第40話 鍛冶師
「予備の武器って、あったりするんですか?」
アリスが当然の疑問を口にすると、
「あるにはあるけど、出発前に渡したものと同じものだからな。強度は、あんまり期待できねえぞ」
と、ブライトが難しい顔で告げる。
「じゃあ、誰かに作ってもらえばいいんじゃねえの?」
ユキトのもっともな意見に、
「この街には、デイビッド・ゴードンっていう腕のいい鍛冶屋さんがいますからね。それもいいんじゃないですか?」
と、ララが賛同した。
「さすが情報屋だね。まさか、あの人の名前がでてくるなんて」
と、ジェイクが感心したように言った。
「ジェイクさん、その人知ってるの?」
ユキトがきょとんとした表情でたずねると、
「ああ。デイビッド・ゴードンは、あたしの師匠さ」
作っているものは違うけれどと、ジェイクが告げた。
「それは本当ですか!?」
ブライトが驚きの声をあげると、ジェイクはうなずいた。
デイビッド・ゴードンといえば、この街一の鍛冶職人である。彼が作る刀剣は、包丁などの普段使いができるものから武器として扱えるものまで多岐にわたる。そのすべてが、どれも最高傑作でちょっとやそっとでは折れないと評判が高い。
そんな匠の弟子が、まさか目の前にいるなんてと驚くのも無理はない。デイビッドは、めったに弟子を取らないことでも有名なのだ。
「口下手で気難しいとこはあるけど、基本的には真面目な人だからね。誠実に頼めば、作ってくれるはずさ」
「じゃあ、さっそくその人のとこにいこうぜ!」
はやる気持ちを抑えられないというように、ユキトがはしゃぐ。
「まったく、落ち着きがねえな。それじゃあ、ユキト、アリス、ジェイクさんの三人で、その鍛冶師のところへお願いします。皇帝陛下とララさんには、クーレルの情報をもう少し詳しく教えていただきたい。よろしいですか?」
ブライトは苦笑すると、その場にいる全員にそう確認するように告げる。
ユキトたちはほぼ同時にうなずくと、鍛冶師訪問組と居残り組にわかれた。
* * * * *
ラクトア城をあとにしたユキト、アリス、ジェイクの三人は、ラクトールの東側の街を歩いていた。商店街から少し離れたところに、デイビッドの鍛冶場があるのだ。
商店街から聞こえる
しばらく歩いていると、古めかしい煙突から白い煙を吐き出している民家が見えてきた。
「ジェイクさん。もしかして、あの家ですか?」
アリスがたずねると、ジェイクが笑みを浮かべてうなずいた。
昔ながらの石造りの家は、二階建てでどこか重厚感がある。少し冷たい印象もあり、近寄りがたい雰囲気があった。
そんな家の敷地内に入ったジェイクは、ユキトとアリスを引き連れて玄関ではなく、家の裏手側へと向かう。
「ジェイクさん。玄関、こっちじゃねえの?」
ユキトが声をかけるが、
「あの人はいつも、奥にいるんだよ」
そう言って、ジェイクはずんずんと奥へ進んでいく。
顔を見合わせるユキトとアリスは、不思議に思いながらも彼女のあとをついていった。
しばらく歩くと、母屋と同じ石造りの小屋があった。それには煙突がついていて、絶え間なく白い煙を吐き出している。おそらく、先ほど通りから見えた煙突だろう。
「師匠? ……師匠! いるんだろ?」
小屋に着くと、扉をノックしながらジェイクがそう大声をあげる。
返事はないが、小屋の中から甲高い音が断続的に聞こえる。どうやら、刀剣作成の真っ最中のようだ。
扉を開けて一歩中に入ったジェイクは、うしろにいる二人に静かにするようにとジェスチャーを送る。
きょとんとしながらもうなずいたユキトとアリスは、そっと中の様子をうかがった。小屋の中には、数多くの工具や何かの機械、炭などが整然と置かれている。奥には火が焚かれている炉があり、その手前で一人の男が作業をしていた。彼は熊の獣人なのだろう、時折、黒っぽい髪から丸い耳が顔をのぞかせている。
張りつめた空気の中、ユキトとアリスは彼の行動を興味深そうにながめ、ジェイクは入口の柱によりかかっていた。
