第41話 強くなるために

「ただいま戻りました!」


 ラクトア城に帰還したユキトとアリスは、真っ直ぐ取調室へと向い、白亜の扉を開けた。


 室内にいるブライト、ジルヴァーナ、ララの三人は、突然のユキトの大声にビクリと肩を震わせて入口に顔を向ける。


「ちょっとユキト! 声、大きいって」


 アリスがたしなめると、


「お帰り。テンション、たけえな。で、どうだった?」


 と、ブライトが苦笑しながらたずねる。


 結果がどうだったかは、上機嫌なユキトの表情が物語っている。だが、見習いとはいえ二人とも騎士団員である。上官へ報告する義務があった。


 ユキトとアリスはブライトの前に進むと、デイビッドが武器製造の依頼を受けてくれたこと、彼が期限を一週間と定めたこと、そのためにジェイクが助手として残ったことを告げた。


「そうか、よかった……って、一週間!? 短くねえか?」


 ブライトが驚きの声をあげると、


「俺たちもそう思って、聞いたんです。そうしたら、自分にならできるって自信満々に言ってましたよ」


 と、ユキトが苦笑する。


「さすが匠だな」


 あの帽子屋の師匠なだけはあると、ジルヴァーナが感心したようにつぶやいた。


「それで、ですね……」


 なごやかな空気の中、ユキトがおそるおそる口を開く。


「武器ができあがるまでに強くなりたい、だろ?」


「え!? 何でわかったの!?」


 にやりとするブライトの言葉に、ユキトが驚く。


「そりゃあ、ちょっと考えればたどり着くさ。クーレルに勝つんだろ?」


「もちろんです!」


 ユキトの力強い返答に、ブライトは満足そうにうなずくと、


「今日から一週間、食事と就寝時以外は訓練だ! みっちりしごいてやるから、覚悟しろよ」


 と、半ば脅すように告げた。


 ユキトは輝く笑顔を咲かせると、


「よろしくお願いします!」


 と、頭を下げた。


 ユキトにとって、ブライトは憧れの人だ。兄のクロトに『団長は、強くてかっこよくて人望もある』と聞いてから、自分もそうなりたいと思っていた。けれど、ずっと憧れてきた人に稽古をつけてもらうなんて夢にも思っていなかったのだ、輝くような満面の笑みを浮かべるのも無理もない。


「それじゃあ、ユキトは俺が見るとして。アリスの方は……皇帝陛下、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 ブライトが恐縮しながらたずねると、ジルヴァーナは二つ返事で承諾した。


「そうだ! ララも多少は戦えるんだろ?」


 ユキトが、それまで沈黙を守っていたララに声をかける。


「うん、それなりには。でも、そんなに期待はしないで。自分の身を守れるってだけだから」


 と、ララはやや早口で告げる。


 それが事実なのか、謙遜しているだけなのかはわからないが、自分では戦力にならないと思っているようだ。


「じゃあさ、アリスと一緒に訓練すればいいんじゃね?」


 ユキトの提案に、アリスはもちろん、大人二人もそれがいいと賛同する。


「え! でも……」


 と、尻込みするララに、


「お願い! ララが強くなってくれると、私としても助かるの!」


 アリスが、顔の前で手をあわせて懇願する。


 そう言われてしまえば、ララとしては断れない。苦笑しながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。


「よし! じゃあ、移動するぞ!」


 ブライトの号令で、一行は取調室をあとにする。


 中庭を通り、離れにある一階建ての建物へと移動する。引き戸を開けると、中はがらんとしているが結構な奥行きがある。ちょっとした体育館のような造りだった。


「へえ、城にも体育館があるんだ」


 意外とでも言うように、ユキトがつぶやいた。


 学園生活で見慣れていたとはいえ、まさか城の敷地内にもあるとは思ってもいなかった。


 アリスとララもユキトと同じような感想を抱いたのだろう、興味深そうに周囲を見回している。


「ああ。ここは、騎士の訓練場なんだ。入団試験の模擬戦も、ここでやるんだぜ」


 と、ブライトが説明する。


 入団試験と聞いて、ユキトとアリスは複雑な表情を浮かべた。二人がこの城にいる本来の目的は、ラクトア騎士団の入団試験を受けるためだ。筆記試験を終え、昼食をはさんで模擬戦を行うというタイミングで魔物出現の騒動に巻き込まれた。ユキトの場合は、自分から首を突っ込んだと言った方が正しいが。それによって、騎士見習いになれたのだが、試験当日に一緒に受けていた他の受験者たちに対して多少の罪悪感がある。


