第33話 情報収集

 ユキトたち三人は、空間転移の魔法でマターディース帝国の首都にやってきた。ここにクーレルたちがいると、カミーラから聞きだしたからだ。


 沈みかけた夕日が街をオレンジ色に染める中、三人はジェイクの先導で住宅街を進んでいく。人通りはほとんどなく、どこか寂しさを感じた。


「なあ、ジェイクさん。ここ、ゴーストタウンじゃないよな?」


 不安になったユキトが、おずおずとたずねる。


「やっぱり気になったかい? 他の国と比べると静かだからね。でも、人はちゃんと住んでるさ。ただ、ここは昔から治安がよくないからね、外出を控えてる人が多いんだよ」


 十五歳の時にこの国を離れたから、今の状況はわからないけれどと、ジェイクは苦笑する。


「とにかく、まずは情報収集しなきゃよね。目撃してる人、いないかな?」


 アリスがそう言って辺りを見回すが、やはり住民らしき人影はない。


「しかたない、繁華街にでもいこうかね」


 軽くため息をついたジェイクは、そう言って二人を繁華街へと連れていった。


 人通りのほとんどない繁華街は、どこか現実味がなかった。店の軒先にぽつぽつと明かりが灯っていく光景を、ユキトとアリスは見たことがない。いや、それ自体は何度も目にしているはずだ。だが、これほどまでに人の往来がないのは初めてだった。


「人、いないね」


 周囲に困惑しながら、アリスがぽつりとつぶやいた。


「そうだな。大きな街だから、もっと賑わっててもいいのに……。ジェイクさん、馴染みの店とかねえの?」


 通行人へと聞き込みを諦めたユキトは、そうジェイクにたずねる。


「悪いね。この街に取引先は何軒かあるけど、こういう場所に馴染みの店はないんだよ。子どもの頃に通ってた店もないしね。案外、治安悪いからさ、ここ」


 と、ジェイクは申し訳なさそうに告げた。


「そっか……」


 それならばしかたがないと、ユキトは肩を落とす。


「ちょっと待って! ジェイクさん、今、治安悪いって言いましたよね!?」


 怯えたようにアリスが言う。


 住宅街を歩いている時にも、ジェイクは言っていたのだが、アリスはそれを聞き流していたようだ。


「ああ、言ったよ。でも、あんたたちの強さなら、ならず者に遭遇しても太刀打ちできるさ」


「そうだけど、そうじゃなくて!」


「そんなことより、今日の宿はどうするんだい? 夜通し聞いて回るわけじゃないだろ?」


 アリスの魂の叫びを華麗にスルーすると、ジェイクはユキトにそうたずねた。


「さすがに、宿には泊まるよ。寝不足で倒れたら、シャレになんねえし」


 と、真剣に告げるユキト。


 近くに宿がないかと、視線をさまよわせる。だが、すぐ近くにあるのは、飲食店がほとんどだった。


「宿って、ここら辺にあるのかな?」


 ユキト同様に周囲を見回したのだろう、アリスはそう疑問を口にした。


「たしか、もう少しいったところにあったはずだよ」


 記憶をたどりながら、ジェイクが告げる。


 それならさっそくいこうと、三人はジェイクの案内でその宿へと向かった。


 しばらく歩いて繁華街の端の方へとやってくると、小さな宿があった。空室があることを願いつつ、三人は宿の扉をくぐる。


「いらっしゃいませ」


 と、快活な女の声が三人を迎えた。


 入口正面に受付があり、かわいらしい笑顔をたたえた受付嬢がいた。


「あの、予約してないんですけど、泊まれますか?」


 ユキトがたずねると、受付嬢はにこやかにうなずいた。


「大丈夫ですよ。お部屋は……二部屋でよろしいですか?」


 と、確認する彼女に、三人はそれでいいと答えた。


「お姉さん。ここに、クーレル・アルハイドっていう男、きませんでした?」


 アリスがたずねると、彼女は名前だけではわからないと小首をかしげる。


 狼獣人の男を連れていることを告げると、


「ああ、あの方たちですね。いらっしゃいましたよ。誰かをお探しのようでしたので、情報通のマスターがいるバーをお教えしました」


 こちらですと、彼女は一枚の紙をさしだした。


 それは、バーへの道のりが書かれている簡易的な地図だった。


「営業中なので、いってみてはいかがですか?」


 受付嬢に促されて、三人はそのバーへと向かうことにした。


 宿をあとにした三人は、地図を見ながら繁華街を歩く。街を染めていたオレンジ色は、いつの間にか紺色へと緩やかに変わっている。周囲の店に灯る明かりのおかげで、地図を見るのに不自由はなかった。


