第27話 氷の強襲

「クーレルの腹心、ね。じゃあ、クーレルの目的も、当然ながら知ってるんだろう?」


 三人の中で冷静さを保っているジェイクが、カミーラにたずねた。


「ええ、もちろん。だけど、それを貴方たちに教えるほど、私はお人好しじゃないわよ」


 知りたければ、力ずくで聞きだせばいいと、彼女は言外に告げる。


「そうかよ。なら、言いたくなるようにするまでだ!」


 と、ユキトが悪役じみた言葉を言って、また正面から彼女へと向かっていく。


「本当に単純なのね」


 呆れ気味につぶやいて、カミーラは自身の前方をなでるように手をかざす。詠唱破棄で、氷結凍晶アイス・コンジェラートを発動させたのだ。


 カミーラの前に、氷の壁が猛スピードで形成されていく。


「させない! 穿うがて――!」


 と、アリスが呪文を唱えると、雷の弓が出現した。それに、同じく雷でできた矢をつがえ、めいっぱい引き絞る。


「――『雷の矢サンダー・アロー』!」


 そう叫ぶと同時に、彼女は雷の矢を射る。


 アリスが放った雷の矢は、高速でユキトを追い抜き、氷の壁を貫いて消滅した。


 ほぼど真ん中を貫かれた氷の壁は、穴の周囲から亀裂が入り、しばらくして乾いた音をたてて粉々に砕け散った。


 その衝撃に、カミーラは顔を歪め視線をそらす。


 それを好機とばかりに、ユキトは一気にカミーラとの間合いを詰めた。気合とともにサーベルを振りあげる。


「――っ!」


 息を呑むカミーラだったが、間一髪のところで剣先を避けた。そのまま、後方へと飛び退く。


 ユキトは舌打ちをして、カミーラを追いかける。そのあとに、アリスとジェイクが続いた。


 三人は、魔法や武器で絶えずカミーラに攻撃していく。だが、カミーラは反撃することなく、三人の攻撃をかわして後退しているだけだった。


 攻撃も当たらず、かと思えば反撃もしてこない。そんな彼女に、三人はいらだち舌打ちをする。


 そんなことがしばらく続くと、カミーラはピタリと立ち止まった。


「ここまでくれば、貴方たちも本気をだしやすいんじゃない?」


 にやりとする彼女の言葉に、三人は警戒しつつ視線を周囲に巡らせる。


 先ほどまであった商店の数々や雑踏をいく人々の姿がない。どうやら、街中から郊外へと移動したらしい。


「へえ? あんた、意外と優しいじゃん」


 街のど真ん中で攻撃してきたのにと、ユキトが素直な感想を口にすると、


「そんなわけないでしょ! 人が大勢いる中、攻撃してきた奴だよ!?」


 アリスが、至極真っ当なツッコミをいれた。


「ふふっ、そうね。私は別に、あの場所でってもよかったのよ? その方が、みんな絶望するでしょ?」


 そう言うと、カミーラはその情景を思い浮かべているのか、恍惚の表情を浮かべる。


「ほら! 言った通りじゃん!」


 アリスがそう言うと、ユキトは舌打ちをする。


「そうかよ。……ったく、いい趣味してるぜ。でも、あんたは俺たちが止める。そんで、クーレルのこと、全部吐いてもらうからな!」


 ユキトが、カミーラにそう宣言して武器を構えると、アリスとジェイクもほぼ同時に構えた。


「ええ、いいわよ。それができたらだけど、ね!」


 言い放ちざま、カミーラは詠唱破棄で氷の刃を三本作り出しユキトたちに放った。


 高速で飛来するそれを武器で叩き落すと、ユキトの目の前にカミーラの姿があった。


「――っ!?」


 息を呑むユキト。


 そんな彼を見ながらにやりとするカミーラ。


 ユキトがやばいと思った瞬間、カミーラは自身の武器である黒い鞭を振るった。


 ユキトは、とっさに構えていたサーベルで応戦するが、しなやかな鞭の軌道についていけない。防御しようにもままならず、カミーラの攻撃を甘んじて受けるしかなかった。


「ぐっ……!」


 苦悶の表情を浮かべるユキト。鞭で打ちつけられるたびに、ユキトの体は傷つき血が流れる。どうやら、この鞭には、多数の小さな鉤爪が装着されているようだ。よく見ると、先端には黒曜石の矢じりもついている。


