第32話 決意
カミーラとの戦闘のあと、ユキトとジェイクは気を失っているアリスを連れて、カロア王国玄関口の街にある病院へときていた。
戦闘時、アリスはカミーラが放った氷属性魔法で、体内から凍らされそうになった。それを阻止するために、ユキトが火属性魔法を至近距離で彼女にぶつけた。そのおかげで、彼女が凍る事態は避けられたが、彼女が受けたダメージはひどく、意識を失ってしまっていたのだ。
ユキトもジェイクも、かんたんな回復魔法は使えるが、ここまでのけがは治せない。そのため、この街の商店街で、腕のいい医者のことを聞きだし担ぎ込んだのだった。
「先生、アリスの容態は……?」
処置室前で待っていたユキトは、部屋からでてきた医者にたずねた。
「傷は、あらかた治したよ。まだ意識は戻ってないが、まあ、もうすぐ気がつくだろう。それにしても、無茶なことをするよ。まったく」
と、医者は呆れたように言った。二人が彼女を担ぎ込んできた時に、おおよその事情を聞いていたのだ。
医者の言葉に、二人は何も言い返せない。無茶なことだったとは、当事者である二人が充分すぎるほどわかっている。だが、ああしなければ、アリスが命を落としていた。
「まあでも、最良の判断だったんだろう。とりあえず、彼女が意識を取り戻したら教えて」
そう言うと、医者はその場をあとにした。
二人が彼に礼を言って処置室に入ると、正面にテーブルといすがあった。部屋の左側に簡素なベッドがあり、アリスが寝かされている。
「アリス……」
ベッドのかたわらまで移動すると、ユキトは今にも泣きそうな声でつぶやいた。
「とりあえず今は、彼女の回復を待つしかないだろ。それに、今後のことも考えておかなきゃ」
今、自分たちにできることをしようと、ジェイクはユキトを励ますように言った。
ユキトは小さくうなずくと、ジェイクに促されていすに座る。しょんぼりした表情と同じく、白いうさぎ耳がこれでもかというほどたれている。
ジェイクは苦笑して小さく息をつくと、彼の対面のいすに座った。
「それで、この先どうするんだい?」
「どうするって……?」
ジェイクの質問に、質問で答えるユキト。その赤い瞳は曇り、今までの闘志や決意は見られない。
「クーレルって奴を、追うのかどうかって話さ。あのカミーラって女が言ってただろ? 自分たちを迫害してきた世界に、復讐するんだって。それを阻止するために、あんたたちは旅にでたんだろ?」
確認するようにジェイクが問うと、ユキトは無言でうなずいた。
「でも、あんな攻撃してくるとは思ってなかったし、アリスがこのまま目覚めなかったら、俺……」
震えた声で、ユキトがそう告げる。
出会ってまだ数日だが、いつも元気だった彼がここまで動揺しているのを、ジェイクは初めて目にした。それほどまでに、今回のことは彼にとってショックが大きかったのだろう。
ジェイクは大げさにため息をつくと、
「しけた
「そんなことない!」
ユキトが、間髪入れずに否定する。たれさがっていたうさぎ耳はピンと立ち、赤色の瞳には怒気さえ見える。
「エルザ様を助けたいのはうそじゃないし、絶対助ける! でも……俺のせいで、アリスやジェイクさん、他の人たちが死ぬのが怖いんだ!」
と、ユキトは正直な気持ちを
そんな彼に、ジェイクは優しく微笑みかける。
「その気持ちはわかるさ。けど、ユキトが直接、手をくだしたとしても、ユキトのせいじゃない。悪いのは、クーレル一派さ。そうせざるを得ない状況にしたわけだからね。それに、あんたには、仲間に対して殺意なんてありゃしない。だろ?」
諭すように告げるジェイクに、ユキトはうなずく。
「だったら、ユキトが責任感じる必要はないさ。それよりも、奴らをどうやって食い止めるか。そっちの方が
「そう……だよな」
「それに、そんなにかんたんに
ねえ? と、ジェイクがベッドへ視線を向けてたずねる。
ユキトが不思議に思った瞬間、
「もちろん。かんたんに殺られてたまるもんですか! それと、ユキトに守ってもらうほど、私、弱くないから」
と、声が聞こえた。
ユキトは、弾かれたようにベッドへ振り向く。いつの間にか意識を取り戻したアリスが、上半身を起こして座っていた。
「アリス、気がついたのか!? よかったー!」
と、ユキトは心底ほっとした表情でそう言った。
ジェイクはおもむろに立ちあがると、先ほどの医者を呼んでくると部屋からでていった。
