第34話 白と黒の邂逅
翌日、朝食もそこそこに、ユキト、アリス、ジェイクの三人は、宿をあとにして城門前広場へと向かっていた。クーレルたちの足取りを追うためである。
早朝だからか、朝日に照らされた繁華街は、静寂に包まれていた。とはいえ、昨日感じた寂しさは感じられなかった。多少なりとも、通りに人がいるおかげか、それとも太陽が顔をのぞかせているためか。どちらにせよ、この静けさは清々しいとさえ感じられるものだった。
「ジェイクさん、昨日言ってた広場って遠いの?」
ユキトがたずねると、ジェイクはわずかに思案して、
「繁華街を抜けてしばらく歩くから……そこそこってとこだね」
と、答えた。
ジェイクは、ここマターディース帝国の首都で生まれ育ち、十五歳の時に国を離れた。少女時代は、近所に住む子どもたちとともによく城門前広場で遊んでいたのだ。他国に居を構えた今でも、仕事でこの国に訪れた際には、ちょっとした休憩に利用している。
繁華街を抜けてしばらく歩くと、円形の広場に到着した。広場のあちらこちらに花壇があり、色とりどりの花が咲いている。木製のベンチもあり、息抜きをするにはもってこいの場所だった。
三人は周囲には目もくれず、広場の中央へと真っ直ぐに進む。ここで、何かしらの戦闘が行われているとすれば、端よりも中央の方が動きやすいからだ。
広場の中央には、大きな噴水がある。それを囲むように設置されている花壇には、鮮やかな花が噴水の水しぶきを浴びてきらきらと輝いていた。
その周囲をくまなく探す三人。どんなにわずかな痕跡だろうと絶対に見逃すまいと、感覚を研ぎ澄まし集中する。
どのくらい時間が経過したのか。数分にも数時間にも思える静寂の中、ユキトがそれを見つけた。噴水近くの地面が、一部分だけ黒く変色しているのである。
(何だ、これ?)
不思議に思ったユキトは、詳しく調べようと近づいてしゃがんだ。その瞬間、かすかだが鉄のような臭いがした。
(これ、もしかして……!)
その匂いの正体に気づいたユキトは、すぐにアリスとジェイクを呼んだ。
二人が駆け寄ると、ユキトは地面を指さした。
「これは……?」
ジェイクが疑問を口にすると、
「もしかして、血!?」
と、アリスが声をあげた。
「たぶんな。ほんの少しだけど、鉄の臭いがするんだ。それに、ここだけ色が違うのも不自然だし」
そう言って、ユキトは立ちあがる。
ここで戦闘があったことは明確だった。おそらく、クーレルたちによるものだろう。だが、周囲にそれらしい気配はまったくない。どこかに移動したのだろうか?
「それじゃあ、これも血の
と、ジェイクが地面の小さな黒い染みをさして言った。
ユキトとアリスが彼女のさし示す方を見ると、血溜まりの跡から点々とある方向へと続いている。おそらく、大きな傷を負った何者かが、ここから移動した形跡だろう。
何かがわかるかもしれないと、三人はその血痕を辿っていくことにした。それは、広場の北の方へとほぼ真っ直ぐに続いている。
「いや、まさかね……」
何かに気づいたらしいジェイクが、小声でそうつぶやいたのをユキトのうさぎ耳が捉えていた。
「ジェイクさん?」
どうかしたのかと問うと、彼女は一瞬、気まずい表情を見せた。だが、すぐにいつもの表情に戻ると、ため息をついて肩をすくめた。
「この先にマターディース城があるのさ。おそらく、これを残した人物は、助けを求めて向かったんだろうね。で、そこには、皇帝が暮らしてる」
そこまで言うと、ジェイクはユキトとアリスの顔を順番に見た。
「え。――てことは、皇帝が危ねえじゃん!」
ユキトが言うと、ジェイクはそれを肯定するようにうなずいた。
善は急げと、三人はマターディース城に向かう。
広場の北の端まで移動すると、簡素ではあるが存在感のある門が建てられていた。マターディース城の城門である。
「――っ!」
それを見た瞬間、ジェイクは血相を変えて駆けだした。
「ちょっ……! ジェイクさん!?」
ユキトとアリスは、慌てて彼女のあとを追う。
「どうしたんだよ!?」
走りながらユキトがたずねると、
「いつもいるはずの門番がいないんだよ」
と、ジェイクは端的に告げる。
通常、城門には最低でも一人は門番がいる。だが、その姿がないのだ。それどころか、いつも閉めきりになっている門が開け放たれている。
城門を越えて、敷地内を駆けていくと、ところどころに人が倒れているのが見えた。そのどれもが、一目で
城内に入ると、先ほどよりも多くの屍が、無造作に放置されていた。その光景にユキトは歯噛みする。クーレルに対する怒りか、それとも間に合わなかった自分の無力さに対してか。言い表せない感情が、彼の心の中に渦巻く。それを払うように軽く頭を振ると、ユキトはクーレルを見つけることだけを考える。
各階の部屋を探しながら、三人は城の階層をのぼっていく。だが、目にするのは、兵士や使用人の変わり果てた姿だけだった。
(いったい、どこにいやがる?)