「このっ……!」


 アリスがカミーラへ斬りかかるが、鞭による攻撃に返り討ちにされてしまった。


「ユキト! アリスちゃん!」


 二人の名を呼んで、銃を構えるジェイク。だが、至近距離でカミーラが武器を振り回しているため、撃つに撃てない。銃弾が、ユキトやアリスにあたる可能性も高いのだ。


「あらあら、さっきの威勢のよさはどこにいったのかしら?」


 と、カミーラが小馬鹿にするように口にする。


 相手の武器が剣ならば、不意をつかれたとしても応戦することはできる。だが、今、相対しているのは、軌道が読みにくい鞭である。それも、普段から愛用しているだろうカミーラが相手だ。ユキトたちにとって、不利な状況であるのは明白だった。


 カミーラに一方的に蹂躙じゅうりんされるユキトたち。この状況をどうにか打開しようと、ユキトは左手に力をこめる。


「弾けろ! 『火焔球フレア・ボム』!」


 呪文を唱えて左手を前にかざすと、炎の球がカミーラに向けて放たれた。


 とっさに後方へと飛び退くカミーラ。次の瞬間、火焔球フレア・ボムを鞭で攻撃し爆破させる。


 爆風に目を細めるユキト一行。しばらくしてそれが収まると、一行とカミーラの間には、適度な間合いが開いていた。


「ふふっ。そうこなくちゃねえ。さあ、もっと足掻いてみせて」


 カミーラは心底楽しそうに、その場で踊るようにくるりと回りながらそう告げる。


「くっそ! 俺たちを相手にしたこと、絶対後悔させてやる!」


 ユキトは吠えると、複数の火焔球フレア・ボムを詠唱破棄でカミーラに放った。


「穿て! 『雷の矢サンダー・アロー』!」


 と呪文を唱え、アリスも魔法を放つ。


「それは楽しみだわ! ――数多あまたの氷よ、鋭いやいばの雨となれ! 『氷刃乱舞ダイヤモンド・ダスト』!」


 カミーラが呪文を唱えると、鋭く尖った小さな氷の刃が多数出現し、ユキトたちへと飛んでいく。


 途中、火焔球フレア・ボム雷の矢サンダー・アローに衝突すると爆発して消滅した。だが、小さな氷の刃は、ユキトとアリスが放った魔法よりも数が多いため、爆風の中から姿を現す。


 防御魔法で防ごうとするも、詠唱が間にあわず三人とも被弾してしまった。


 悲鳴をあげ、顔を歪ませるユキトたち。傷ついた体からは血が流れ、服を染めている。


「ほらほら! どうしたのかしら? 後悔させてくれるんでしょ?」


 そう煽りながら、カミーラは氷刃乱舞ダイヤモンド・ダストを連発させる。


 詠唱を破棄しているため、先ほどより威力は劣るが、それでも連発されれば対処はより困難になる。


(相手は一人だってのに!)


 歯噛みするユキトは、


「燃やせ! 『火焔の雨フレイム・レイン』!」


 と、呪文を唱えて炎の雨を降らせる。


 すると、無数の氷の刃は、ユキトたちに到達する前に消滅していった。


 一瞬のすきをついて、ジェイクが銃を撃つ。だが、すんでのところでカミーラが作り出す氷の壁に阻まれてしまう。


「死の裁定。おそうやまい、ひれ伏し果てろ! 『裁きの雷アロガンティア・サンダー』!」


 これでどうだと言わんばかりに、アリスが呪文を唱える。


 頭上に真っ黒な雷雲が現れたかと思うと、直後に極太の雷がカミーラへと落ちた。


 通常、直撃を受けるとその対象者は感電死する。だが、カミーラがそうかんたんに倒れるとも思えなかった。


 極太の雷が消失すると、カミーラの姿がそこにはあった。さすがに無傷というわけではないらしく、ところどころ焼け焦げている。


 緊張感のある静寂が周囲に漂う中、カミーラが高笑いを始める。


 突然のことに、ぎょっとする三人。いち早く正気を取り戻したジェイクが銃を数発ほど撃った。銃弾は、カミーラのほほや腕をかすめる。


 舌打ちをするジェイクが銃に弾をこめていると、カミーラの鞭が彼女に迫った。


「危ない!」


 そう叫んだアリスが、とっさにジェイクをかばうように彼女の前にでた。


 それを見たカミーラは、にやりとしながら、


「災厄よ、むしばこおれ! 『流動氷爪フリージング・カラミティー』!」


 と、呪文を唱える。


 黒い鞭が、一瞬のうちに薄く青白い氷をまとい、アリスに襲いかかる。

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