第35話 実力の差

 面白くなってきたとでも言いたそうに、獰猛どうもうな笑みでユキト一行を見つめる黒髪の男。その深緑と金色の瞳は、それ自体が鋭い凶器だと思えるような凄みがあった。


「クーレル・アルハイドは、あんたか?」


 相手の覇気に気圧されないように、ユキトは男を睨みつけてそう問いかける。


「エルザ女王は元気か?」


 男は鼻で笑うと、それを肯定するように挑発的にたずねた。


「こいつ……!」


 と、アリスが腰のサーベルを抜いた。


 今にも飛びかかりそうになる彼女を、ジェイクが引き止める。正面からしかけたとしても、単独では返り討ちにあうのが目に見えていた。すきがあるように見えて、その実、クーレルにはまったくすきがないのである。


「その様子だと、あれをどうにかできたわけじゃなさそうだな。俺を捕らえて、解いてもらおうって腹か」


 と、クーレルはあざ笑う。


「だったら、どうだってんだよ」


 できるだけ冷静にと思っていても、ユキトはけんか腰で受け答えをしてしまう。どうにも、クーレルの態度が鼻につく。


「なめられたものだ。こんな子どもを差し向けられるとは」


 言葉とは裏腹に、クーレルの表情は先ほどからまったく変わらない。どうやら、獲物が増えたとでも思っているようだ。


 ユキトは、奥歯が削れそうなほど歯噛みするとサーベルを抜いて構えた。


「あんた、この世界に復讐したいんだって?」


 怒りに沸騰しそうな気持ちを抑えながら、カミーラから聞き出した情報を口にする。


「ああ。でも、世界に復讐するのは、あいつを血祭りにあげてからだけどな」


 こともなげに言うクーレルは、手にしている刀で負傷している龍人をさし示した。


 指名された本人は、小さく悲鳴をあげて怯えている。


「何でだよ!? あの人は関係ないんじゃ――」


「元凶なんだよ! あいつのせいで、俺と母さんは世間に迫害されてきたんだ! だから、思う存分痛めつけてから殺してやるのさ」


 そう告げるクーレルの瞳は、殺意で彩られている。


「だからって、ここでらなくてもいいんじゃないかい?」


 と、ジェイクが警戒しながらたずねる。


「ここじゃねえと意味ねえんだよ」


 クーレルとユキトの会話を聞いていた狼獣人の男が、静かに告げた。


「あ、俺はアルフレッドってんだ。よろしくな」


 まるで、友人のように接する彼の態度に、ユキト一行は困惑せざるを得ない。だが、彼は、紛れもなく世界にあだをなす存在――ユキトたちの敵なのである。


「ここじゃないと意味がないって、どういうことよ!」


 食ってかかるように、アリスが問う。


「世界に復讐したいのは、クーレルだけじゃねえってこと。ま、俺の場合、そこにいる皇帝陛下さえぶっ殺せれば、あとはどうだっていいんだけどな」


 アルフレッドはそう言って、ユキトたちとは反対方向にいる人物をあごで示した。


 視線を向けると、ジルヴァーナが先ほどから鋭いまなざしで槍を構えている。


「そいつは穏やかじゃないね。ジルヴァーナ様は、あたしのお得意様なんだ。勝手に間引かれちゃ困るんだよ」


 と、ジェイクがアルフレッドに照準をあわせる。


「そう言われてもな……。はいそうですかって、かんたんに退くわけにはいかねえんだわ」


 だから諦めてほしいと、アルフレッドは言外に告げる。


「そうかよ。でも、わりいけど、従うつもりはねえよ。あんたらの復讐は、俺たちが止めてやる!」


 ユキトがそう宣言すると、クーレルは高らかに笑って、


「やってみろ。できるものならな!」


 と、盛大に煽った。


 それを合図に、ユキトたちは一斉に駆けだした。ユキトはクーレルに、アリスはカミーラに、ジェイクはアルフレッドにそれぞれ攻撃をくりだす。


 真正面から斬りかかったユキトだが、その攻撃はたやすく避けられてしまった。


 舌打ちをすると、


「そんな大振りな攻撃、避けてくれって言ってるようなもんだぜ」


 と、クーレルがあざ笑う。


「うっせえ!」


 吠えると同時に、ユキトはクーレルへと躍りかかった。


