第42話 超短期訓練

 力任せに剣を振るうユキト。その攻撃を、ブライトは難なくいなしていく。


 連続した攻撃をことごとく弾かれてしまったユキトは、ブライトから距離を取った。舌打ちをして、武器を構え直す。


「ユキト。お前、本当に素直な攻撃するのな」


 呆れているのか、それとも感心しているのか。ブライトは、しみじみとそうユキトに告げた。


わりいかよ!」


 ユキトはムッとして、そう言い返す。


「あー……まあ、戦闘においてはよくねえな」


 そう言うと、ブライトは武器を構える。その瞬間、刃が炎をまとった。


「え……」


 ユキトは、目を見開いて絶句した。それ自体は、炎と風という属性は違えど、ユキト自身も行っていることなので驚くことではない。しかし、ユキトとブライトには、明確な違いがあった。呪文の有無である。


 ユキトがサーベルの刃に風をまとわせる時は、必ず『風よ』と唱えている。だが、ブライトは言葉を発していない。それどころか、武器を構えた瞬間、炎が刃の根もとから噴き出したように見えたのだ。


「何で……? 呪文、唱えてないのに」


 思考が追いつかず、ユキトはそうつぶやくしかない。


「ん? ユキト、こういうこと自体はできるのか?」


 彼の反応を見て、構えを解いたブライトがたずねる。


 ユキトはうなずくと、


「でも俺、呪文唱えないと、発動させられなくて……」


 と、もごもごと言い訳じみたことを言う。


「じゃあ、呪文なしでも発動できるようにするか」


「え!? できるの?」


 驚きと期待に満ちた瞳で、ユキトはブライトを見つめる。


「ああ。集中力と魔法力のコントロールさえ鍛えれば、わりと誰でもできると思うぞ」


 と、ブライトはこともなげに言う。


 その言葉を真に受けたユキトは、赤い瞳を輝かせながら教えを請う。


「じゃあ、まずは……得意な魔法の属性は?」


「えっと……よく使うのは、火と風の魔法です」


 ユキトが答えると、ブライトは意外そうな表情を浮かべた。


「水属性じゃねえのか」


「水は、兄貴が得意なんで……。俺は、どうも苦手なんですよね」


「そうか。火と風は、使う頻度はどっちの方が高いんだ?」


「え、どっちだろ? 魔法としてはどっちも使うけど、武器にのせるのは風だったりするし……」


 と、ユキトは首をかしげる。


「じゃあ、どっちが得意か試してみるか」


 ブライトはそう言うと、再び武器を構えた。だが、刃に魔法をまとわせてはいない。


 ユキトが戸惑っていると、火と風の魔法をそれぞれ武器にのせて攻撃してこいと、ブライトが告げる。


 それで自分がどちらの属性の方が得意なのかを知ることができるのならと、ユキトはうなずいて武器を構えた。


「風よ……」


 と、まずは風を刃にまとわせる。


 キッとブライトを睨むと、ユキトは真正面から駆けていく。大きく振り上げたサーベルを思い切り振り下ろした。


 ブライトは、それを武器で受け止める。


「……なるほど。次、火属性だ」


 そう言って、ブライトはユキトを武器ごと弾いた。


 体勢を素早く立て直したユキトは、


「炎よ……」


 と、炎を刃にまとわせた。


 先ほどと同じようにブライトに斬りかかり、先ほどと同じように受け止められた。


「――っ! なるほど、な!」


 言い放ち、ブライトはユキトを弾き飛ばした。


 後退して体勢を立て直すユキト。初めて刃に炎をまとわせたからか、肩で息をしている。


「それで……どうでした?」


 呼吸を整えてから、ユキトがたずねる。


「お前の攻撃、火属性をのせた方が威力あるわ。受け止めた時の衝撃が、段違いだったぜ」


 驚きとうれしさが入り混じった笑顔で、ブライトが告げる。


 どうやら、即戦力になり得るほどの威力だったようだ。


「それじゃあ……」


「ユキトは、火属性を伸ばした方がいいな。とりあえず、今日のところは、魔法力のコントロール中心に鍛えていくか」


「はい!」


 と、ユキトは威勢よく返事をする。


「よし! それじゃあ、呪文なしで力をのせる訓練からな」


 ブライトが告げると、ユキトは素直に訓練を受けていった。


  *  *  *  *  *


 時は少しさかのぼり、ユキトとブライトが実戦形式で訓練を開始した直後のこと。アリス、ララ、ジルヴァーナの三人は、訓練場の奥へと移動していた。


「さて、君たち。こういった訓練は初めてかな?」


 ジルヴァーナが優しくたずねると、アリスとララは同時にうなずいた。


「そうか。私も、訓練は久しくやってないのでね。互いの実力を知るためにも、手合わせ願えないだろうか?」


 いかにも紳士然とした物言いに、二人はもちろんと即答する。


 ジルヴァーナは、一国の主でありながら武芸の才にも秀でていて、武将としても名を馳せている。そんな彼直々に訓練を見てもらえるのは、二人にとって願ったり叶ったりだった。


