第47話 屍を越えて

「……私を裏切った可能性があると知ったからだ。他の誰よりも信頼していた彼が」


 かたわらに落ちている槍を拾って立ちあがりながら、ジルヴァーナは静かに言葉を紡ぐ。


 アルフレッドの父、ヴィンセント・ノーブルを国家反逆罪の容疑で投獄してから数日の間、ジルヴァーナは容疑の真偽について側近などに調べさせた。その結果、確実な物的証拠は何もつかめなかったが、状況証拠が黒だと告げていた。


 ヴィンセントの親友は、何度もジルヴァーナに彼は無関係だと直訴していた。


「――私だって、彼が裏切ったなどとは思いたくなかったよ。けどね、無関係だという証拠がなかったんだ。何一つとしてね」


 だから、釈放することができなかったのだと告げる。


「……親父には、直接聞いたのかよ?」


 怒気を含んだまま、アルフレッドは感情を押し殺してたずねる。


「もちろん、事情聴取はおこなったよ。何も知らないの一点張りだったがね。けど、状況証拠がそろっていたからね、処刑せざるを得なかった」


「……何だよそれ。じゃあ、親父は、本当に何も知らなかったってことじゃねえか。それなのに!」


 言い放ち、アルフレッドはジルヴァーナに攻撃をしかけた。


 どうして信用してくれなかったのか。父親の言葉を信じてくれてさえいれば、自分たち家族は今でも幸せを享受きょうじゅできていたはずなのに。そんな思いが、アルフレッドの心の中に渦巻いていく。


 戦斧せんふの刃をぎりぎりでかわし、槍をくりだすジルヴァーナ。そのマリンブルーの瞳には、揺るがない戦意が宿っている。


「くっ――!」


 ジルヴァーナの槍先は、アルフレッドの脇腹を捉える。


「私とて、みすみす殺されるわけにはいかないのだよ。民を守る責務があるからね」


 そう言って、ジルヴァーナは槍を引き抜いた。


 痛みに顔を歪ませるアルフレッドは、血が流れるのもかまわずに戦斧を振り回す。


 傷だらけのジルヴァーナは、眉間にしわを寄せてアルフレッドの攻撃をかわすと槍を横に薙いだ。だが、槍先がアルフレッドに届く前に戦斧で防がれる。


 戦斧と槍の応酬が激しくなり、剣戟けんげきの音が響き渡る。どちらも一歩も引かず、互角かと思われた。だが、やはり単純な力比べなら獣人の方が有利で。人間であるジルヴァーナが、獣人であるアルフレッドに押されるのは道理だった。加えてジルヴァーナの負った傷は、確実に彼にダメージを与えていて。


「――っ!」


 鋭い痛みにジルヴァーナは歯を食いしばる。


 そのすきを、アルフレッドが見逃すはずはなかった。赤紫色の瞳がギラリと光ったかと思うと、槍めがけて思い切り戦斧を振りあげた。その刃は、アルフレッドの思惑通り槍に当たり、ジルヴァーナの手から弾き飛ばした。


 ジルヴァーナが、低くくぐもった声をあげる。同時に、弾き飛ばされた槍が地面に落ちて乾いた音を立てた。


 アルフレッドをにらみつけるジルヴァーナと、勝ち誇ったように刃を突きつけるアルフレッド。そんな二人の間に、張り詰めた沈黙が流れる。


 そのままにらみ合いが続くのかと思われた矢先、


「ジルヴァーナ様!」


 という声が聞こえた。


 二人が声のした方へと視線を向けると、ジェイクが駆けてくるのが見えた。


 それを見たアルフレッドはにやりと口角をあげると、ゆっくりと戦斧を振りあげた。


「ジルヴァーナ様、危ない――!」


 それに気づいたジェイクが、大声を張りあげ銃を撃つ。だが、銃弾は、アルフレッドの頭上をかすめていっただけだった。


「――っ!?」


 ジェイクの声に視線を正面に戻したジルヴァーナだが、アルフレッドの攻撃をかわすことは不可能だった。無慈悲に振りおろされた戦斧の刃が、彼の目の前に迫っていたのだ。


「ジルヴァーナ様ーーー!」


 ジェイクの叫びもむなしく、戦斧の刃はジルヴァーナを確実にとらえ、深々と切り裂いていく。


 ジルヴァーナの叫び声が響き、温かく濃い赤が吹きだした。そのまま、壁によりかかるように崩れ落ちる。


 それを浴びたアルフレッドは舌なめずりをすると、とどめを刺そうとまたも戦斧を振りあげた。


 舌打ちをしたジェイクは、アルフレッドの足もとを狙って銃を数発撃った。銃弾は、アルフレッドの足もとすれすれに着弾する。


 ゆらりとジェイクの方を向いたアルフレッド。その表情は、血に飢えた獣のようで、獰猛どうもうさをはらんでいる。


 そんなことを気にも留めず、ジェイクは銃に弾を込め直すと、またも彼の足もとへ発砲した。ジルヴァーナから引き離すためだ。


 アルフレッドは、銃弾に当たらないように後方へと飛び退いた。


 ジェイクがジルヴァーナのもとへたどり着き、声をかけようとする。だが、彼が事切れているのは一目瞭然だった。アルフレッドによって切り裂かれた傷は思っていた以上に深く、心臓まで達していたのだ。


