第23話 お礼の品

 ユキトとジェイクが、ロッドウィルを王城にいる騎士に引き渡してシャーリー牧場に戻ると、


「あ! ユキトお兄ちゃん、ジェイクお姉ちゃん、お帰りなさい!」


 と、タルトが満面の笑みで出迎えた。


「ただいま。あれ? アリスたちは?」


 辺りを見回して、ユキトがタルトにたずねた。


 空間転移魔法で王城に出発する前は、タルトの他にアリスとタルトの母親と妹のキルトもいたはずである。だが、三人の姿はどこにもない。


「お母さんたちなら、うちにいるよ」


 だから早くいこうと、タルトがユキトの手を引いて歩きだした。


「あ……ああ」


 戸惑いながら、彼女についていくユキト。


 そんな二人に温かい眼差しを向けながら、ジェイクもそのあとについていった。


 少し歩くと、ごく普通の民家が見えてきた。淡いクリーム色の二階建ての建物である。


「あれが、タルトちゃんの家?」


 ユキトがたずねると、タルトは満面の笑みで大きくうなずく。急かすように、彼女は足を速めた。


 三人がその家の玄関に到着すると、タルトがドアを開けて、


「いらっしゃいませ!」


 と、二人をうながした。


 そのかわいらしい姿に、ユキトとジェイクは自然と笑顔になる。


「それじゃあ、お邪魔します」


 と、二人はほぼ同時に言って玄関に入った。


 二人のあとにドアをくぐり抜けたタルトは、彼らの横を通りすぎ先導するように歩きだした。彼女のあとをついていくと、広めのリビングに通される。


 そこには、タルトと同じレモンイエローの髪をした幼い少女――キルトとアリスの姿があった。


「ただいま!」


 タルトが元気よく告げると、アリスとキルトは部屋の入口を向いて、三人の存在を認めた。


「お帰りなさい」


 と、アリスとキルトが同時にそう告げる。瞬間、アリスはこらえきれずに笑いだした。


「ただいま。どうしたんだよ、アリス。いきなり笑いだしたりして」


 ユキトが困惑しながらたずねると、アリスは笑いながら、


「ごめん。二人を迎えにいっただけのタルトちゃんが、勢いよく『ただいま』って言うんだもん、おかしくって」


 と、吹きだした理由を話した。


「えー? おかしくないもん! 外から帰ってきたら、『ただいま』でしょ?」


 タルトが、不服そうに口を尖らせてアリスのもとへと歩いていく。


 それはそうなのだけれどと、アリスの笑みは苦笑へと変わる。


「タルト。お姉さん困ってるでしょ。あら、お帰りなさい。さあさ、こちらでくつろいでくださいな」


 キッチンから顔をだしたアンナが、ユキトとジェイクにそう言った。


 うなずいたユキトとジェイクは、テーブルを挟んでアリスの向かい側に座る。アリスはというと、レモンイエロー色の少女二人に挟まれるように座っていた。


「ごめんなさいね、アリスさん。娘の世話を頼んでしまって」


 申し訳なさそうにそう言って、アンナがキッチンから戻ってきた。何やら皿と複数のカップが乗ったトレーを手にしている。


「気にしないでください。こういうの、わりと得意ですから」


 アリスはそう言って、キルトの頭を優しくなでる。


「あー! ずるい! わたしもー!」


 妹に嫉妬したタルトが、そう声をあげる。


 アリスは苦笑して、彼女の頭も優しくなでた。


 そんな娘の様子に苦笑しながら、アンナはトレーの上の皿やカップを配膳する。


 ユキトはアンナに会釈すると、彼女が座るのを待ってから口を開いた。


「ロッドウィルさんを騎士に引き渡してきました。調査班を向かわせるって言ってたから、準備ができ次第きてくれると思います」


「そうですか。すみません、お手数おかけして」


 申し訳なく言うアンナに、


「これも俺たちの仕事なんで、気にしないでください」


 と、ユキトが優しく告げる。


 アンナは薄く微笑むと、思い出したようにテーブルの上に置いたものを勧めた。全員の前に置かれたカップには、ほかほかと湯気を立てる紅茶が注がれている。テーブルの中央に置かれた木製の皿の上には、薄切りにされた白っぽいクリーム色のチーズのようなものが複数、きれいに並んでいた。


「いただきます」


 ユキト、ジェイク、アリスの三人は、そう口々に言って中央の皿に手を伸ばす。


 それを一口かじると、濃厚な甘みが口内に広がる。やや固めの食感を楽しんでいると、甘みに隠れるようにほのかな酸味を感じる。飲み込んだ直後、ハーブのようなさわやかな香りが鼻に抜けた。