穏やかな静寂が辺りを包む。ホッとしたのもつかの間、アリスに対する気まずさが、ユキトの心にじわじわと広がっていった。
「どうしたの?」
そんな彼にのわずかな変化に気がついたのか、アリスは小首をかしげてたずねた。
「あ、いや……えっと……ごめん!」
勢いよく謝るユキトに、アリスは困惑した表情を見せる。
「え……ちょっと、何でユキトが謝るのよ?」
「だって、アリスが気絶したの、俺が至近距離で魔法ぶっ放したせいだから……」
申し訳なさそうに、そう告げるユキト。先ほどまでピンと立っていたうさぎ耳が、しゅんとたれさがってしまった。
「ユキトのせいじゃない! あれは、カミーラに遅れを取った私のミス。ユキトは、私を助けてくれたじゃん」
だから謝る必要はないと、アリスが言う。
「だけど……」
と、ユキトは未だに自分を責める。
「あーもー! だ、か、ら! ユキトのせいじゃないんだってば! これ以上、自分のこと責めると怒るよ?」
怒気をはらんだ声音で、アリスがピシャリと宣言する。
「あ……ああ、わかった」
アリスの覇気に圧倒されて、ユキトはそれだけしか言えなかった。
わかればいいのよと矛を納めるアリスに、ユキトは思わず笑ってしまった。
「何よ?」
「いや、いつものアリスだなーって思ってな」
「何それ? 変なの」
「それより、どっちが先に強くなるか、勝負しねえ?」
ユキトが提案すると、アリスは二つ返事で了承した。
彼女自身、まだまだ精進しないといけないと痛感しているのだろう。青の瞳に、強い決意の色が見えた。
(絶対強くなる!)
自分自身はもちろんのこと、少なくともアリスとジェイクは死なせないと、ユキトは強く心に誓う。
二人がそんな話をしていると、ジェイクが医者を連れて戻ってきた。
「ああ、よかった。気がついたんだね」
医者はそう言うと、かんたんにではあるがアリスを診察する。
「……うん、問題なさそうだね。帰っていいよ。でも、くれぐれも無茶はしないように。いいね?」
「はい、ありがとうございました」
三人は、そう口々に礼を言って処置室をでた。
「そういえば、カミーラには勝ったみたいだけど、クーレルの居場所は聞きだせたの?」
会計を済ませて病院をでると、アリスが思いだしたようにたずねた。
「ああ、ばっちりな」
と、にやりとするユキト。
クーレルにはカミーラの他にアルフレッドという狼獣人の仲間がいること、クーレルが父親を探していること、彼らは自らの復讐のために世界を壊そうとしていること、その手始めにラクトア王国の女王を氷漬けにしたことを聞きだせたと告げた。
「それと、マターディース帝国で待ってるって言われたよ。たぶん、クーレルもそこにいると思うぜ」
「じゃあ、これからマターディースに向かうのね?」
アリスが確認するように言うと、ユキトがうなずいた。
「移動手段はどうするんだい? まさか、また徒歩でなんて言わないだろうね?」
それまで静かだったジェイクが問うと、
「まさか! あいつらの居場所がわかったんだ、そんなのんびりしてられっかよ」
「じゃあ、どうするの?」
徒歩か馬車での移動しか頭になかったアリスが聞いた。
「そんなん、決まってるじゃん。転移の魔法でいくんだよ」
と、ユキトがあっけらかんと言った。
絶句するアリスとは対照的に、ジェイクは苦笑する。そうなるだろうことは、予想済みだったのだろう。やっぱりなと、小さくつぶやいていた。空間転移の魔法を使えるのは、三人の中ではジェイクだけである。
「だって、他の選択肢だと時間かかるじゃん」
すぐに目的地までいける方法を選択したまでだと、ユキトが口を尖らせて言う。
それでも納得できないアリスが口を開こうとした瞬間、
「まあ、時間かけずにいく方法なんて、これしかないねえ。幸い、マターディースはあたしの生まれ故郷だ。転移の魔法でいくのは、面倒なことじゃないよ」
と、ジェイクがアリスをなだめるように言った。
「ジェイクさんがそう言うなら……」
と、アリスはしぶしぶといった様子で、ユキトの提案を受け入れた。
「よーし! そうと決まれば、さっそくいこうぜ!」
と、まるで遊びにいくようなテンションでユキトが言った。
ジェイクはうなずくと、
「
と、呪文を唱える。
三人の足もとに円形の魔法陣が現れ、次の瞬間には彼らの姿はその場から消えていた。
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