第44話 新たな武器

 ユキトが濃いめのミルクティーで気持ちを落ち着かせていると、次第に食堂内が騒がしくなってくる。周囲を見回すと、ちらほらと騎士団員の姿があった。どうやら、朝食の時間が近いようだ。厨房の方へ視線を戻すと、仕込みはほとんど終っているようで、料理人たちはつかの間の休息を取っている。


「落ち着いたか?」


 作業を終えたらしい料理長が、優しい笑顔でユキトにたずねた。


「はい。ありがとうございます。俺……なんか、やれそうな気がします」


 ユキトは、晴れやかな笑顔でそう告げた。心の中に先ほどまで居座っていた恐怖は、どこかに消えてしまったようだった。


「そうか、そりゃよかった。生きて戻ってこいよ」


 そう言う料理長に、ユキトは力強くうなずいた。その瞬間、食堂の入口辺りからアリスたちの声が微かに聞こえた。


 ユキトは、もう一度料理長に礼を言うと、アリスたちがいる方へと向かった。


「あー! ユキト、いた!」


 ユキトの姿を見るなり、アリスが大声をだす。


 周囲にいる騎士たちが、ビクリと肩を震わせてアリスを見やる。


「うっせえな、アリス。朝っぱらから、デカい声だすなよ」


 そう言いながらユキトが合流すると、


「あんたが、珍しく早起きしてるのがいけないんでしょ! いつも、私が起こしにいくまで寝てるくせに!」


 と、アリスがけんか腰で非難する。


「まあまあ。無事に見つかったことだし、それくらいでいいんじゃないかな?」


 ジルヴァーナのそう優しくなだめられては、アリスとしても矛を収めるしかない。


「無事にって?」


 彼の言葉に引っかかりを覚えたユキトが疑問を口にすると、


「アリスさんってば、うちの部屋にくるなり『ユキトがいない!』って、泣きそうな顔してたんだから」


 と、ララがにやにやしながら答える。


「ちょっと、ララ! それは言っちゃだめなやつ!」


 アリスが慌ててララの口を塞ごうとするが、すでに遅かった。


 ユキトはわずかに驚いたが、その直後ににんまりと口角をあげてアリスを見る。ブライトとジルヴァーナは、意外そうな表情を浮かべながら、温かい視線を彼女に向けていた。


「ああ、もう! とにかく! 早く朝食にしましょ」


 と、強引に話題を変えるアリス。


 彼女の照れ隠しなのはバレバレだったが、朝食の時間なのは間違いないので誰も反対しなかった。


  *  *  *  *  *


 食事を終えると、一行は取調室へと向かった。最終確認をするためである。


「えっと……、マターディース城には、ジェイクさんの転移魔法で行くんだよな?」


 取調室に入り、中央のテーブルに置かれた地図を見るなり、ユキトがたずねる。ララとジルヴァーナが肯定するようにうなずいた。


「ここから陸路で行くより、転移魔法の方が早いからね。時間かけてる場合じゃないし」


「それで、マターディース城には、正面から突撃するんですか?」


 他に入口は? と、アリスがたずねると、


「まあ、何個か入口はあるが、正面からいくとしようじゃないか。城の主である私がこそこそする必要は、どこにもないのでね」


 と、ジルヴァーナが告げる。


 その瞳には、すでに好戦的な光がさしていた。


「あとは、あいつらがどう動くかだけど……」


 と、アリスは予想できる範囲を脳内でシミュレートしていく。


「そんなの、ここで考えてたってわかんねえって! とにかく、いくしかねえだろ」


 ユキトがそう言うと、


「それはそうだけど……。でも、対策なしで玉砕するよりマシでしょ!」


 と、アリスが真剣な表情で告げる。


 たしかに、感情と勢いだけで挑んだ結果、クーレル一行に惨敗し、ユキトは生死をさまよった。ユキトが昏睡状態に陥っていた間、アリスは生きた心地がしなかった。あんな思いはもうしたくないからと、あれこれ策を考えてしまうのも無理のないことだった。


「そのために、この短期間でできるだけの訓練をしたんだろ?」


 ブライトが、まっすぐアリスを見つめてそう問いかける。


「それは、そうですけど……」


 そう言葉を濁すアリスに、ブライトは明るい笑顔で、


「大丈夫だよ、お前たちは強くなった。俺が保証する。だから、自分の力を過小評価するな。自分を信じろ。それが無理なら……俺を信じろ。この国で一番強い騎士団団長様が言ってるんだ、だから大丈夫なんだよ」


