第45話 もう一度、マターディース城へ

 空間転移魔法である空の扉バビロン・ゲートで、マターディース帝国までいくことにしたユキト一行。彼らが、再び姿を現したのは、マターディース城の城門前だった。噴水付近に赤黒い血痕が残されている、あの広場である。


 広場に人の姿はないが、空気がどこかざわついている感じがする。静まり返っているのに、喧噪けんそうが絶え間なく聞こえるようだ。


 不意に鉄のような臭いがユキトの鼻をついた。顔をしかめて辺りを見回す。だが、五人の他には誰もいない。


「ねえ。何か嫌な臭いしない?」


 と、ララが不快そうにたずねた。


 ユキトがうなずくのに対し、アリス、ジェイク、ジルヴァーナの三人は首をかしげるばかりだった。獣人であるユキトとララは人間よりも嗅覚が鋭い。そのため、微かな臭いにも敏感なのである。


「どんな臭い?」


 アリスがたずねると、鉄のような臭いだとララが告げる。


「それは、おそらく血の臭いだろう。……民にも手をだしたか、クーレル・アルハイド」


 と、ジルヴァーナが苦虫をつぶしたような表情で言った。


「とにかく、城にいこう! あいつを止めなきゃ!」


 ユキトがそう言うと、一行は門をくぐり城内を目指す。


 だが、城の敷地内に入って間もなく、武器を手にした兵士がユキトたちをさえぎった。それも、一人や二人ではない。少なくとも十人以上はいるだろう。


「何だよ、こいつら!?」


 ユキトが、剣に手をかけて声をあげる。


「我が国の兵士たちだよ。だが、彼らの持ち場はここではないはず……」


 ジルヴァーナがいぶかしげにつぶやくと、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。


「――っ!?」


 驚いたユキト一行だが、すぐさま武器を手にして彼らの攻撃を防ぐ。


「ジルヴァーナ様! あんた、兵士にどんな教育してるんだい!」


 兵士たちの攻撃をかわしながら、ジェイクはジルヴァーナに文句を言う。


「誰彼かまわず、問答無用で斬りかかれなんて、教育した覚えはないんだが、ね!」


 槍の柄で兵士の剣を受け止めていたジルヴァーナは、言い放ちざま、兵士の腹を思い切り蹴り飛ばした。


 蹴り飛ばされた兵士は、背後にいる兵士を巻き込んで数メートル先に倒れ込む。しかし、うめき声一つ漏らさない。それどころか、蹴り飛ばされる瞬間でさえ、兵士の表情は微動だにしなかった。


「どういうことだ……?」


 つぶやくジルヴァーナ。だが、その問いは、別の兵士の攻撃によりすぐに消え去った。その攻撃を避けつつ、ララの背後で剣を振りおろそうとしている兵士を槍で撃退する。


 それに気がついたのか、ララは相手にしていた兵士を気絶させると、ジルヴァーナに礼を言った。


「なに、礼には及ばんよ。それより、この数をどう料理するかだ」


「確かに、そう……ですね!」


 言い放ちざま、ララは近くにいる兵士たちの足を狙って攻撃する。


 バランスを崩して倒れる兵士たち。その後ろからやってくる兵士たちは、とっさに避けることができず、倒れた兵士につまずいて折り重なるように倒れた。


 その様子を横目に、ララとジルヴァーナは距離の離れてしまったユキトたちの方へと向かう。


 ユキト、アリス、ジェイクの三人は、ララよりも戦闘経験があるとはいえ、苦戦を強いられていた。魔物との戦闘とは異なり、どうしても防戦一方にならざるを得ない。極力、犠牲は最小限に抑えたいのだ。だが、一人二人と峰打ちで気絶させたとしても、後続の兵士が攻撃してくる。


「ああもう! キリがない! もういっそのこと、雷魔法で気絶させたい!」


 いらだちがピークに達したアリスは、そう叫ぶと短剣を鞘に納めた。攻撃を避けつつ、右手に力を込める。


「アリス、待てって! それ、俺たちも巻き込まれるから!」


 アリスが対複数用の魔法を使おうとしていることを察知したユキトは、慌てて彼女にストップをかける。


「それは、勘弁しておくれ!」


 と、ジェイクもユキトに賛同する。


 アリスは舌打ちをすると、


「じゃあ、どうしろっていうのよ!」


 と、ユキトに食ってかかった。


 そう言われても、ユキトは即答できる最善案など持ち合わせてはいない。兵士の攻撃をさばきながら、何かいい案はないかと思考を巡らせる。


「みんな、大丈夫!?」


 声が聞こえて振り向くと、ララとジルヴァーナが兵士の攻撃を振り切ってやってきた。


 ユキトたち三人は、大丈夫だと口々に告げると、兵士たちから間合いを取りララたちと合流する。


「ねえ、気づいた? あの人たち、首に黒いチョーカーしてるの」


 ララの言葉に、ユキトは兵士たちの首に視線を向けた。すると、たしかに黒いチョーカーをつけている。それは、見覚えのあるものだった。


 どこで見たのだろうと記憶を遡ると、すぐに思い至った。クーレルと対峙した際、彼が魔法でアリスを操ろうとした時である。あの時も、アリスは革に似た質感の黒いチョーカーをつけられていた。


