第39話 報告

「えっと……クーレルを見つけることはできたんだけど、一悶着ひともんちゃくあってさ」


 と、ユキトが苦し紛れに説明する。


 その瞬間、ララの表情がわずかに曇った。


「どうかしたの?」


 ささいな変化に気がついたアリスが、小首をかしげてたずねた。


「――っ! あ、いえ、何でもないです!」


 慌てて否定する様は、何かあると白状しているようなものだった。


「何でもないって顔には見えねえけど?」


 ユキトも気になって問いかける。


 だが、ララは何でもないとくり返すだけだ。


「本当は、何かあるんじゃね? 言っちまった方が楽になるぜ?」


 と、ユキトは優しく甘い言葉を口にする。


 視線を彷徨わせて押し黙るララ。今にも泣きだしそうなほど怯えている。


 そんな彼女に目線をあわせたユキトは、


「そんなに怯えないでくれよ。ただ、ララが心配なだけなんだ。クーレルの情報を教えてくれた時と、同じような顔してたから」


 だから、何か気になることがあるのなら言ってほしいと真摯に告げた。


 しばしの沈黙のあと、ララは謝罪を口にして深々と頭をさげた。いきなりのことに、ユキトたち四人は困惑する。


「頭をあげておくれ、ララ。いったいどういうことなんだい?」


 ジェイクがたずねると、頭をあげたララはうつむき加減のまま口を開いた。


「実は、うち……あなたたちの情報をクーレルに提供したことがあるんです。ノルアーナの街中でお会いした時に、クーレルがユノカーラ国にいたって話したのは覚えてますか?」


 それは、ユキト一行が、まだクーレルを探していた時のことだ。ユキトはもちろん、アリスもジェイクも覚えているとうなずいた。だが、まだそこまで日にちが経っていないにもかかわらず、ずいぶん遠い過去のような気がしてくる。


「あの日、あなたたちに会う前に、クーレルたちに接触したんです」


「あ! だからあいつ、あんなこと言ってたのか!」


 と、ユキトは何かを思い出したように声をあげる。


「どういうこと?」


 と、アリスがきょとんとしてたずねると、ジェイクとジルヴァーナもユキトに視線を向けた。


「あいつ、俺たちをひと目見て、『そうか。お前たちが、ラクトア王国からの追手か』って言ったんだぜ」


 初対面なのにと、ユキトが告げる。


 アリスとジェイクはその台詞が聞こえていなかったのか、顔を見あわせた。


「そうか。君は獣人だから、感覚が優れているんだな」


 と、感心したように言うジルヴァーナ。ユキト一行よりもクーレルに近い位置にいた彼は、クーレルのつぶやきを聞き逃してはいなかった。


 たしかにそうつぶやいていたとジルヴァーナが証言すると、


「その情報源が、うちなんです」


 と、ララが気落ちした声で告げた。


「なるほどな。でも、謝ることなくねえ? ララは、どっちの肩も持たずに情報屋としての仕事したんだから」


 別段、怒ることではないと、ユキトがにこやかに告げた。


「え、でも……」


 ララとしては、それでは納得できないのだろう。困惑した表情を浮かべている。


「じゃあさ、ララの気が済むまで私たちを手伝うってのはどう?」


 アリスが提案すると、ララは驚きの声をあげた。


「もちろん、報酬はちゃんと払うよ」


「でも、それじゃあ仕事になっちゃうんじゃ……」


「それもそうね。なら、私たちから貴女への依頼ってことで。どうかな?」


 と、アリスが身を乗り出してたずねる。


 圧倒されながらも、思案するララ。だが、それもわずかな時間だった。


「その依頼、お受けします。戦力的には心もとないかもですけど、よろしくお願いしますね」


 と、ララは愛らしい笑みを浮かべて言った。


「ああ、こちらこそだぜ!」


 そう言うと、ユキトは四人をうながしてラクトア城へと歩きだした。


 街中には、警備の騎士がいつもより多く配備されていた。ぱっと見たところ、混乱は起きていない。とはいえ、女王エルザの加護がなくなった今、争いごとがどこで起きても不思議ではない状態だった。


