第43話 ユキトの新技

「お! 光属性か。いい選択だ。じゃあ、ちょっとやってみるか」


 と、なせかブライトの方がわくわくしている様子だった。


 戸惑いながらもうなずくユキトに、ブライトは全力でこいと間合いを取る。


 彼が武器を構えたのを確認すると、ユキトは自身を落ち着かせるように深呼吸をした。ブライトを見据えて、真正面から突っ込んでいく。


 二つの属性を混ぜ合わせることなど今までやってこなかったからなのか、ユキトは不思議な感覚を覚えていた。清々しいような、それでいて体の奥から力が湧いてくるような、そんな感覚。だが、少しも恐怖は感じない。むしろ、どこかホッとするような温かさが、心に広がっていく。


(なんか、いけそうな気がする)


 そう思った瞬間、ユキトの脳裏に言葉が浮かんできた。


「真紅の炎。希望のかけら。星のようにきらめいて暗闇を払え――!」


 浮かんだ呪文を唱えると、サーベルの刃がまとっている炎の威力があがり、きらめきが一気に増した。そのまま、ブライトとの間合いを詰め、サーベルを振りあげる。


「――『聖なる輝きを帯びし炎の剣クレセント・フレイム・バスター』!」


 そう叫んで、ユキトは思い切り振り下ろした。


 深紅の炎が、サーベルの刃とともにブライトに襲いかかる。


「――っ!」


 受け止めきれないと判断したブライトは、瞬時に身をひるがえしてそれを避けた。


 ユキトが放った斬撃は、訓練場の壁に衝突して消えた。大きな音と衝撃が建物を揺らす。隣の区画で訓練していたアリスたち三人も、それに驚いたのか彼の方を見た。


 当のユキトはといえば、斬撃が衝突した壁を見つめて呆然としていた。思った以上の威力がでたのだろう。だが、目には見えない結界が張られているおかげか、壁には傷一つついていない。訓練開始前にブライトが言っていた通り、それは攻撃魔法を吸収するようだ。


「あっぶねえ……。もう少し遅かったら、ひとたまりもなかったぜ」


「あ……団長! 大丈夫ですか!?」


 ブライトに気づいたユキトは、焦ったように言って駆け寄った。


「ああ、何ともねえよ。どうにか、ぎりぎりで避けられたからな。それにしても、すげえ威力だな。ユキト、体力的には平気か?」


「はい。多少は疲れたけど、まだまだやれます」


「そうか。じゃあ、残りの時間で、その技を完璧に仕上げようぜ」


「はい!」


 ユキトとブライトがそんなやり取りをしている中、アリスは小さく息をついた。


「アリスさん? どうかしたの?」


 微かな吐息がララの耳に届いたのか、彼女はアリスにそうたずねる。


「ううん、何でもない。それより、私たちも再開しましょ。あいつになんて、負けてられないんだから!」


 と、アリスはユキトに対抗心を燃やす。

 

「切磋琢磨するのはいいことだ。それじゃあ、二人とも。気合を入れ直したまえ!」


 と、微笑みを浮かべるジルヴァーナは、アリスとララに向き直る。


 二人が同時に返事をすると、訓練は再開された。


  *  *  *  *  *


 この日の夕食は、前日よりも少し遅くなってしまった。三人の訓練が、予定していた時間よりも長引いたからだ。


 ユキトは新技の威力のコントロールに苦心し、そんな彼に触発されたアリスとララももう少しだけと、訓練時間の延長を希望したのだ。最初は渋っていたブライトだったが、ジルヴァーナの後押しもあり、しかたなくといった風で許可したのである。


 そのおかげでブライトは、食堂を預かる料理長から小言を言われてしまった。近いうちに、ショアラという品種の羊の乳で作られる、上質なチーズを買ってくるということで、どうにか許してもらったが。


「それにしても、昼間のユキトのあの技、すごかったよね」


 食事を堪能しながら、アリスが訓練の様子を振り返った。


「うんうん。あの衝撃で、建物が揺れたもんね」


 と、ララ。昼間のことを思い出したのか、彼女も興奮気味に同意する。


「あれは、君のオリジナルなのかな?」


 興味深そうにジルヴァーナがたずねると、ユキトは照れくさそうにうなずいた。


「団長にアドバイスもらって、自分なりにイメージしてできたものなんです」


 まだ完璧ではないから、威力は安定しないけれどと、小さく肩をすくめる。


「でも、飲み込みは早いし、センスもある。もしかしたら、すぐにクロトを超えちまうかもな」


 冗談めかして言うブライトに、ユキトとアリスは驚きの声をあげる。


 ユキトの兄であるクロトの強さは、ラクトア騎士団の中でもトップクラスだ。エースと言っても過言ではない。そんな彼をすぐにでも超えてしまうかもしれないと、団を率いる者に言われたら、驚かずにはいられない。