 そのことを話すと、


「じゃあ、アリスちゃんと同じように、クーレルに操られてるってことかい?」


 と、ジェイクが苦々しく言った。


「でも、あの時、意識までは操られてないよ?」


 と、アリスが目の前の状況とは違っていたと告げる。


 とはいえ、彼らがクーレルに操られているのは確かだろう。あの黒いチョーカーは、闇属性の魔法である闇の奴隷ダーク・マリオネットを行使した時に出現するものなのだ。


「彼らはすでに、命を失っているのかもしれない」


 ジルヴァーナが、険しい表情で静かに言った。


「どういうことですか?」


 アリスが問うと、ジルヴァーナは、先ほどつばぜり合いになった兵士の腹を思い切り蹴り飛ばしたことを告げた。普通なら、痛みに表情が歪むはずなのに、まったくの無表情だったことも。


「それ、聞いたことあります。たしか……死者蘇生カルト・リビングっていう魔法で蘇生された人は、痛みを感じなくなるって」


 以前、どこかで仕入れた情報を思い出したのか、ララはそんなことを言った。


「まさか、禁忌魔法にまで手をだしているとは……」


 と、ジルヴァーナは奥歯を強く噛みしめる。


 死者蘇生カルト・リビングとは、その名の通り死者を蘇らせる魔法である。この魔法で蘇った者は、総じて老いることはなく食事も必要としない。それどころか、痛覚をも持たない。そのため、自然の摂理からはずれる行為だとして禁忌魔法に指定されている。この魔法の呪文を知る者はほとんどおらず、古い文献にしか載っていない。もしかしたら、存在自体を知らない者の方が多いだろう。


 実際、ジルヴァーナとララ以外、魔法の名前を聞いてもきょとんとした表情を浮かべていた。


「要するに、こいつら全員、もう死んでるんだろ? 遠慮する必要、ねえってことだよな!」


 ユキトがそう確認すると、ジルヴァーナはうなずいた。


「安らかに眠らせてやってくれ」


 ジルヴァーナのその言葉に、四人はそれならばと本気モードで兵士たちに突っ込んでいく。


 先ほどとは打って変わって、兵士たちをほふっていくユキトたち。


 仲間が一撃で倒されるさまを見ても、彼らは怯むことなくユキトたちへと向かっていく。致命的な鋭い攻撃を受けると、叫び声もあげずに土塊つちくれへとかえる。死者蘇生カルト・リビングは、遺体を土塊に変えてしまう効果もあるのだ。


 ユキト一行は、ものの数分で城の入口に到着した。扉を開けて中に入るが、最後尾にいるジェイクだけは扉の前から動こうとしない。


「ジェイクさん、何してんだよ! 早く!」


 と、ユキトが急かすが、


「ここはあたしが引き受けるから、先にいきな!」


 ジェイクは、銃に弾を込めながらそう告げた。


 彼女の先には、生き残りの兵士たちがまだ数多くいる。


「何言ってんだよ! 先にいけるわけ――」


「ユキト! 目的を見失うんじゃないよ。クーレルを倒すために、ここにきたんだろ!」


 と、ジェイクは迫る兵士たちをヘッドショットで倒しながら、ユキトに喝を入れる。


「そうだけど……」


 それでも、仲間をたった一人にはしておけないと、ユキトは彼女の言葉に素直に従えなかった。


「あたしなら大丈夫さ。必ず追いかけるから」


 振り返ってそう笑う彼女のエメラルド色の瞳が、反論は許さないと告げていた。


「――わかった。けど、絶対! 死んじゃだめだからな!」


 そう命じるように言うと、ユキトは城の中へと駆けだした。


 アリスとララもあとに続く。ジルヴァーナは、済まないと小声で言いおいてから駆けだした。


 四人の足音が遠くなる中、ジェイクは扉を閉めると、


「そういうわけなんでね、ここから先にはいかせないよ!」


 ジェイクはそう声高に告げて、迫りくる兵士たちと相対した。

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