第46話 因縁
死者蘇生の魔法でよみがえった兵士たちをジェイクに任せたユキトたちは、この城の最上階へ向かうべく階段を目指していた。最上階にある玉座の間に、最大の敵であるクーレルがいるのだ。
最短で到着したいのだが、各部屋から武器を持った使用人たちが姿を現し、行く手を阻む。彼らの首には、先ほど見た兵士たちと同じ黒いチョーカーがつけられている。どうやら、クーレルの支配下にあるようだ。自我を失っているところを見ると、おそらく先の兵士たちと同様、禁忌魔法である
突然現れる使用人たちに驚くこともなく、ユキトたちは一撃で彼らを撃破していく。対人ということで、兵士と対峙した瞬間は防戦一方だったが、相手が死人とわかってからは変に遠慮をすることをやめたのだ。ジルヴァーナから、安らかに眠らせてやってほしいと言われたというのもある。それに、ここで足止めを食らっているわけにはいかない。
立ちはだかる使用人たちを
「久しぶりだな。今度こそ、本当に殺されにでもきたのか?」
軽口を言いながら、ユキトたちの前に立ちはだかる。
「逆だよ。あんたたちを殺しにきたんだ」
と、剣呑な眼差しを向けるユキト。無意識に、剣を持つ手に力が入る。
「俺たちを殺す、ねえ……。ははっ! 面白いじゃねえか! できるもんならやってみな。俺は、お前たちをここから先に通す気はねえぜ」
そう言って、アルフレッドは愛用のクレセントアックスをどこからともなく取り出して構えた。その赤紫色の瞳は、好戦的な光をたたえている。
武器を構え直したユキト、アリス、ララの三人は、今にもアルフレッドに向かっていきそうな空気を醸しだしていた。
「三人とも。すまないが、ここは私に預けてはくれないか?」
そんな一触即発の状況で、ジルヴァーナが静かにそう切り出した。
驚いたように、視線を彼に向けるララ。だが、ユキトとアリスはアルフレッドを見据えたままだ。
「かっこつけようったって、そうはいかないですよ、皇帝さん。こいつは、あんただけの敵ってわけじゃないんですから」
と、ユキトがともに戦うと暗に告げる。
「それは、とてもありがたいし心強い。だがね、ここはどうしても引くわけにはいかないのだよ」
否と言わせぬ声音に、ユキトはジルヴァーナを振り返る。彼の表情は、覚悟を決めた者のそれだった。
「――そっか。それじゃあ、しかたないですね」
そう言って肩をすくめると、ユキトは構えを解いて左側へと少しずれた。アリスとララも彼に続く。
ジルヴァーナは礼を言うと、槍を構えてアルフレッドを見据えた。
「へえ? あんた一人で相手してくれるって? そりゃあ、こっちとしても都合がいいぜ」
と、アルフレッドが口角をあげる。もともと、アルフレッドが標的にしている相手は、ジルヴァーナだけなのだ。
「おい、坊主たち。いくならさっさといきな。じゃねえと、巻き込んで殺しちまうぜ」
そう告げるアルフレッドの視線は、ジルヴァーナに向けられている。
そんな彼を警戒しながら、ユキトとアリスは階段へと進んでいく。
「……ご武運を」
と、小声でそれだけをジルヴァーナに告げると、ララは小走りでユキトたちを追った。
階段を駆けあがる三人の足音が聞こえなくなるまで、ジルヴァーナとアルフレッドのにらみ合いは続く。
「……三人をいかせてしまってもよかったのかね?」
静寂が戻ってくると、ジルヴァーナはアルフレッドにそうたずねた。
「ああ。俺の獲物は、あんただけだからな。あんたこそ、一人で残っちまってよかったのか?」
「我らの戦いに、無関係な少年たちを巻き込むわけにはいくまいよ」
「ははっ! 違いねえ!」
そう笑ったかと思うと、アルフレッドの目つきが一瞬で鋭いものに変わる。
その瞬間、ジルヴァーナは彼の殺意を肌で感じ取った。戦場特有の緊張感が全身に走る。
「過去の報いを受けてもらうぜ、ジルヴァーナ・シュルツ!」
そう言い放つと、アルフレッドは一気に間合いを詰め、クレセントアックスを振りあげた。
「――っ!」
足もとから迫る刃を、すれすれのところでかわしたジルヴァーナ。そのまま飛び退くと、着地した直後に槍をくりだした。
