第35話 実力の差
面白くなってきたとでも言いたそうに、
「クーレル・アルハイドは、あんたか?」
相手の覇気に気圧されないように、ユキトは男を睨みつけてそう問いかける。
「エルザ女王は元気か?」
男は鼻で笑うと、それを肯定するように挑発的にたずねた。
「こいつ……!」
と、アリスが腰のサーベルを抜いた。
今にも飛びかかりそうになる彼女を、ジェイクが引き止める。正面からしかけたとしても、単独では返り討ちにあうのが目に見えていた。すきがあるように見えて、その実、クーレルにはまったくすきがないのである。
「その様子だと、あれをどうにかできたわけじゃなさそうだな。俺を捕らえて、解いてもらおうって腹か」
と、クーレルはあざ笑う。
「だったら、どうだってんだよ」
できるだけ冷静にと思っていても、ユキトはけんか腰で受け答えをしてしまう。どうにも、クーレルの態度が鼻につく。
「なめられたものだ。こんな子どもを差し向けられるとは」
言葉とは裏腹に、クーレルの表情は先ほどからまったく変わらない。どうやら、獲物が増えたとでも思っているようだ。
ユキトは、奥歯が削れそうなほど歯噛みするとサーベルを抜いて構えた。
「あんた、この世界に復讐したいんだって?」
怒りに沸騰しそうな気持ちを抑えながら、カミーラから聞き出した情報を口にする。
「ああ。でも、世界に復讐するのは、あいつを血祭りにあげてからだけどな」
こともなげに言うクーレルは、手にしている刀で負傷している龍人をさし示した。
指名された本人は、小さく悲鳴をあげて怯えている。
「何でだよ!? あの人は関係ないんじゃ――」
「元凶なんだよ! あいつのせいで、俺と母さんは世間に迫害されてきたんだ! だから、思う存分痛めつけてから殺してやるのさ」
そう告げるクーレルの瞳は、殺意で彩られている。
「だからって、ここで
と、ジェイクが警戒しながらたずねる。
「ここじゃねえと意味ねえんだよ」
クーレルとユキトの会話を聞いていた狼獣人の男が、静かに告げた。
「あ、俺はアルフレッドってんだ。よろしくな」
まるで、友人のように接する彼の態度に、ユキト一行は困惑せざるを得ない。だが、彼は、紛れもなく世界に
「ここじゃないと意味がないって、どういうことよ!」
食ってかかるように、アリスが問う。
「世界に復讐したいのは、クーレルだけじゃねえってこと。ま、俺の場合、そこにいる皇帝陛下さえぶっ殺せれば、あとはどうだっていいんだけどな」
アルフレッドはそう言って、ユキトたちとは反対方向にいる人物をあごで示した。
視線を向けると、ジルヴァーナが先ほどから鋭いまなざしで槍を構えている。
「そいつは穏やかじゃないね。ジルヴァーナ様は、あたしのお得意様なんだ。勝手に間引かれちゃ困るんだよ」
と、ジェイクがアルフレッドに照準をあわせる。
「そう言われてもな……。はいそうですかって、かんたんに
だから諦めてほしいと、アルフレッドは言外に告げる。
「そうかよ。でも、
ユキトがそう宣言すると、クーレルは高らかに笑って、
「やってみろ。できるものならな!」
と、盛大に煽った。
それを合図に、ユキトたちは一斉に駆けだした。ユキトはクーレルに、アリスはカミーラに、ジェイクはアルフレッドにそれぞれ攻撃をくりだす。
真正面から斬りかかったユキトだが、その攻撃はたやすく避けられてしまった。
舌打ちをすると、
「そんな大振りな攻撃、避けてくれって言ってるようなもんだぜ」
と、クーレルがあざ笑う。
「うっせえ!」
吠えると同時に、ユキトはクーレルへと躍りかかった。
クーレルは、愛用の刀でユキトの剣を受け止める。耳障りな音が響くが、ユキトは構わず剣に力を乗せた。
眉間にしわを寄せ牙をむくユキトに対し、クーレルは涼しい顔で薄ら笑いすら浮かべている。
両者の力は拮抗しているのか、それともクーレルが手加減しているのか。しばらくの間、つばぜり合いが続いた。
そうしてから、どのくらい経ったのか。いい加減、この
「やれやれ。こんなんで、俺たちを止めるって息巻いてるのかよ。本当になめられたものだぜ。攻撃ってのはな、こうやるんだよ!」
言い放ちざま、クーレルは刀に体重を乗せる。
瞬間、体勢を崩したユキト。そのわずかに生じたすきを、クーレルは見逃さなかった。獰猛な瞳がギラリと光ったかと思うと、数回ほど素早く刀を振るった。
「――っ!?」
鋭い切っ先が、次々とユキトに襲いかかる。素早い動きを目で追うこともできず、防ぐことも叶わなかった。
悲鳴をあげるユキトの両腕や腹、太ももにいくつもの傷がつけられる。傷口からは血が流れ、彼の服を染めていく。
攻撃が止むと、ユキトは肩で息をしながら痛みに耐える。もちろん、クーレルからは視線をはずさない。一瞬でも気が緩むと、文字通り命取りになると理解しているからだ。
そんなユキトを、クーレルは恍惚の表情で眺めている。
「気が変わった。あいつを殺すのは、お前と遊んでからにする」
そう言うと、クーレルは湾曲した刀を振りあげた。
このままでは避けられないと直感したユキトは、とっさに詠唱破棄で
魔法を放った直後、傷の痛みに奥歯を噛みしめながら、ユキトは後方へと飛び退いた。
次の瞬間、
すぐに左手を前方に突きだし、
「赤と青。二つの炎よ――」
と、呪文を口にすると、白煙を斬り裂いて、クーレルが姿を現した。
「――交わり喰らえ!『
唱え終わると、ユキトの左の手のひらから赤と青の二匹の龍が出現した。
狂気に歪んだ笑みで突っ込んでくるクーレルと、真っ直ぐ彼に向かっていく赤と青の龍。両者は激しくぶつかるが、二匹の龍は瞬く間に消滅した。クーレルにいたっては、あまりダメージを受けていないのか平気な顔をしている。
舌打ちをするユキトだが、どこかしかたないとも思っていた。
狂気に目を
紙一重でそれをかわしたユキトだったが、続く二撃目は避けきれなかった。脇腹を狙うクーレルの刃を、サーベルで受ける。彼の力が
「が――っ!」
一瞬、息が止まる。
無理やりにでも息を吸い込むと、肺が痛んだ。それだけではない、全身に鋭い痛みが走る。
(くそっ! こんなに実力差があるってのか。でも、ここで諦めるわけにはいかねえ!)
悲鳴をあげる体に鞭を打ち、起きあがるユキト。その視界のすぐ先には、クーレルの武器である湾曲した刀の切っ先がつきつけられていた。
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