない。


「感情が、顔にですぎなんだよ!」


 そう言って、クーレルは自身の刀に力を乗せる。


 その言葉に、ほんの一瞬、ユキトの力が弱まった。たしかに、幼い頃から感情表現は豊かで、言葉にしなくても顔を見ればすぐにわかると言われるほど、表情に表れてしまう。だから、せめて戦闘時だけはと、ポーカーフェイスを装っていたつもりだった。けれど、そんな努力もむなしく、クーレルにはユキトの心の動きを知られていたらしい。


 力の均衡は崩れ、クーレルがユキトを弾き飛ばす。直後、彼は魔法で漆黒の杭を作り、ユキトへと思い切り投げた。


 漆黒の杭は、なすすべのないユキトの右太ももを貫くと溶けるように消滅する。


「――ぐぁっ!」


 数メートル飛ばされたユキトは、そのまま床に衝突し悲鳴をあげる。


「ユキト!」


 その時、彼の名を呼ぶ聞き覚えのある声が響いた。

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