にやりと笑みを浮かべると、アルフレッドはそれを軽々とかわし、愛用の
殺意を持って迫る刃を、ジルヴァーナは槍で防ぎ受け止めた。
「ぐっ――!」
アルフレッドの攻撃の重さに、ジルヴァーナは奥歯を強く噛みしめる。武器同士が奏でる耳障りな音が、断続的に響く。
「……君は、私を憎んでいるのだろう? ひと思いに、殺そうとは思わないのかね?」
煽りなのか、それとも単なる疑問なのか。ジルヴァーナは、アルフレッドにそうたずねた。
「そんなの、すぐ殺しちまったらつまんねえからに決まってんだろ。それに、あんたには、聞かなきゃならねえことがあるしな」
獰猛な笑みを浮かべながらそう告げるアルフレッドは、
「親父が処刑されたのは、本当にあんたを失脚させようとしていたからなのか?」
と、笑みを消した直後にたずねた。
赤紫色の瞳が、うそは許さないと告げている。
わずかに息を飲んだジルヴァーナは、そうだと感情のない声で答えた。
その瞬間、怒りあらわにしたアルフレッドは、戦斧を持つ手に力を込めてジルヴァーナもろとも振り抜いた。
その力に負けたジルヴァーナは、なす術もなく壁に激突する。その衝撃で、手にしてた槍を取り落としてしまった。
「――がはっ!」
呻いて倒れるジルヴァーナ。
そんな彼に、アルフレッドはクレセントアックスの切っ先を突きつける。
「うそつくんじゃねえ! 親父は、あんたを心から慕ってたんだ。あんたを失脚させようなんて、これっぽっちも思っちゃいなかったんだよ!」
だから、父親が処刑されるいわれはなかったはずだと、アルフレッドが声を荒げる。
アルフレッドの父親――ヴィンセント・ノーブルは、ジルヴァーナの近衛兵をしていた。優秀な近衛兵で、将来を嘱望されていた。皇帝であるジルヴァーナを慕っており、彼に
だが、ヴィンセントは、アルフレッドが十歳の時に投獄されてしまった。皇帝失脚を目論む勢力に加担したと、皇帝に関する機密情報をもらしたという疑いがもたれたからだ。それも、皇帝に近しい人物しか知り得ない情報だったらしい。
当時、ジルヴァーナの近衛兵はヴィンセント以外にも数名いた。だが、近衛兵の中で皇帝が一番信頼していたのは、他でもない彼だった。そのため、些細な悩みやプライベートのこと、内密な情報までも話していたのだ。
アルフレッドが父親の投獄を知ったのは、彼が帰ってこなくなってから二日後のことだった。彼の親友である衛兵から連絡がきたのだ。
連絡を受けた母親は、アルフレッドに何度も大丈夫だと言い聞かせた。だが、それ以来、母親は明るい表情を見せることがなくなった。
「――信じてた。いつか必ず帰ってくると。けど、きたのは、処刑されたって連絡だけだった!」
そう声を張り上げながら、アルフレッドはジルヴァーナに戦斧を振るう。彼に反撃するすきを与えないほど、何度も何度も。攻撃のたびに血は飛び散り、ジルヴァーナのうめき声が響く。
――まだ幼かったアルフレッドは、母親とともに父親の帰りを待っていた。だが、数日経っても帰ってこないどころか何の連絡もなかった。
それから一週間後のある日、ヴィンセントの親友が突然、アルフレッドの家を訪れた。彼が処刑されたとの一報を持参して。
その情報に、アルフレッドの母親は泣き崩れてしまった。アルフレッドも大きなショックを受け、その直後のことは記憶にない。
「――俺たち家族は国を追われた。ただ普通に、幸せな暮らしをしていたかっただけなのに!」
なぜ、自分たち家族がこんな目にあわなければならないのかと、力任せに武器を振るうアルフレッド。
槍を拾うすきさえなく、ジルヴァーナはなすがままに傷を増やしていく。
「信頼してたはずの部下を、なぜ斬った!」
言い終えると同時に、アルフレッドは攻撃をやめた。父親にかけられた疑惑の真相が知りたかった。憎悪を宿した赤紫色の瞳が、まっすぐにジルヴァーナを見つめている。
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