しばらくして、作業を終えた男――デイビッド・ゴードンは、ようやく客人の来訪に気がついた。
「ジェイクか、久しぶりだな。何か用か?」
「ちょっと、この子たちに武器を作ってやってほしくてね」
と、ジェイクはユキトとアリスを小屋の中に引き入れ紹介した。
「騎士見習い? だったら、武器は支給されるんじゃねえのか?」
「それが……」
ユキトは少し言いにくそうに、敵対する人物との戦いで、支給されたサーベルが折れてしまったことを話した。
「それで、折れない剣を作ってほしいって?」
眉をひそめて問うデイビッド。もともと
ユキトとアリスはわずかに怯むも、彼を正面から見据えて大きくうなずいた。
「そりゃあ、無理な相談だ。どんな使い方したのか知らねえが、折れない剣なんざねえよ」
他をあたれと、デイビッドは冷たく突っぱねる。
「そんな……! 腕がいい鍛冶師って聞いたからきたのに……」
落胆したようにアリスがつぶやくと、ジェイクはデイビッドのもとへと大股で歩いていった。
「折れない剣なんてないことぐらい、わかってるさ。でも、師匠が作る刀剣が折れにくいことも知ってる。だからこそ、この子たちに作ってやってほしいのさ。あいつを倒すには、あんたの剣じゃなきゃだめなんだよ!」
必死に言葉を紡ぐジェイクに、デイビッドは小さく息をついた。
「かなりの訳ありらしいな。相手はどんな奴だ?」
険しい表情でたずねるデイビッドに、ジェイクはたった一言、世界を壊そうとしている男だとだけ告げた。
その後、彼女とデイビッドは無言のまま見つめ合う。静寂が辺りを包み、ピンと張りつめた空気に呼吸をするのも忘れそうになる。
しばらくして、デイビッドは大きくため息をついて、ジェイクから視線をはずした。
「しかたねえ、受けてやるよ。おい、坊主に嬢ちゃん。あんたらの得意な魔法、教えてくんねえか?」
そうデイビッドに言われ、ユキトとアリスは戸惑いながらもよく使う魔法を答えた。
「そうか。それじゃあ、あんたらに合う武器、作ってやるよ。期間は、そうだな一ヶ月……いや、一週間で仕上げてやる」
と、デイビッドが断言した。
その言葉に、ユキトとアリスだけでなく、ジェイクも驚きの声をあげた。
「一週間って……うれしいけど、できるもんなの?」
ユキトがたずねると、デイビッドは得意顔で自分にならできると告げた。
ユキトとアリスは顔を見合わせると、
「よろしくお願いします!」
声高に言って深々と頭を下げた。
「ああ、任せとけ! よし、さっそくやるか!」
気合を入れ直すと、デイビッドは壁に備えつけてある棚へと向かった。そこには、刀剣の素材だろう深く渋い鋼色の塊が多数ある。それらを手に取りながら思案する彼は、何を思ったのか振り返った。
「おい、ジェイク。何してるんだ? お前も手伝え」
と、ぶっきらぼうに告げる。
「はいよ、師匠! そういうわけだから、団長さんにはうまく言っておいてくれないかい?」
ユキトたちにそう告げるジェイクの表情は、どこか晴れやかだった。久しぶりに、師匠と共作できるのがうれしいのだろう。
ユキトはわかったとうなずくと、アリスとともにその場をあとにした。
「それにしても、すんなり受けてもらえてよかったね」
歩きながら、アリスがホッとした表情で告げた。
「そうだな。気難しいって言ってたから、説得するのにもっと時間かかるんじゃねえかと思ってたぜ」
と、ユキトも笑みをこぼす。
「でも、一週間で本当に作れるのかな?」
アリスのもっともな疑問に、ユキトも首をかしげる。
「さあな。でも、デイビッドさんができるって言ってたんだから、大丈夫だろ。その間に特訓して、強くなろうぜ」
ユキトがそう提案すると、アリスはもちろんと大きくうなずいた。
そうと決まればと、二人は城への道を急ぐのだった。
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