第25話 カロア王国へ

 アリスの言うカロアとは、ラクトア王国の東に位置する王国である。二人とも、王城をでた時から、カロア王国へいくことを決めていたのである。


「もし、カロアにあいつがいなかったら?」


 と、ユキトが不機嫌な顔で問う。


「たぶん、それはないんじゃない?」


「どうして、そう言えるんだよ?」


「だって、ここからアモードルース、ユノカーラって移動してるわけじゃん。単純に考えたら、次はカロアにいくのが順当じゃない。人を探してるってのもあるわけだし」


 アリスがそう説明すると、たしかにとユキトは納得し、怒りを収める。


「あの……クーレルが最初に訪れたのって、ここなんですか?」


 と、ララが不思議そうな顔でたずねた。


 一瞬、アリスがしまったというような表情を浮かべた。


 だが、ユキトはそれに構わず、


「ああ。けど、ごめん。詳しいことは言えないんだ」


 と、それ以上の質問を拒否する。


 極秘任務なのだから、たとえ情報提供者であってもその詳細は教えられない。


「そうですか。なら、しかたないですね」


 そう言って肩をすくめると、ララはクーレルが単独で行動しているわけではないことを告げた。


「へえ、複数人で行動してるのかい。似た思想の奴がいるってことかねえ」


 小さくため息をつきながら、ジェイクがそう言った。


 ララはうなずくと、


「取り巻きは、狼獣人の男性と人間の女性の二人でした。どうやら、女性の方がクーレルを信奉してるようです。集まってる情報は、今のところそのくらいです」


 と、淡々と告げる。


「そっか、ありがとう。それで、情報料ってどのくらい?」


 ユキトがそう言って、支度金が入っている革袋を取りだした。


「いえいえ、お金は大丈夫です!」


 と、慌てて告げるララ。


 それでは申し訳ないと言いたげなユキトだが、ララは頑として首を縦には振らなかった。


「これは、昨日助けてもらったお礼っていうか……うちがみなさんの力になりたいだけっていうか……」


 しどろもどろで説明する彼女の姿に、


「わかった。じゃあ、もし次の機会があったら、その時はちゃんと受け取ってくれよな」


 と言って、ユキトは革袋をしまった。


「はい! その時は、ちゃんと請求させていただきますね」


 ホッとしたような笑顔を浮かべてそう言うと、ララは会釈をして人波に紛れるようにその場をあとにした。


 彼女の姿が見えなくなると、


「俺たちもいこうぜ」


 と、ユキトがアリスとジェイクをうながした。


 二人はうなずくと、本日の宿に向かうべく歩きだした。だが、ユキトは二人とは違う方へと歩きだす。


「ユキト、どこにいくんだい? 宿の場所はこっちだよ」


 ジェイクが言うと、ユキトはにっといたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「どこって、カロアだよ。あいつより先に着いてたいんだよね」


 そう告げるユキトの赤い瞳には、怒りではなく好戦的な光が宿っていた。


「それはいいけど、野宿するつもりかい?」


「そうだけど?」


 当然とばかりのユキトの言葉に、ジェイクはため息をついた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だって。交代で見張りすればいいんだからさ」


 そうあっけらかんと言うユキト。そんな彼に、ジェイクはもう一つため息をついた。


「ジェイクさん、諦めてください。ユキトは、よっぽどのことがない限り、決めたことを取り消したりしないんです。それに、野宿の経験はないけど、それなりに知識は仕入れてますから」


 食料もそれなりに買ってあるのだと、アリスが安心させるようにジェイクに告げた。


「まったく、しかたないねえ。そこまで言われちゃ、反対するわけにはいかないじゃないか」


 と、苦笑するジェイク。


 彼女の承諾を得たことで、ユキトとアリスは子どものように無邪気な笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 ユキトが上機嫌で宣言すると、三人はカロア王国を目指して歩きだした。


  *  *  *  *  *


 ノルアーナの街を出発してから、三人は二回ほど野宿をした。最初は慣れないことに緊張していたこともあり、ユキトとアリスはあまり寝つけなかった。だが、二回目ともなると、徒歩での移動の疲れも相まって、落ちるように眠りについた。


 交代で見張りをする以上、睡眠時間はどうしても短くなってしまう。野営二回目を終えた翌朝、ユキトとアリスはあくびを噛み殺しながら出発準備をしていた。


 そんな二人とは対照的に、ジェイクの様子は普段と変わらない。


「ジェイクさんって、野宿慣れしてんの?」


 ユキトが不思議そうにたずねると、ジェイクは笑いながら、


「野宿なんて、今回のを含めても片手で数えるくらいしかしたことないよ」


「えっ!? そうなの?」


 驚くユキトに、


「あたしも、最初の時はなかなか眠れなかったよ」


 と、昔を懐かしむようにジェイクが告げた。

 

「お待たせしました!」


 準備に手間取っていたアリスが声をかけると、ジェイクが二人をうながして歩きだした。ユキトはあくびをしながら、アリスは元気よく返事をして彼女のあとをついていく。


 二回目の野営地から歩き始めて約三時間後、三人はカロア王国領の小さな宿場町に到着した。ここは、ラクトア王国との国境に面しているため、思った以上の賑わいを見せている。


「うわ……人がいっぱいだ」


 ユキトが思わずつぶやくと、


「何、言ってるんだい。ラクトールにも、これくらいはいただろう?」


 と、ジェイクが言った。


「そりゃいたけどさ、こことラクトールとじゃあ、街の大きさがちがうじゃん」


 ユキトがジェイクにそう抗議した瞬間、


「危ない!」


 と、アリスの切羽詰まった大きな声が辺りに響いた。


 周囲の人々が驚いて彼女を見る。もちろん、ユキトとジェイクも同様だ。だが、それも一瞬のことで、二人は頭上から迫る気配に気づいて飛び退いた。


 直後、ユキトがいた場所に彼の身長よりも長い氷の槍が一本、突き刺さった。周囲にいた人々もこれには驚き、槍との距離を取るように後ずさる。


 間を置かず、二本目、三本目……と槍が飛んできて突き刺さり、地面を凍らせていく。人々は被害にあわないようにと、槍を中心にした円形の空間を広げる。


 瞬く間に、合計六本の氷の槍がほぼ同じ場所に突き刺さった。それによって凍った地面は、次第に範囲を広げていく。


「こんなとこで、敵襲かよ!?」


 ユキトは思わずそう言って、辺りを見回す。だが、周囲にいるのは、どう見ても一般人だ。


「あたしたちを狙ってるのは間違いないだろうけど……まさか、こんな人混みの中にぶっ放してくるとはね」


 ジェイクがそうつぶやくと、地面に突き刺さった六本の氷の槍は、音もなく砕け散り消失した。


「でも、どこから……?」


「あーら、けちゃったの? おとなしく串刺しになっておけば、苦しまずに済んだのに」


 警戒するアリスの言葉に答えるように、三人がやってきた方向からあざ笑う女の声が聞こえてきた。


 三人が同時にそちらを向くと、人々の壁が真ん中から左右に別れて一本の道ができた。その奥に、黒い外套がいとうを着た女が立っている。


 彼女を見た瞬間、三人は彼女こそが氷の槍を投げた張本人だと直感した。

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