 見知った顔の騎士も何人かいたので、ユキトはすれ違うたびにあいさつをかわす。


 商店街を無事に抜けてしばらく歩くと、ラクトア城の城門が見えてきた。


 城門は簡素な造りで、門兵はおらず鍵も開いている。


「ちょっと待ちたまえ! この状況は、明らかにおかしいのではないか?」


 ジルヴァーナが、少し緊張しているような面持ちで問う。だが、四人は、何がおかしいのかわからないとでも言いたげな表情で彼を見た。


「門兵もいないし、鍵も開いているんだ。何かあったのではないか?」


 やや早口にそう告げるジルヴァーナ。


「ああ、これ? 大丈夫だよ。いつものことだから」


 心配する必要はないと、ユキトは笑顔で答え、門をくぐった。


 彼に続き、当然のように城門をくぐる女性陣の姿を見て、ジルヴァーナは戸惑いを隠せない。


「ジルヴァーナ様、何してるんだい? 置いてくよ」


 数歩先にいるジェイクにそう言われて、ジルヴァーナは困惑しながらも彼らのあとについていった。


 城内へ入ると、救護班の騎士に鉢合わせた。ユキトの顔見知りの騎士である。


「あれ? おとーと君じゃん。こんなに引き連れてどうしたの?」


「あー、えっと……ちょっと訳ありでさ。ブライトさん――じゃなかった、団長いる?」


 ユキトがたずねると、救護班の騎士は笑いながら、


「ブライトさん呼びでも、怒られることはないぜ。呼んでくるから、取調室で待ってな」


 と、その場をあとにした。


 彼の姿を見送ると、ユキト一行は取調室へと向かった。


「ユキト、取調室って何なんだい?」


 道中、ジェイクが訝しげにたずねた。


「いわゆる説教部屋だよ。誰も近寄らないから、内密な話にうってつけってわけ」


 そう説明するユキト。つい先日、自身がここで叱られたことなど、つゆとも覚えていないかのような口ぶりだった。


 そんなユキトの態度に、アリスは思わず吹きだしてしまった。


「何だよ? 説明しただけだろ?」


 ユキトが抗議すると、


「何でもなーい」


 と言いながら、アリスはまだ笑い続けている。


 談笑しながら階段をのぼり、白亜の廊下を歩いていくと、突き当たりの右側に扉があった。ここが、取調室である。


 窓のないシンプルな扉を開けると、室内は暗いままだった。明かりをつけて中に入る。ブライトは、まだきていないようだ。


 取調室は、約四畳半ほどの小さな部屋だ。窓は一つもないので、明かりをつけないと真っ暗になってしまう。規律に反した騎士を叱るための部屋なので、あえて外界から隔絶するような造りになっているのだ。


 一行は、室内の中央にあるシンプルなテーブルを取り囲むようにして待つことにした。ここには二脚しかいすがないため、全員が座ることはできない。


 この中で身分の高いジルヴァーナにいすを勧めたのだが、気を使わなくていいと断られてしまった。


 和気あいあいとそんな話をしていると、この部屋唯一の扉が開いた。


 遅れて申し訳ないとやってきたブライト。ラクトア王国騎士団の団長で、ユキトとアリスにクーレルの捜索を命じたのも彼だった。


「遅いですよ、ブライトさん! あれ? 兄貴は――?」


 ユキトが声をかけるとブライトは、


「クロトには、俺の代わりに指揮をとってもらってるよ。それで、クーレル・アルハイドは見つかったのか?」


「見つかりました。ただ……」


 と、言い淀んだユキト。


 しっかりしてというように、アリスに脇腹を小突かれる。


 小さく息をついたユキトは、意を決してクーレルが人間の女と獣人の男を引き連れていること、マターディース城で戦闘をするも負けてしまったこと、その時にユキトが持っていたサーベルが折れてしまったことを話した。


「そっか。折れちまったのは、しかたがねえよ。そんなことより、お前たちが生きてここにいることの方が大切だ」


 と、ブライトは優しく告げる。


 そう言ってもらえたことに、ユキトもアリスも胸をなでおろしたようで、ほっとした表情を浮かべる。


「それで、このお三方は? って、ちょっと待て! どうして皇帝陛下がいらっしゃるんだ!?」


 今頃気がついたのか、ジルヴァーナの姿を見てブライトが驚きの声をあげた。


「ああ、うん。成り行きでさ」


 と、あっけらかんと言うユキト。ジェイク、ララ、ジルヴァーナの紹介をしつつ、戦闘面でも頼りにできることを告げた。


「というわけなんで、団長。もう一度、俺たちにチャンスをください。次こそは、必ずクーレルに勝ちます!」


 お願いしますと、ユキトは深々と頭をさげる。アリスたちも彼に続いた。


「おいおい、頭をあげてくれ。誰も、この件からお前たちをはずすなんて考えてねえよ」


「え? じゃあ……」


「ただし! 今以上に強くなることが条件だ」


 これだけは譲れないと、ブライトはそろそろと頭をあげるユキトの言葉をさえぎって断言した。


「それはもちろん! 今のままじゃあ、返り討ちにあうのはわかってる」


 強くなりたいと、ユキトは真剣なまなざしでブライトを見た。もちろん、アリスも同様だ。


「じゃあ、さっそく特訓だな。皇帝陛下、申し訳ありませんが、お力をお貸しいただけませんでしょうか?」


 図々しいのは承知のうえでブライトが頼むと、ジルヴァーナは願ってもないと二つ返事で承諾した。


「ちょっといいかい? 団長さん」


 と、言いにくそうに声をかけるジェイク。その場にいる全員の視線が彼女へと向けられる。


「武器、新調しないといけないんじゃないかい?」


 ジェイクがそうたずねると、ブライトはハッとした表情を浮かべる。どうやら武器の存在を忘れていたようだ。

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