「ジルヴァーナ様……」


 ジェイクはそうつぶやくと、見開いたジルヴァーナのまぶたをそっと閉じさせた。ゆらりと立ちあがり、アルフレッドをにらみつける。そのエメラルド色の瞳には、かたきを取るという強い意志が宿っていた。


「一足遅かったな」


 戦斧を肩に担ぎながら、アルフレッドは不敵な笑みを浮かべて言った。


「まさか、あたしがおくれを取るとはね」


 と、ジェイクは肩をすくめる。


 城内に入る前、ユキトたちを先にいかせた彼女は、襲いかかってきた多数の兵士の相手を一手に引き受けたのだ。銃の腕に自信はあるが、数十人を一人で相手するのはさすがに骨が折れた。全員葬ってから駆けてきたのだが、もう少し早く合流したかったというのが正直なところである。


「俺としては、あんたとりあう理由はねえんだが、見逃してはくれねえんだろ?」


 確認するように問うアルフレッドにジェイクは、


「当然さ。仲間を殺されて黙ってられるほど、人間できちゃいないんでね。覚悟しな」


 と、銃を構える。


「まあ、そうなるよな。しかたねえ、恨むなよ」


 その言葉とは裏腹に、武器を構えるアルフレッドは妖しげな笑みをたたえている。


 そのままにらみ合う二人。張り詰めた沈黙が、肌を刺すように痛い。


 どのくらいそうしていたのだろう。実際には数分にも満たないだろうが、ジェイクには長い時間のように感じられた。


 口角をあげながら、アルフレッドが床を踏みしめる。そのわずかな動きと音に反応して、ジェイクが銃を撃った。


 それを合図に、アルフレッドがジェイクへと駆ける。彼女が撃った銃弾は、アルフレッドの左ほほをかすめた。


 獰猛な狼は、生命を刈り取らんと戦斧を振りおろす。


 飛び退いてそれをかわすジェイクだが、その風圧だけで多数のかすり傷を負った。ユキトと同じように、刃に風魔法をまとわせているのだろうか。そんな疑問をどうでもいいと切り捨てて、銃を撃つジェイク。銃弾は、アルフレッドの左太ももをかすめただけだった。


 舌打ちをするジェイクに、アルフレッドは笑顔のまま、


「魔法を使ったとでも思ったか? 残念ながら、俺は攻撃魔法はからっきしなんでね」


 だから、ジェイクに傷をつけた風は、単純に戦斧を振りおろした時の風圧だと告げる。

 

「奇遇だね、あたしも攻撃魔法は得意じゃないのさ」


「なら、単純な力比べといこうぜ。獣人の俺と人間のあんた、どっちが上かってな!」


 そう言うと、アルフレッドはジェイクへと攻撃をしかける。真正面から戦斧を振りおろす単純なものだが、その破壊力は凄まじい。直撃をくらえば、無事ではいられない。


 それをわかっているからか、ジェイクはアルフレッドとの間合いを適度に保ちつつ、銃で攻撃していく。


 アルフレッドとジェイクの追いかけっこが続く。もちろん、追いかけるのはアルフレッドだ。追いかけながら戦斧を振るうが、彼女に当たることはない。今までにもこんな死闘を経験したことがあったのか、それとも単純に身体能力が高いのか。


 対するジェイクの銃弾は、確実にアルフレッドに傷を負わせていた。初めはかすめる程度だったが、戦闘の中で精度をあげて、今では百発百中で狙ったところに命中している。


 両足はもちろんのこと、両腕や脇腹にも銃創がある。彼の動きに多少のキレのなさがうかがえるが、それでも勢いがほとんど失われていないのはさすがだろう。


 だが、もうそろそろ決着をつけなければならない。先に進んだユキトたちのことが、ジェイクには気がかりだった。


「――っ!」


 気がつくと、ジェイクは袋小路へと追い込まれていた。建物内での戦闘に不慣れな彼女は、アルフレッドの攻撃をかわそうとして、どうしても壁際――それも廊下の端へと移動せざるを得なかったのだ。


「よう。ここまでだな」


 ようやく追い詰めたとばかりに、アルフレッドがにじり寄った。ゆっくりと戦斧を振りあげる。


 ジェイクは、無言で彼に鋭い視線を向ける。


 そんな彼女に勝利を確信したのか、アルフレッドはにやりと口角をあげると、


「じゃあな」


 とだけ言って、思い切り戦斧を振りおろした。

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