第48話 氷の牢獄
アルフレッドをにらみつけていたジェイクだったが、彼が
「――っ!?」
銃声が響いたとほぼ同時に、アルフレッドは目を見開いた。彼にとって、その反撃は予想外のものだったのだろう。驚きの表情を隠しきれていなかった。
銃弾は、アルフレッドの心臓を貫いていた。彼の手から戦斧が落ち、ジェイクの顔すれすれの壁に突き刺さる。ごふっと血を吹きだして、アルフレッドはその場に倒れた。
「悪いね」
そう言って、ジェイクはとどめとばかりにアルフレッドの額に銃を放つ。
無慈悲にも、銃弾はアルフレッドの額のど真ん中を貫いた。鮮やかな赤があふれ、徐々に彼の体を浸していく。
その様子を見ることなく、ジェイクは二階へと急いだ。
階段を登り切ると、どこからか戦闘音が聞こえてくる。クーレル側の誰か――おそらくカミーラと、こちら側の誰かが戦っているのだろう。
「とにかく、急がないと……」
ジェイクは、音の出どころを探して駆ける。
音を辿っていくと、階段前の廊下でアリスとララが、カミーラと交戦していた。戦力は、ほぼ互角といったところか。カミーラが放った複数の氷の槍を、アリスが雷の矢で撃ち落としている。
「二人とも、大丈夫かい?」
「ジェイクさん!」
合流すると、ララが肩で息をしながらジェイクの名を呼んだ。
「あら、もう一人くるなんてね。そっか……アルフレッドはやられちゃったんだ」
あーあと、残念そうに言うものの、カミーラの艶やかな唇は弧を描くように口角があがっていた。
「あれ? 皇帝さんは?」
アリスが疑問を口にするが、ジェイクはそれには答えず、
「あんた、仲間がやられたってのに、どうして笑っていられるんだい?」
と、カミーラに問うた。
「どうしてって、彼がそこまでの奴だったってだけじゃない。貴女が彼よりも強かった、だから彼は死んだんでしょ? ただそれだけよ」
それ以外に何があるのかとばかりに、カミーラが告げる。
「ジェイクさん、彼女に何を言っても無駄よ。あいつは、クーレルにしか興味がないんだから」
アリスが、カミーラをにらみながらそう言った。
「あら、よくわかってるじゃない。そうよ。私は、クーレル様がいればそれでいいの。クーレル様の望みは、私の望み。だから、誰にもクーレル様の邪魔はさせないわ!」
カミーラはそう宣言すると、どこからか黒い
アリス、ララ、ジェイクの三人に緊張感が走る。心なしか、アリスの表情が二人よりも強張っている。以前、アリスはカミーラに一度殺されかけている。それが、脳裏によみがえってしまったのだろう。
「アリスちゃん……?」
アリスの些細な変化に、ジェイクが声をかける。彼女がほんのわずか、
「大丈夫。今度は、ヘマしません」
アリスは、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「今度は、ちゃんと殺してあげるわね。アリスちゃん」
妖しい笑みを浮かべながら、カミーラはねっとりと告げる。
「させない!」
そう言ってララが一歩前にでると、カミーラはふふっと笑って、
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。全員、あの世に送ってあげる!」
と、鞭を振るった。
瞬間、アリス、ララ、ジェイクの三人は、後方へと飛び退く。三人がいた地点に鞭があたると、その周辺が一瞬で凍りついた。どうやら、すでに氷魔法を鞭に付与しているようだ。
「殺意は本物ってわけね。それじゃあ、こっちも本気でいくよ! ララ!」
今までも本気だったが、気合を入れ直すようにアリスが言った。
「うん!」
アリスの合図に、ララはうなずいて装着していた鉤爪を大きくさせる。ララの武器である鉤爪は、彼女の魔法によって作り出されたものだ。
「ジェイクさん! 後方支援、お願いします!」
「ああ、まかせな!」
と、ジェイクはいつでも撃てるように銃を構えた。
ララが鉤爪で攻撃し、アリスが魔法で牽制し、ジェイクが銃で応戦する。三人の連携はピタリとはまり、カミーラを翻弄していく。
「くっ……! こんな小娘たち相手に、私が押されるなんて……!」
カミーラはそう悔しそうにつぶやくと、詠唱なしで
それは、すべてララへと向けられたもので。各個撃破に切り替えたカミーラが、最初に標的にしたのがララだった。カミーラから一番近い場所にいるのが彼女だったから。理由はそんなところだろう。
ララは、鉤爪で襲いかかる氷の槍を次々に砕いていく。戦闘には不慣れでも、降りかかる危険を排除するのは造作もない。
六本もの氷の槍を砕き、息をつこうとカミーラから視線をそらした瞬間だった。
「ララ! 危ない!」
ジェイクの切羽詰まった声が響く。
「え――」
ララが視線をあげると、目の前に砕いたはずの氷の槍が迫っていた。もちろん、先ほど砕いた槍がもとに戻るはずはない。カミーラが第二陣として放ったものである。