「……ねえ、ここじゃない?」


 しばらく歩いていると、アリスがそう言って立ち止まった。


 彼女がさし示す場所には、白っぽい外壁の建物がある。照明に照らされた漆黒の看板には、『BARコルチカム』と書かれている。


 ユキトが持っている地図を確認すると、たしかにコルチカムの文字が記されていた。


 バーということもあり、ジェイクを先頭に店内に入ることにした。漆黒のドアを開けると、乾いたドアベルの音が響き、いらっしゃいませという落ち着いた男の声が三人を迎えた。


 本格的なバーに入るのが初めてだったユキトとアリスは、瞳を輝かせて周囲に視線を向ける。


 夕焼けにも似た淡いオレンジ色の照明に照らされた店内は、どことなく落ち着いた雰囲気がある。正面右側にバーカウンターがあり、その中に男が一人立っている。左側にはテーブル席がいくつか設けられていて、複数の客が酒を楽しんでいた。


 ジェイクが入り口近くのカウンター席に座ると、ユキトとアリスが彼女の隣の席についた。


「いらっしゃいませ。何にいたしましょう?」


 と、男が静かに三人にたずねる。


 本題に入る前に、とりあえず何か注文した方がいいと判断したジェイクは、二人にホットミルクとたまごサンドを、自分用にノンアルコールのカクテルとミートソースパスタを注文した。


「かしこまりました」


 男は、手慣れた様子で料理を始める。


 しばらく待っていると、


「お待たせいたしました。どうぞ」


 と、三人の前に注文した品が並べられた。


「いただきます」


 三人はほぼ同時にそう言って、できたての料理に手を伸ばす。


「……っ! うまっ!」


 たまごサンドを一口食べたユキトは、その美味しさに感嘆の声をあげた。


 アリスも、とろけそうな表情でたまごサンドを頬張っている。


「うん、これは酒が進みそうだね」


 と、ジェイクもミートソースパスタの味にご満悦のようだ。


「ありがとうございます」


 カウンター内の男は、そう言って顔をほころばせる。


 三人はしばらくの間、料理を堪能する。


「……あ、そうだ! あの、ここに情報通のマスターがいるって聞いてきたんですけど」


 本来の目的を思いだしたユキトが、残り一つとなったサンドイッチを一口食べたところで男にそう告げる。


「私がマスターです。情報通かどうかはわかりませんが、仕事柄、お客様からいろいろなお話をうかがいますからね。それを覚えているだけですよ」


 と、彼はにこやかにそう言った。


「え!? 今まで聞いた話、全部覚えてるんですか?」


「さすがに全部とは言えませんが、だいたいのところは覚えますね」


 マスターがそう言うと、ユキトとアリスは目を丸くして、羨望のまなざしで彼を見つめる。


「じゃあ、クーレル・アルハイドっていう男のこと、何か知ってますか? 狼獣人の男と一緒に行動してるみたいなんですけど」


 ユキトが本題である質問をすると、


「昼前、いらっしゃいましたよ。探されていた方を見つけられたようで、何やら話をしてから、ご一緒にお帰りになりました」


「どこにいったか、わかりますか?」


 身を乗り出すようにユキトが問うが、マスターはわからないと言うように小首をかしげた。


「ただ、命のやり取りをするようなことは言ってましたよ」


「……だとしたら、どっかの広場かね」


 マスターの言葉に、ジェイクがつぶやく。


 それを聞いたユキトが、弾かれたように席を立った。


「ちょっと、ユキト!? まさか、その情報だけで動く気?」


 アリスが止めようとすると、ユキトはもちろんとでも言うように大きくうなずいた。


「やめておくんだね。広場が一つだけならすぐにいけるけど、ここには結構な数あるんだ。しらみつぶしに探すのは、骨だよ」


 と、冷静に告げるジェイク。


「だけど! このままじゃ、犠牲者がでるじゃんか!」


 それを見過ごすことはできないと、ユキトが声を荒げる。


「ユキト、あんた言ったじゃないか。寝不足で倒れたら、シャレにならないって」


 ジェイクにそう指摘されて、ユキトは言葉に詰まる。それは、宿に向かう前に彼が口にした言葉だった。


 反論できないまま、ユキトは席に座り直すしかなかった。


「結構な数の広場があるって言ってましたけど、このお店から一番近い広場ってどこですか?」


 アリスがたずねると、一番近いのは城門前広場だとマスターが答えた。


「城門前広場……。ジェイクさん、その場所知ってる?」


 落ち着きを取り戻したユキトが、ジェイクにたずねた。


「ああ、もちろん知ってるさ。子どもの頃、そこで遊んでたからね」


 道案内なら任せろとばかりに、ジェイクが言った。


「じゃあ、明日、朝一でいこうぜ」


 ユキトの言葉に、アリスとジェイクはうなずいた。


 美味しい食事とデザートを心ゆくまで堪能した三人は、上機嫌で宿へと戻った。

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