第28話 逆転の目

 氷の魔法をまとったカミーラの鞭が、アリスに襲いかかる。


 ジェイクをかばっているので避けることもできず、ましてやサーベルで防ぐことも防御魔法を唱えることも間にあわない。


「アリス!」


 ユキトが叫ぶ。


 その直後、カミーラの鞭がアリスに牙をむいた。鞭についている小さな鉤爪がアリスに傷をつけ、彼女が悲鳴をあげる。


 カミーラは、笑みを浮かべながら何度も何度もアリスを鞭で打ちつけた。その傷は次第に増えていき、同時に鞭がまとっている氷魔法がアリスの体を蝕んでいく。


「やめろー!」


 ユキトが詠唱破棄で、カミーラに向けて火焔球フレア・ボムを放つ。


 それはカミーラにあたることはなかったが、アリスへの攻撃をやめさせることはできた。


 急いでアリスに駆けよったユキトは、ジェイクとともにアリスに声をかける。


「寒い……」


 ガタガタと震えながら、そうつぶやくアリス。彼女の体は、鞭で受けた傷口から次第に凍り始めていた。


「何だよ、これ!? 何で……凍ってくんだよ?」


 一体どうしてと、ユキトがうろたえる。ジェイクも眉間にしわをよせて、アリスの様子を見つめるしかなかった。


「ふふっ。流動氷爪フリージング・カラミティーはね、鞭でつけた傷口から氷魔法を相手の体内に流し込むの。そのまま放っておくと、死ぬわよ、その。まあでも、火属性の上級魔法で助けられるけど、貴方たちにそれができるかしら?」


 と、カミーラは勝ち誇ったような表情で告げた。


「くそっ! ほんっとに、いい趣味してるよな!」


 そう悪態をつくと、ユキトはアリスに向けて左手をかざした。


「赤と青。二つの炎よ――」


 そう口にすると、ユキトの左手のひらに力が集中していく。


「ユキト! あんた、自分が何しようとしてるのか、わかってるのかい!?」


 嫌な予感がしたのか、ジェイクは慌ててユキトを止めようとする。


「わかってるよ! でもこのままじゃアリスが――! だから、ジェイクさん……頼む」


 これしか方法はないのだと、今にも泣きだしそうな顔で懇願するユキト。


 そう言われてしまえば、ジェイクにはもう何も言えない。彼女もアリスを助けたいという気持ちに変わりはないのだから。


「――交わり喰らえ。『炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイム』!」


 ジェイクの沈黙を肯定ととらえ、ユキトは静かに、だが思いを込めて呪文を唱える。


 ユキトの左手のひらから赤と青の二匹の龍が出現すると、そのままアリスに衝突した。


 アリスの甲高い悲鳴が辺りに響く。


 しばらくすると二匹の龍は消滅し、アリスの悲鳴も消えていた。


 すぐさま、アリスの様子を確認するジェイク。


「よかった……」


 思わず安堵の声をもらす。


 どうやら、アリスは気を失っているだけらしい。


 ジェイクからそう聞いたユキトは、深く息をついた。自分の魔法のせいでアリスが命を落としたらどうしようと、内心ひやひやしていたのだ。火力を抑えたとはいえ至近距離からの砲撃である、彼女が受けるダメージは相当のものだろう。しかも、防御すらしていなかったのだ、生きているのは奇跡に近いのかもしれない。


「仲間相手に容赦ないのね……」


 ユキトの行動に、カミーラは驚いてそうつぶやいた。まさか、本当に仲間に向けて魔法を撃つなんて思っていなかったのだろう。


「あんたが、そうさせたんだろ!」


 ふざけるなと、ユキトがカミーラを睨みつけて叫んだ。いつでも魔法を放てるように、左手に力を込める。


「怖い怖い。本当にやるなんてね」


 と、おどけるカミーラ。だが、その瞳は、相変わらず剣呑な光を宿している。


「絶対に許さねえ!」


 そう吠えると、ユキトは詠唱破棄で火焔球フレア・ボムを放った。直後、アリスのことを頼むとジェイクに告げると、サーベルを手にカミーラへと駆けていく。


 もちろん、火焔球フレア・ボムでは相手に通用しないことはわかっていた。しかも、詠唱破棄での行使である、威力が通常よりも劣るのだから当然だ。だが、ユキトはそれを複数放って、カミーラとの間合いを詰めていく。完全に、頭に血がのぼっていた。


「本当に学習しないのね、貴方って」


 呆れながらそう言って、カミーラは向かってくる火焔球フレア・ボムを鞭でさばいていく。


 爆煙に視界を奪われる中、ユキトはカミーラの背後へと回り込んでサーベルを振りおろした。


「――っ!」


 これには、カミーラも驚いたようで息を呑む。避けようと、とっさに身をひるがえした。だが、ユキトの方が数秒ほど速かったのか、サーベルがカミーラの右腕をとらえる。


 ざっくりと斬られた右腕をかばいながら、カミーラは後ろへと飛び退すさった。


「これでもまだ、学習しないって?」


 刃についた彼女の血を振り払いながら、ユキトは見くびるなとばかりに告げる。


「やるじゃない。子どもだからって、侮ってたわ」


 そう言うと、カミーラは傷口を氷魔法で塞ぎ、鞭を左手に持ち替える。


「お遊びは、ここまでにしようかしら。惨たらしく殺してあげるわ!」


 そう言い放ちざま、カミーラはその場で鞭を振るった。


 一メートルほどだった鞭は、倍以上の長さまで伸び、先端の矢じりがユキトへと肉薄する。


(うっそだろ!? ここまで伸びんのかよ?)


