第20話 クーレルの郷里

 時は遡り、ユキトとアリスが手負いの魔物と戦っていた頃、クーレル、アルフレッド、カミーラの三人は、アモードルース王国を訪れていた。クーレルの父、レイドリック・ディンクスを探すためである。


 首都ムルドの街で道行く人に声をかけるが、まともに取りあってももらえない。それどころか、あからさまに避けられることもしばしばだ。


「なあ、クーレルよう。何で、ここに戻ってきちまったかな?」


 と、ため息交じりにアルフレッドがクーレルにたずねた。


 この街は、クーレルが以前、母とともに暮らしていた街なのだ。だが、クーレルが龍人と人間との混血であることを理由に、街の人たちから迫害されてきた。彼をかばい続けた母も、彼同様に迫害を受けた。そんな辛い思い出しかないこの街に、どうして戻ってきたのかと疑問に思うのも無理はない。


「しかたないだろ。あいつを探すためだ」


 と、静かに告げるクーレル。その心の内には、煮えたぎるような怨嗟があるだろうが、涼しげなポーカーフェイスからは読み取れない。


「そうだけどよ、これじゃあ探しようがなくないか?」


 周囲を見回しながら、アルフレッドは疑問を口にした。


 行き交う人々は、三人を避けるようにして歩いている。遠巻きから様子をうかがう者もいるが、アルフレッドが視線を向けた途端にそそくさと立ち去ってしまう始末だ。この様子では、レイドリック捜索の手がかりなど、何一つ聞きだせないだろう。


「あら、力ずくで聞きだせばいいじゃない」


 と、カミーラがこともなげに言う。


 たしかに、力ずくで相手から情報を聞きだすのはかんたんだ。だが、もしそれで、有力な情報が手に入らなかったら確実に無駄骨だろう。それを思うと、アルフレッドはその方法に素直にうなずくことはできなかった。


「無駄骨なものですか。相手は、クーレル様に酷いことをしたのよ。それなのにのうのうと生きてるなんて、万死に値するわ!」


 と、カミーラが声を荒げる。


 彼女はクーレルの大ファンで、彼を崇拝しているのだ。もはや、ある種の宗教である。


「あー、はいはい。お前のクーレル至上主義はわかったから」


 呆れながらも、アルフレッドはそう彼女に返す。


 カミーラのこういった言動は日常茶飯事なので、アルフレッドもクーレルも対処のしかたは心得ているのだ。


「力ずくで聞きだす、か……。フッ、カミーラにしてはいい提案じゃないか」


 二人のやり取りを静観していたクーレルが、珍しく笑みを見せてそう言った。


「ありがとうございます! クーレル様!」


 クーレルからの賛辞に、カミーラは恍惚の表情を浮かべて礼を言う。

 

「クーレル……?」


 何やら不穏な空気を察知したアルフレッドが、いぶかしげに彼の名を呼んだ。


「回りくどいのはやめだ。片っ端からいくぞ」


「……なあ、情報収集するんだよな?」


 確認するようにアルフレッドがたずねると、


「ああ。何も知らない奴には、永久に眠ってもらうがな」


 と、にやりとしながらクーレルが答える。彼の金と深緑色の瞳には、狂気にも似た剣呑な光が宿っていた。


「しゃーねーな。クーレルがそこまで言うなら、いっちょやってやるか!」


 乗り気ではなかったアルフレッドは、ため息をつくと気持ちを切り替えるようにそう言った。


 せっかくやる気になっている彼に、水をさしたくなかったのだ。それに、彼が妖しげな笑みを浮かべている時は、こちらが何か意見を言ったとしても無駄だった。彼の中でどうするかが決まっているようで、聞き入れてもらえないのである。


 そうと決まればと、三人は繁華街を目指して歩きだした。人通りのない道を抜けると、先ほどの人気ひとけのなさがうそのように賑わっている。


 三人は、手あたり次第に通行人を呼び止め、レイドリックのことを聞いて回る。だが、やはりというか、誰一人としてレイドリックの所在について知る者はいなかった。


「……そうか。だったら、死ね」


 クーレルはそう無慈悲に告げて、声をかけた者たちを腰にさしている大きく曲がった細身の刀で、次々と切り捨てていく。


 周囲の者たちは、初めのうちは見て見ぬふりをしていた。厄介ごとに巻き込まれるのは、自分に矛先を向けられるのはごめんだとでも言うように。だが、その無関心も長くは続かなかった。突然の耳をつんざくような女の悲鳴が、雑踏を駆け抜けたのだ。