クーレルたちを見つけられないことに焦りがつのり、次第にいらだちへと変わっていく。
そんなユキトの心情を察してか、
「ユキト。一人で突っ走っちゃだめだからね」
と、アリスが冷静に告げた。
「わかってる」
ユキトはぶっきらぼうに、それだけを口にした。
アリスに言われて、ユキトは頭に血がのぼっていたことを自覚する。罪のない人々が犠牲になることが、とても許せないのだ。
(落ち着け、自分)
心の中でそう自分に言い聞かせる。二人に気づかれないように、そっと息をついた。
クーレルの捜索をしながら階段をのぼっていくと、最上階に到着した。ここまで姿がなかったのだ、彼らがいるとしたら、この最上階のどこかだろう。
人の気配がない廊下は、痛いくらいの静寂に包まれている。空気がピンと張りつめたような、そんな感覚さえあった。
息をひそめて周囲に気を配ると、かすかに音が聞こえた。それは、人のうめき声のようでもあった。
「あっちから、何か聞こえる!」
そう言うと、ユキトは二人の返事も待たずに駆けだした。
「ちょっと、ユキト!?」
と、アリスとジェイクは慌てて彼を追いかける。どうやら、二人には、ユキトに聞こえた音が聞こえていないようだ。
ユキトは、脇目も振らずに廊下の突き当りまで走る。そこには、他の部屋よりも
少し遅れてやってきたアリスとジェイクにも聞こえたのか、二人は険しい表情を浮かべている。
意を決して、ユキトが扉に手をかける。低く重々しい音を響かせながら、それは開いた。その瞬間、むせ返るような血の臭いが押し寄せ、鼻をついた。
眉根を寄せて部屋の中を見ると、三人の人物が背中を向けて立っている。そのうちの一人は、ロングの黒髪がきれいな女――カミーラだった。彼女の隣には、黒髪の男とネイビーブルーの髪の狼獣人が並んでいる。彼らは、一様に殺気立っていた。
その先に視線を移すと、負傷した龍人をかばうように、一人の男が槍を構えている。肩で息をしている様子から察するに、だいぶ不利な状況のようだ。
「ジルヴァーナ様!」
と、ジェイクは思わず、槍を手にしている男の名を呼んだ。
瞬間、部屋の中にいる全員の視線がユキトたちへと向けられた。
「帽子屋!? なぜここに……?」
困惑した様子で、ジルヴァーナと呼ばれた男がジェイクに問う。
「いろいろとあってね。それにしても、ボロボロじゃないか。苦戦してるようなら、加勢させてもらうよ」
ジェイクはそう言うと、銃を取り出して撃った。狙いはもちろん、黒髪の男である。
だが、銃弾は、狼獣人の男が持つクレセントアックスによって弾かれてしまった。
「いきなりとは、ごあいさつだな」
驚いたように言う彼の赤紫色の瞳には、剣呑な光が宿っている。
「そうか。お前たちが、ラクトア王国からの追手か」
黒髪の男はそう言うと、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
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