 驚愕するユキトだが、すぐに気を引き締め直すと、矢じりをサーベルでいなし鞭から逃れるように左に飛び退いた。


 直後、銃声が聞こえた。ほぼ同時に、ユキトを捉えようとしていた鞭が力を失ったように縮んでいく。


 見ると、カミーラは苦悶の表情を浮かべて右脇腹を抑えている。彼女の背後に視線を向けると、ジェイクが銃口をカミーラに向けている。


「や……ってくれるわね」


 低くつぶやいて、カミーラは振り返った。


 殺気を含んだその声に、ユキトはまずいと直感する。とっさに詠唱破棄で火焔球フレア・ボムを放った。ジェイクの側には負傷しているアリスがいるのだ、カミーラの注意はできるだけ自分の方へ向けさせておきたい。


 カミーラはいらだったように舌打ちをすると、火焔球フレア・ボムを鞭で爆破させてユキトへ向き直る。


てつく槍。すべてを貫け! 『苛烈凍槍アイス・ブリッツ』!」


 先ほどまでの獲物を弄ぶような表情はどこへやら、カミーラは鋭い眼差しをユキトへ向けて呪文を唱えた。


 彼女の周囲に二メートルほどの氷の槍が六本出現したかと思うと、そのどれもがユキトめがけて飛んでいく。


「赤と青。二つの炎よ。交わり喰らえ! 『炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイム』!」


 ユキトはすぐさま呪文を唱え、赤と青の龍を放った。


 二匹の龍は途中で交わり、一匹の紫色の龍へと変化する。それは、真っ直ぐ氷の槍の束へと向かって衝突した。爆煙があがると同時に、氷の槍も紫色の龍も消滅する。


 視界が晴れた瞬間、数発の銃声が響き渡る。ジェイクが撃ったものだ。全弾カミーラにあたるが、急所ははずしていた。


 カミーラは吐血し、バランスを崩す。だが、とっさに膝をついて倒れることはなかった。殺意をはらむ眼差しは、未だ健在である。


 彼女が立て直す前にと、ユキトは彼女へと斬りかかった。ギリギリのところで避けられるが、攻撃を畳みかける。


 ユキトとジェイクの猛攻により、カミーラは防戦一方にならざるを得なかった。とはいえ、なかなか決着はつかない。


 攻撃を続けながらユキトが打開策を思案していると、


「鋭利な雪。白い嵐――」


 カミーラがそう唱え始めた。


 今まで聞いたことのない呪文に、ユキトは嫌な予感を覚えた。すぐさま、炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムの呪文を唱え、二匹の龍を作り出す。


 二匹の龍は交わり紫色の龍へと変化すると、カミーラへと向かっていった。


 巨大な龍が眼前に迫る中、カミーラはそれでも殺意を失わない。


「冷たい恐怖に怯えてけ――」


 呪文を唱え終える前に、カミーラは紫色の龍に飲み込まれた。


 しばらくすると炎の龍は消滅し、あとにはその場にたたずむカミーラが残されていた。


 全身から湯気を立たせて立ちすくむ彼女は、次の瞬間には力が抜けたかのように倒れた。


(やった、か?)


 肩で息をするユキトの脳裏に、そんな疑問が浮かぶ。


 おそるおそるカミーラに近づいてみると、かすかにうめき声が聞こえた。


「おい。まだ死んでないよな?」


 ユキトが問いかけると、カミーラは苦しそうに顔をあげる。


「この、私が……ここまで、追い込まれるなんてね……」


 息もえにそう言う彼女の瞳には、悔しさが滲んでいた。


「もういいだろ。俺たちは、あんたを殺したいわけじゃないんだ」


 クーレルのことを教えてほしいだけだと、ユキトが静かに告げる。


「……わかったわ」


 観念したようにつぶやくカミーラ。


 クーレルには自分の他にアルフレッドという狼獣人の仲間がいること、クーレルが父親を探していること、自分たちは自らの復讐のために世界を壊そうとしていること、その手始めにラクトア王国の女王を氷漬けにしたことを話した。


「復讐、だって?」


 驚いたようにユキトがつぶやいた。


「ええ……そうよ。クーレル様も私も、アルフレッドだって、世間から迫害されてきたわ。だから、復讐するの。どんな手を使ってもね」


「でも、だからってこんな……」


 無関係の人々を巻き込んでまでする必要があるのかと、ユキトが憤る。


「わからないでしょうね。貴方とは、無縁の生き方だろうから」


 薄く笑みを浮かべるカミーラ。だが、その笑みには、わずかに憂いのようなものが見えた。


 ユキトは何か言いかけようとしたが、胸に渦巻く思いを言葉にすることができず口をつぐむ。その瞬間、カミーラが倒れている場所に大きな魔法陣が浮かびあがった。


「あ、おい!」


 慌てて声をかけるユキト。


 だが、カミーラは聞く耳を持たないようで。


「マターディース帝国で待ってるわ」


 そう言うと、カミーラはその場から姿を消した。


 ユキトは舌打ちすると、ジェイクとアリスのもとへと駆けだす。とにかく今は、アリスの治療が最優先だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る