 と、断言した。


 その言葉を聞いていると、不思議と不安が消えていく。


「わかりました、団長の言葉を信じます」


 アリスは、苦笑しながらそう言った。


「あ、そうだ! 団長、これお返しします」


 ユキトはそう言うと、腰にさしていたサーベルをブライトにさしだした。訓練初日に借りた物で、それ以降、ずっと持ち歩いていたのだ。


「あ、私も」


 と、アリスもサーベルをブライトに渡す。


「ああ、そうだったな。それで、新しい武器は取りにいくのか?」


 ブライトが、二人から武器を受け取りながらたずねる。


「あー……どうだろ? アリス、何か聞いてる?」


 首をひねるユキトは、アリスなら何か知っているだろうとたずねた。


 だが、アリスもユキト同様、武器の受け渡しに関して何も知らない。


「ジェイクさんとも合流しなきゃだし、一回、デイビッドさんのとこにいってみようよ」


 沈黙がこの場を支配しようとする中、ララがそう提案した。


 たしかに、このままここで考えていてもらちが明かない。そう思ったユキトとアリスはうなずいた。


「それじゃあ、団長。いってきます!」


「ああ。生きて帰ってこいよ」


 ブライトの言葉を背中で聞くと、ユキト、アリス、ララ、ジルヴァーナの四人は取調室をあとにした。


 すれ違う騎士たちにも見送られ、一行はラクトア城をでる。その瞬間、城門前にジェイクが姿を現した。空間転移の魔法で鍛冶場から飛んできたのだろう、その手には二振りの剣が握られていた。


「あ、ジェイクさんだ! さすが、ナイスタイミングだぜ!」


 ジェイクを見つけたユキトは、そう言って彼女に駆け寄った。他の三人も彼について駆けていく。


「みんな、待たせたね。ユキト、アリスちゃん、これ」


 ジェイクはそう言って、新しい剣をユキトに、新しい短剣をアリスに手渡した。


「ありがとう! うわ、すっげーかっこいい!」


 剣を受け取ったユキトは、その装丁に感嘆の声をあげる。


 ユキト専用の新しい剣は、濃い褐色のさやに納められていて、それなりの長さがある。サーベルよりも少し重いが、扱えないほどではない。


 つかに巻かれている真新しいコルク色の組糸が、鞘の色合いと相まって落ち着いた印象を与える。柄の先端にある赤い宝石がはめ込まれた銀色の丸い装飾と、鷲をかたどった銀色の大きめのつばが特徴的だった。


 ユキトは、さっそくそれを腰に装備し、引き抜いてみる。真っ直ぐな両刃の剣は、日の光を浴びて艷やかに輝いていた。


「きれい……」


 それを見たアリスが、思わず感嘆の声をもらす。


「へへっ。なんかテンションあがるぜ! アリスのは、どんなやつなんだ?」


 と、ユキトが剣を納めながらアリスにたずねた。


「あ……えっと、こんなの」


 アリスはそう言って、受け取った短剣を見せた。


 純白の鞘に納められているそれは、サーベルよりも軽く扱いやすい印象を受ける。ピンクゴールドの蝶のレリーフが、鞘と同じ純白の柄に刻印されている。ユキトの剣と同様、鍔の色は銀色だが、デザインはとてもシンプルだった。


「へえ、こっちもきれいじゃん。アリスにぴったりだ」


 普段からシンプルなデザインのものを持ち歩いているアリスに似合うと、ユキトが素直に告げる。


「あ……ありがと」


 ユキトからの素直な賛辞に面食らったアリスは、それだけ言うと短剣を腰に装備した。赤らめた顔を彼に見られないように、必要以上にうつむいている。


 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたララは、スッと真面目な表情になりジェイクに向き直る。


「ジェイクさん、折り入ってお願いしたいことがあるんですけど」


「何だい? 改まって」


 きょとんとしたジェイクがたずねると、ララはマターディース城まで空間転移の魔法でいきたいのだと告げた。


「何かと思いきや、そんなことかい。それは、あたしも言おうとしてたことだよ」


 と、ジェイクは快く引き受ける。


「それじゃあ、さっそくいこうぜ!」


 ジェイクとララの会話を何気なく聞いていたユキトがそう言うと、四人はうなずいた。


宵闇よいやみしるべよ、道を示せ。『空の扉バビロン・ゲート』」


 と、ジェイクが静かに呪文を唱える。


 五人の足もとに円形の魔法陣が現れると、彼らの姿は瞬く間に消えた。

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