 クーレルは、愛用の刀でユキトの剣を受け止める。耳障りな音が響くが、ユキトは構わず剣に力を乗せた。


 眉間にしわを寄せ牙をむくユキトに対し、クーレルは涼しい顔で薄ら笑いすら浮かべている。


 両者の力は拮抗しているのか、それともクーレルが手加減しているのか。しばらくの間、つばぜり合いが続いた。


 そうしてから、どのくらい経ったのか。いい加減、この膠着こうちゃく状態を打破したいとユキトが思った時だった。


「やれやれ。こんなんで、俺たちを止めるって息巻いてるのかよ。本当になめられたものだぜ。攻撃ってのはな、こうやるんだよ!」


 言い放ちざま、クーレルは刀に体重を乗せる。


 瞬間、体勢を崩したユキト。そのわずかに生じたすきを、クーレルは見逃さなかった。獰猛な瞳がギラリと光ったかと思うと、数回ほど素早く刀を振るった。


「――っ!?」


 鋭い切っ先が、次々とユキトに襲いかかる。素早い動きを目で追うこともできず、防ぐことも叶わなかった。


 悲鳴をあげるユキトの両腕や腹、太ももにいくつもの傷がつけられる。傷口からは血が流れ、彼の服を染めていく。


 攻撃が止むと、ユキトは肩で息をしながら痛みに耐える。もちろん、クーレルからは視線をはずさない。一瞬でも気が緩むと、文字通り命取りになると理解しているからだ。


 そんなユキトを、クーレルは恍惚の表情で眺めている。


「気が変わった。あいつを殺すのは、お前と遊んでからにする」


 そう言うと、クーレルは湾曲した刀を振りあげた。


 このままでは避けられないと直感したユキトは、とっさに詠唱破棄で火焔球フレア・ボムを放つ。もちろん、これでクーレルが怯むとは思っていない。彼との間合いを確保するための時間稼ぎだ。


 魔法を放った直後、傷の痛みに奥歯を噛みしめながら、ユキトは後方へと飛び退いた。


 次の瞬間、火焔球フレア・ボムは正面からクーレルに衝突する。それによって起こった煙が、二人の間を遮断した。その間に、ユキトは充分とはいえないまでも、とりあえずの距離を確保する。


 すぐに左手を前方に突きだし、


「赤と青。二つの炎よ――」


 と、呪文を口にすると、白煙を斬り裂いて、クーレルが姿を現した。


「――交わり喰らえ!『炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイム』!」


 唱え終わると、ユキトの左の手のひらから赤と青の二匹の龍が出現した。


 狂気に歪んだ笑みで突っ込んでくるクーレルと、真っ直ぐ彼に向かっていく赤と青の龍。両者は激しくぶつかるが、二匹の龍は瞬く間に消滅した。クーレルにいたっては、あまりダメージを受けていないのか平気な顔をしている。


 舌打ちをするユキトだが、どこかしかたないとも思っていた。炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムの威力は、二匹の龍が空中で交わり一匹の大きな龍に変わることでその真価を発揮する。けれど、クーレルと衝突した時点で二匹のままだったのだから、最大威力での攻撃とはならなかったのは明白だった。


 狂気に目を爛々らんらんと輝かせて、クーレルがユキトに躍りかかる。


 紙一重でそれをかわしたユキトだったが、続く二撃目は避けきれなかった。脇腹を狙うクーレルの刃を、サーベルで受ける。彼の力がまさっているのか、それとも先ほど負った傷のせいか。ユキトはそれを受け止めきれず、弾き飛ばされた。受け身も取れずに床に衝突する。


「が――っ!」

 

 一瞬、息が止まる。


 無理やりにでも息を吸い込むと、肺が痛んだ。それだけではない、全身に鋭い痛みが走る。


(くそっ! こんなに実力差があるってのか。でも、ここで諦めるわけにはいかねえ!)


 悲鳴をあげる体に鞭を打ち、起きあがるユキト。その視界のすぐ先には、クーレルの武器である湾曲した刀の切っ先がつきつけられていた。

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