まさか、第二陣がくるとは思っていなかったララ。迎撃しようにも、油断していたせいかすぐには動けなかった。
やられると思った矢先、
「神速の狩人。無慈悲な終焉。しびれて狂え! 『
と、アリスの詠唱が聞こえた。
次の瞬間、複数の雷がアリスから放たれ、氷の槍を砕いていく。
「ララ、大丈夫?」
アリスがララに駆け寄ると、ララはうなずき油断していたことを謝罪した。
「反省は、あとでいっぱい聞いてあげるから。それより今は、あのおばさんをどうにかしないとね」
そう言って、アリスはカミーラに向き直り短剣を構える。
「……おばさんですって?」
と、低くつぶやくカミーラ。彼女の長い黒髪が、風もないのに揺らめいている。
彼女をまとう空気の変化に気がついたのか、アリスだけでなく、ララとジェイクにも緊張が走る。
「そう。そんなに死にたいの。なら、お望み通り惨たらしく殺してあげるわ。
と、カミーラは呪文を詠唱する。
その声音には、怒りと殺意だけがあった。カミーラは、おばさんと言われることが大嫌いなのである。
彼女が呪文を唱えると、天井と壁と床から氷の茨が出現した。それは徐々に成長していき、アリスたち三人を囲もうとする。
突然のことに驚いた三人だが、とにかくこの状況をどうにかしようと茨を砕いていく。だが、砕いても砕いても、あとから茨が生えてきて、まるでいたちごっこをしているようだ。
「あーもー! キリがない!」
アリスがいらだちを隠しもせずに言うと、
「アリスちゃん、これは貴女が招いたことよ。口は災いの元って言うでしょ? 後悔しながら死になさい」
そう言って、カミーラが狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「私は、正直に言ったまでだけど? それで怒るってことは……自覚してるんじゃない、の!」
茨を砕きながらアリスがそう告げると、カミーラはギッと彼女を睨みつけた。
その瞬間、茨の生成速度が一段と速くなった。
三人が砕くよりも早く成長する茨は、三人を完全に覆いつくそうとする。
「――このままじゃ、カミーラを倒すどころじゃなくなっちゃう!」
言いながら茨に攻撃するララだが、先ほどよりも動きが鈍い。
どうしたのだろうかとアリスが疑問に思った瞬間、自分たちを取り巻く空気が冷たくなっているのに気がついた。
「何これ? 寒っ!」
思わず声をあげると、
「奇遇だね、アリスちゃん。あたしもそう思ってたとこだよ」
と、ジェイクが同意した。
「――っ!」
渾身の力で茨を砕いたララは、ガタガタと震えながらその場にうずくまってしまった。獣人である彼女は、人間であるアリスやジェイクよりも温度変化の影響を受けやすいのだろう。
「ジェイクさん、ララが……!」
アリスが、泣きそうな表情でジェイクに告げる。
「このままだと……本当にまずいね」
ジェイクは、茨を砕きながら何か打開策はないかと思考を巡らせる。
その間にも茨は数を増やし、三人とカミーラとの間に厚い壁を形成していく。その奥にいるカミーラは、相変わらず狂気に満ちた笑みを――いや、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
その表情に舌打ちをすると、ジェイクはアリスの名を呼んだ。
「どうしたんですか?」
「一回の魔法で、相手を殺すことってできるのかい?」
「それは、魔法の威力にもよりますけど……」
「じゃあ、あたしが撃った銃弾に向けて魔法を放つことは?」
ジェイクのその問いに、アリスは何かを察したのだろう、やってみるとだけ答えた。
「じゃあ、いくよ」
銃弾を込め直したジェイクはそう言って、ほとんど氷の茨で覆われてしまっている目の前に向けて全弾撃った。その向こうには、カミーラがいる。
すかさずアリスは、最大威力で
銃弾は、氷の茨を砕いて壁にわずかな穴を開ける。最後の銃弾がその穴を通過した瞬間、雷の矢がそれを飲みこんだ。そのまま、カミーラへと一直線に向かっていく。
「うそ――」
あまりに想定外だったのだろう、カミーラは目を見開いてそれをただ見つめるしかない。
それは、あまりにも一瞬だった。ジェイクとアリスが放った一撃は、無防備なカミーラの心臓を見事に貫いたのだ。
悲鳴もあげないまま、カミーラはその場に倒れた。その瞬間、アリスたちを覆っていた氷の茨は成長を止め、がらがらと崩れ落ちる。
アリスとジェイクがララを抱えて階段へと向かうと、その前に血だまりに沈んだカミーラの亡骸があった。
三人はちらりと視線を向けると、無言のままクーレルとユキトが待つ最上階へと向かった。
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