 いつでもかかってこいと言わんばかりの表情を浮かべるジルヴァーナは、どこから取り出したのだろう槍を手にしている。


 アリスが腰にさしているサーベルを抜くと、ララは魔法で鉤爪を作り出し両手に装着した。透明感のある山吹色のそれは、色合いこそかわいらしいものの、爪の先端部分はとても鋭い。


 二人は顔を見合わせると、小さくうなずき合ってジルヴァーナへと駆けだした。


 途中、アリスは雷の矢サンダー・アローを複数放ち、ジルヴァーナの注意を自分たちから逸らすように仕向けた。その間に、彼との間合いを詰め攻撃をしかける。だが、彼の反応速度は素早く、紙一重のところで避けられてしまう。とはいえ、わずかに視線をわしながら、アリスとララは絶妙なコンビネーションでジルヴァーナに襲いかかっていく。


 そんなぎりぎりの攻防をくり返すこと数回、二人がジルヴァーナから距離を取ったところで、彼がストップをかけた。


「君たちの実力は、だいたいわかった。単純な力での押し合いには弱いが、白兵戦に魔法を組み込むと強さが跳ね上がるね」


 ジルヴァーナの素直な賛辞に、アリスは照れくさそうに礼を言う。


「それにしても、君たちは連携が上手いね。過去にも共闘したことが?」


「いいえ、初めてです。何より、彼女と出会ったのがつい最近のことですから」


 アリスがそう言うと、ララは肯定するようにうなずいた。


「そうなのかい!? それであれだけの連携を……」


 ふむ……と、わずかばかり考え込んだジルヴァーナは、二人に連携技を鍛えようと提案する。個別で鍛えるより、連携技を伸ばした方がよりいいだろうとの判断だ。


 アリスはもちろん、ララとしても申し分なかったため、二人はお願いしますと頭をさげた。


 こうして、ユキト、ブライト組は、午前に魔法力と集中力のコントロールを、午後に模擬戦を行うことになり、アリス、ララ、ジルヴァーナ組は、実戦形式の訓練を行うことになった。


 期限は、新たな武器ができあがるまでの一週間。この間に、どれだけ強くなれるかが勝負だ。そのため、食事と就寝時以外は訓練に当てることにした。


 一日目は、講師陣以外はへとへとになり、食事もろくにのどを通らないまま就寝した。


 翌日からは、スタミナがついてきたのか、それとも何かしらのコツを掴んだのか。三人とも、体力を使い切ることなく乗りきっていく。


 アリスとララは、日ごとに連携に磨きをかけ、ちょっとした技も習得していった。


 そんな中、ユキトは、訓練の合間を縫って、新技を得ようと躍起になっていた。


 ああでもないこうでもないと頭を悩ませながら、ユキトは午後の模擬戦でいろいろと試す。しかし、思ったように発動せず、ブライトに返り討ちにされてしまう。


「おい、ユキト。全然集中できてねえじゃねえか。そんなんじゃ、殺されるぞ。それとも、死にたいのか?」


 五日目の模擬戦中、ユキトの様子が目に余ったのか、ブライトが険しい表情で言った。


「すみません。でも、俺、今のままだとあいつに勝てないから。だから、せめて新技をと思って……」


 と、ユキトはやや早口にそう告げた。


 ブライトは軽く息をつくと、


「そういうことなら早く言えよ、水くせえ。で? どんな技にしたいんだ?」


 そう言って表情を緩める。


「えっと……火属性で、こう剣を振った時に、相手に襲いかかるような感じにしたいんですけど」


 と、ユキトは身振りをまじえて伝えた。


「そうか。なら、剣にのせる魔法の威力は、ある程度高い方がいいな。一回、剣に火属性のせてみ?」


 と、ブライトがユキトをうながす。


 ユキトはうなずくと、剣を構えて両手に力を込めた。意識は刃へと向ける。すると、呪文を唱えずとも、深紅の炎が刃を包んだ。


「威力的には、もう少し強いほうがいい。あと、火属性単体よりは何か――他の属性とか、そういったものを含めた方がいいかもな」


「他の属性……」


 ブライトからのアドバイスにより、ユキトはクーレルが使用していた紫黒しこく色の炎を思い出した。


(たぶん、あれは闇属性だった。なら、反対の属性は光……?)


 何となく思いついた属性を思い浮かべると、ユキトは刃にまとわせた炎に向けて力を込める。しばらくすると、炎に微かなきらめきが加わった。

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