 その場にいた者すべての視線が、声がした方へと向けられる。その先には、悲鳴をあげる女と横たわる男の姿があった。男は血だまりの中でピクリとも動かず、女はそんな彼を抱きかかえようとしている。おそらく、恋人だったのだろう。そんな二人を見降ろすように、クーレルたちが血にまみれた刀を携えて立っている。彼らの周囲には、斬り殺された人々の亡骸が無造作に転がっていた。


 それを見てしまった者たちは、恐怖に駆られて我先にと逃げだす。どうか自分を標的にしないでくれと、切に願いながら。


 その恐怖は、やがて現場自体を見ていない者たちにも広がっていく。悲鳴は連鎖し、波が引くように人々は逃げ惑う。


「あーあ。これじゃあ、聞き込みにもなりゃしねえ」


 と、落胆したようにつぶやくアルフレッド。だが、言葉に反して、彼の表情は残忍な笑みに彩られていた。


「そんなこと言ってるわりに、ずいぶんと楽しそうじゃない?」


 と、アルフレッドを横目で見ながらカミーラが告げる。彼女もまた、妖艶に口角を引き上げていた。


「そりゃそうさ。これだけ獲物にこと欠かねえ状況なんざ、久しぶりだからな」


 そう答えるアルフレッドの鮮やかな赤紫色の瞳は、獰猛な肉食獣のそれを思わせる。ネイビーブルーの狼の耳はピンと立ち、尻尾も心なしか揺れている。どうやら、言葉以上にこの状況を楽しんでいるようだ。


「なら、存分に暴れてこい」


 この場での情報収集はもう終わりだと、クーレルが二人にそう言った。


 アルフレッドは軽く口笛を吹くと、


「サンキュー、クーレル!」


 と言うや否や、逃げ惑う民衆の波の中へと飛び込んでいった。その手には、いつの間にか愛用のクレセントアックスが握られている。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」


 自分が狩る分も残しておけと言わんばかりに、カミーラがアルフレッドのあとを追って駆けていく。


 そんな二人を見送ったクーレルは、近場にあるバーに入った。


「いらっしゃい」


 マスターのぶっきらぼうな声が響く。バーカウンター内で何やら作業をしているようで、彼はクーレルにまったく気がついていない。


「空いてる席に座ってくれ」


 ほぼ機械的にそう言うマスターに、クーレルはまったく言葉を発しない。それどころか、カウンターを挟んでマスターの正面に立ち、彼をじっと眺めている。まるで、品定めをしているようだ。


「……? どうして、そこに突っ立って――っ!?」


 動かないクーレルの視線と気配に気づいたのか、マスターは顔をあげて彼を認識する。


「クーレル! お前、どうしてここに……?」


 十年ほど前にこの街をでていったはずなのにと、驚きを隠せないマスター。


 それとは対照的に、涼しい顔をしているクーレル。口もとは三日月のように弧を描き、不敵な笑みを浮かべている。


「な、何とか言ったらどうなんだ!?」


 終始無言のクーレルに、マスターは精一杯の虚勢を張って問いただす。


「実は、レイドリック・ディンクスという龍人の男を探してるんだ。何か知らないか?」


 不敵な笑みはそのままに、クーレルがマスターにたずねる。


「レイドリック・ディンクス……? そいつは、いったい何を――っ!」


 クーレルに何をしたのかとたずねようとした瞬間、マスターは声にならない悲鳴をあげた。彼を見るクーレルの瞳に、殺意が見て取れたのだ。


「余計な詮索はしなくていい。知ってるかどうかだけ答えろ」


 否と言わせぬ声音で、クーレルは命じた。


「し、知らない! そんな名前、聞いたこともない!」


 と、早口にまくしたてるマスター。


 早くここから立ち去ってほしいという願望が、彼の表情と声色から透けて見える。


「そうか」


 殺意を消したクーレルはそれだけを言うと、腰の湾曲した刀に手をかける。


 マスターが怯えた声をあげると、クーレルは何を思ったのか刀を抜くことはなかった。

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