 そんな二人の心情を察してか、あるいは単純に疑問に思っただけなのか。


「ここって、ごく普通の建物ですよね? この中で魔法を使っても大丈夫なんですか?」


 と、ララがブライトにたずねた。


「そこは心配ねえよ。鍵をかけたら、結界が張られるしくみになってるから」


 そう言いながら、ブライトは先ほど通ってきた扉に鍵をかけた。


 その直後、ユキトはこの空間が密閉されたような感覚を覚えた。もちろん、見た目にはまったく変わっていない。扉は、一行がこの建物に入った時に閉めたので、この空間自体は密閉されていたはずである。だが、なぜかそれまでわずかにあった空気の流れが、完全に止まったような感じがしたのだ。


 アリスとララも何かを感じたのか、視線を彷徨わせている。動じていないように見えるジルヴァーナも、眉根を寄せて辺りを警戒している。


「そんなに不安がらなくても大丈夫だって。鍵を開けたら、ちゃんと消えるから」


 と、ブライトは苦笑しながら、緊張するユキトたちに告げた。


「ほう? 鍵の開閉で、結界の有無を……。いったい、どういった原理なのかな?」


 警戒を解いたジルヴァーナが、好奇心のままにたずねると、ブライトは困ったような表情を浮かべた。


「どういう原理なのかは、正直、俺にもわからないです。すみません」


「そうか。いや、謝らないでくれ。少し気になっただけなんだ」


 ジルヴァーナがそう言うと、ブライトはもう一度、謝罪を口にした。


「団長、早くやりましょうよ」


 と、待ち切れない様子のユキト。


 無邪気にはしゃぐ彼に、ブライトは苦笑する。


「待てって。今、準備するから」


 そう言って、扉の隣に設置されているスイッチを押した。


 だが、見た目には何も変わっていない。


「今のは?」


 ジルヴァーナがたずねると、


「空間を二つにわけたんですよ。真ん中から奥と手前でね」


 と、ブライトは手ぶりを交えて説明する。


 どうやら、先ほどのスイッチで、室内の真ん中に透明な結界の壁が張られたようだ。結界とは言うものの、人の行き来はできるという。ブライト曰く、攻撃魔法だけを吸収する画期的な結界だそうだ。


「へえ、そんなのがあるんですね。でも、それって誰にでも使えるんですか?」


 アリスの疑問に、ブライトは詳しくは知らないけれどと前置きしたうえで、誰もが使えるものではないと答えた。


「他に質問がなければ、俺とユキトはこっち側。皇帝陛下、アリス、ララさんは向こう側で訓練ということで。よろしいですね?」


 ブライトの問いかけに、一同はうなずいた。


「それじゃあ、始めようぜ!」


 ユキトの言葉を合図に、それぞれ移動していく。


 何かを思い出したのか、ブライトはユキトに少し待つように告げると入口近くの扉を開けた。


 中は小さな倉庫になっていて、武器がずらりと並んでいる。その中の一つを手にすると、ブライトはユキトのもとへと戻ってきた。


「武器がないと困るだろ?」


 と、ユキトに手渡す。


 それは、一本のサーベルだった。ずいぶんと古いものだが、手入れはされているようだ。訓練をする分には充分だった。


「ありがとうございます!」


 ユキトはそれを受け取ると、数回ほど振って感触を確かめる。重さや手に馴染む感覚が折れたサーベルとほぼ同じだった。自然と笑みがこぼれる。


「ユキト。これから訓練を始めるが、実戦形式でいくからな。授業形式よりいいだろ」


 そう言って、ブライトは腰に差している軍刀を抜いた。ユキトが手にしているそれと同じものだが、手入れが行き届いているため、鋭さは抜群だ。


「そいつはありがたいぜ。お願いします、団長」


 ブライトの心遣いに感謝すると、ユキトは好戦的な表情で武器を構える。


 対照的に、ブライトは無表情のまま武器を構えた。そのターコイズ色の瞳には、先ほどはなかった剣呑な光が宿っている。


「俺を殺す気でこい」


 そう静かに告げるブライトの言葉に、ユキトは耳を疑った。


「え……? いや、でもそんな……」


 憧れの人に言われて動揺していると、


「本気をだせってこった。じゃねえと、俺がお前を殺すぜ」


 と、ブライトはユキトに殺意を向ける。


 純粋な殺意にユキトは息を飲むが、それも一瞬のことで。気を引き締めると、ユキトは真正面からブライトに斬りかかった。

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