「何これ? うまっ!」


 初めて食べた味に、ユキトは思わず感嘆の声をあげる。


 その直後に、アリスとジェイクも美味しいと顔をほころばせた。


「アンナさん。これって、チーズ……ですよね?」


 瞳を輝かせながらアリスがたずねると、アンナは優しい微笑みでうなずいた。


「うちの羊の生乳で作ったチーズです」


「へえ、羊のチーズねえ。チーズは好きでいろいろ食べてきたけど、これは初めて食べるね」


 と、ジェイク。気に入ったのか、すでに二枚目を手にしている。


「うちの隠れた人気商品なんですよ。でも、どうしても手作りじゃないとこの味がでないので、販売ルートが限られてしまうんですよね。本当は、もっと大勢の方に味わってほしいんですが」


 なかなかそれも難しいのだと、アンナが説明する。


 なるほどと納得しかけたところで、ジェイクはかすかに首をかしげた。


「このチーズを作る時、ハーブか何か入れてたりするのかい?」


「いいえ、入れてません。これは、ショアラという品種の羊の生乳で作ってるんですが、ハーブみたいな香りはショアラ特有のものみたいです」


 アンナがそう言うと、


「ショアラって、高級な服に使われてる、あの……!?」


 と、アリスが驚きの声をあげた。


「知ってるのか?」


 きょとんとしながらユキトがたずねると、


「ショアラの毛で作った服って言ったら、手触りがよくて着心地がめちゃくちゃいいけど、値段が高いからなかなか買えないってことで有名だよ」


 と、アリスは知っていて当然とばかりに告げた。


「たしかに、以前はそう言われてました。でも最近は、ショアラを飼育する畜産業者さんが増えてきて、そこそこ安く提供できるようになったんですよ」


 そう解説するアンナの言葉に、アリスは自分でも買えるかもしれないと、期待に胸を躍らせる。


「それはそうと、アンナさんに聞きたいことがあるんですけど」


 チーズと紅茶を堪能し終えたユキトが、そうアンナに切りだした。


 小首をかしげる彼女に、ユキトはクーレル・アルハイドという男を知らないかとたずねる。


「クーレル・アルハイド、さん? 聞いたことないです。その人がどうかしたんですか?」


「あ、いや……ちょっと探してまして」


 ユキトは苦笑しながら、アンナの疑問にあいまいに返した。


「実はその男、相当な大罪をしでかしたみたいでさ、この子たちが追ってるんだよ」


「ちょっ……! ジェイクさん!?」


 補足説明するジェイクを、ユキトは慌てて止めた。


「いいじゃないか、これくらい。うそじゃないだろ?」


 あっけらかんと告げるジェイクに、そうだけれどとユキトは苦い顔をする。


「あの、そのクーレルさん? という方は、もしかしたらこの辺に……?」


 と、アンナが不安そうにたずねた。


 クーレルが見つかっていない以上、この近くに潜伏している可能性も否定できない。彼女が不安になるのも当然だろう。


「それが、わからないんですよね。目撃情報も全然ないし……。もしかして、もう国外に逃亡してたりするのかな?」


 と、アリスが口を尖らせる。


 そうは言うものの、アリスもユキトも、クーレルがまだ国内にいるとは少しも考えてはいなかった。むしろ、すでに他国に逃亡しているだろうと踏んでいる。数日とはいえ、多くの人に聞き込み調査をしているのだ。ここまで情報がまったくでてこないのは、明らかにおかしい。王城をでてから、街に寄ることなく他国に行ったと考える方が自然だろう。


「あ、そうだ! ちょっと待っててください」


 何を思いついたのか、アンナはそう言ってリビングからでていった。


 ユキトたち三人は、いったいどうしたのだろうと顔を見あわせる。


 数分後、アンナは何かを持って戻ってきた。


「これ、助けていただいたお礼です。何かの役に立つかもしれないから」


 そう言って、彼女が三人の前にさしだしたのは、星くずのようにきらきらと輝く真っ白なローブだった。


「――っ! これ……ショアラのローブですよね!?」


 アリスが驚いたように告げると、アンナはそうだとうなずいた。


 真新しいそれはとてもきれいで、最高品質だろうことが一目でわかる代物だった。


「こんな……こんな高価なもの、受け取れません!」


 アリスが、恐れ多いとばかりに早口で告げるも、アンナはどうしても受け取ってほしいと譲らない。


 多少の押し問答のあと、見ていられないとジェイクが口を挟んだ


「彼女の気持ちなんだ、ありがたく受け取ろうじゃないか」


 その一言でアリスが折れ、ローブは三人の手に渡る。


「それじゃあ、行こうか」


 ユキトの一言で三人が立ちあがると、


「もう帰っちゃうの?」


 と、タルトが名残惜しそうに言った。


「お兄さんたちは、これからお仕事なんだって」


 言い聞かせるようにアンナが言うと、タルトとキルトは不服そうにほほをふくらませる。


「お仕事が終わったら、また遊びにくるから。ね?」


 アリスが彼女たちに視線をあわせて告げると、二人ともかすかにうなずいた。幼いながらも、三人が帰るのはしかたないことだと理解しているのだろう。


 ごちそうさまでしたとアンナに告げると、三人はその場をあとにした。

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