「でも、俺まだ……」


 動揺するユキトに、


「まあ、未熟な部分がまだまだあるから、クロトに並ぶのも一苦労だろうけどな」


 と、ブライトはいたずらっ子のような笑顔を向ける。


「それは、将来が楽しみだな。君とは一度、本気で手合わせ願いたいものだ」


 ジルヴァーナは、本気とも冗談ともつかない口調でそう告げた。彼のマリンブルーの瞳に、微かに好戦的な光が見えたが、気のせいだろう。


 談笑をしながらの食事は、あっという間にすぎ、五人は各自の部屋へと戻っていった。


 翌日も、五人は朝食を済ませると、食休みもそこそこに訓練場へと向かう。


 ブライトは、さっそく始めようとする四人を呼び止めて、


「新しい武器が、明日届く予定だ。よって、訓練は、今日で最終日とする。全員、悔いのないように全力で励むこと」


 と、団長らしく告げた。


 この一言で、ユキトは気を引き締める。アリスとララも、真剣な表情をしていた。


 解散の号令が出ると、ジルヴァーナ組の三人は、訓練場の奥へと向かう。ユキトは、その場でサーベルを抜いて構えた。聖なる輝きを帯びし炎の剣クレセント・フレイム・バスターを完成させるための最終調整をするためだ。


 アリスとララは、ジルヴァーナとの実戦形式での訓練で、魔法を交えた連携技に磨きをかける。


 その日の夕食も、予定時刻をすぎていた。食堂にはユキトたち五人しかおらず、厨房には料理長だけが残っている。


 遅い時間ということもあり、料理長が胃腸にいいものをと考えてくれたのだろう、夕食はウルゥと野菜のスープだった。ウルゥは翼の生えた牛で、その肉は美味しい食材として有名である。調理法としては、ステーキや焼き肉などが一般的だが、スープに入れてもその旨味が損なわれることはなかった。


 温かいスープに、五人はとろけそうな表情を浮かべ、小さく息をつく。その優しい味わいは、空腹を訴えていた胃をなだめ、全身へと染み渡っていく。具だくさんのため、これだけでも充分、腹を満たせるくらいのボリュームがある。


 ホッとするような至福の時間を堪能すると、五人は自室へと戻って眠りについた。


 翌朝、ユキトはいつもより早く目が覚めた。窓の外を見ると、空には朝焼けがさしている。


(いよいよ、か……)


 クーレルとの再戦を思うと、全身がこわばった。瞬時に、紫黒しこく色の豹が自身に向かってくる記憶が鮮明によみがえる。その恐怖に、固く目を閉じてぶんぶんと頭を振った。映像は消えたが、恐怖心が居座り続ける。


 それに追い立てられるように、ユキトは身支度を整えると食堂へと向かった。誰でもいいから、誰かに会いたかった。


 食堂には誰もおらず、厨房から聞こえる仕込みの音が響いていた。


「おはよう、ユキト。今日は、ずいぶん早いんだな」


 カウンター席の奥から、料理長が顔をのぞかせて言った。


 食堂と厨房は、柱とカウンター席で区切られているだけで壁がない。そのため、朝早くにくると、料理人たちが仕込みをしているのを見ることができるのだ。


「料理長さん、おはようございます。なんか、目が覚めちゃって」


 苦笑しながら、ユキトはカウンター席に腰かける。


「新しい武器ができあがるのが、楽しみすぎてか?」


 と、からかうようにたずねる料理長。


「えへへ、バレました?」


 本音を押し隠してはにかむユキトに、料理長はバレバレだと告げた。


「でも、自分専用の新しい武器とあっちゃ、誰でもテンションあがるだろ」


「ですよね!」


 同意した次の瞬間、ユキトは表情を曇らせて黙り込んだ。


「どうした?」


 ユキトが急におとなしくなったことを疑問に思ったのだろう、料理長は作業している手を止めて声をかけた。


「あ、いや……新しい武器はうれしいけど、あいつとまた戦うって考えたら、急に怖くなっちゃって……。俺、あいつに勝てるのかなって。一回、殺されかけてるのに」


 そう本音を口にするユキト。手の震えを抑えるように、力強く握りしめる。


「そうか。ちょっと待ってな」


 料理長はそう言うと、ユキトの返事も待たずに厨房の奥へと向かった。


 しばらくして、彼はマグカップを手に戻ってきた。


「ほらよ」


 と、ユキトの前に置く。マグカップには、ほかほかと湯気を立てる色合いの濃いミルクティーが入っていた。


「え、これ……?」


「シナモン入りのミルクティーだ。飲むと少しは落ち着くから、飲んどけ」


 料理長は、そう言って作業を再開する。ユキトが口にしたことについて、何も追及しなかった。


 その優しさが、ユキトにはうれしかった。もし、詳しく話せと言われていたら、説明に困っただろう。


「……いただきます」


 つぶやくと、ユキトはミルクティーを一口飲んだ。ミルクのコクと甘み、紅茶の味わい、シナモンの香りが、ざわざわした心を穏やかにしていく。

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