第17話 魔物と化したウルゥ

 ジェイクは銃でウルゥに攻撃するも、そのどれもが硬い角で防がれてしまう。ギリギリのところで突進を回避し、自分の後方にいったウルゥに振り返りざま銃を撃った。命中したかと思われた銃弾は、彼の皮膚に弾かれてしまった。


「――っ!?」


「うそだろ!?」


 その光景にジェイクは絶句し、ユキトは信じられないと声をあげる。


「物理攻撃は効かないってわけかい」


 舌打ちをして、ジェイクが言葉を紡ぐ。


「ジェイクさん、そこから離れて!」


 転回するウルゥを見て、ユキトがジェイクに声をかける。


 弾かれたようにジェイクがその場を離れると、ユキトはウルゥに向けて右手を突き出した。


「赤と青。二つの炎よ。交わり喰らえ! 『炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイム』!」


 呪文を唱えると、ユキトの右の手のひらから二匹の龍が出現した。赤と青の炎の龍は、ウルゥへと一直線に向かっていく。その途中、二匹は絡みあい、一匹の大きな紫色の龍に姿を変えた。


 気配を察知したのか、ウルゥは紫色の龍と正面から対峙するように向き直る。短く唸ると、ウルゥは角を突き刺そうとそれに向かって駆け出した。だが、無慈悲にも紫色の龍に飲み込まれた。


 しばらくすると、炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムは霧散しながら消えていく。あとに残ったのは、ほかほかと湯気を立てているウルゥだった。


 よく見ると、皮膚が多少焦げている。しかし、肩で息をしているものの、ウルゥはまだ健在だった。


「丸焼きにしたってのに、まだ生きてるのかい!?」


 信じられないとでも言うように、ジェイクが目を丸くする。


「……またかよ」


 ユキトは、舌打ちをして小さくつぶやいた。


 魔物との初めての戦闘が、脳裏に蘇る。あの時も炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムで攻撃したが、まったく効いていなかった。魔物化すると、火属性に耐性ができるのではとさえ思えてくる。


「ごめん、遅くなって。戦況はどう?」


 静寂が辺りを支配しようとした時、ユキトの背後から声が聞こえた。


 ユキトとジェイクが振り向くと、アリスがやってきたところだった。一緒にいたタルトの姿がないところを見ると、どうやら無事に避難させられたらしい。


「タルトの家族は?」


 単刀直入にユキトがたずねると、


「大丈夫、お母さんも妹ちゃんも無事だよ。今は、あの建物の中に避難してる。タルトちゃんと羊たちも一緒にね」


 と、アリスが告げた。


 その言葉に、ユキトとジェイクは胸をなでおろす。犠牲になったのは、ごく一部の羊だったらしい。


 建物の中に避難しているのであれば、ひとまずは安全だ。それに、ウルゥとの戦闘にも集中できる。


「ねえ、あれがタルトちゃんが言ってた化け物?」


 湯気を立てるウルゥに視線を向けたアリスが、怪訝な表情でたずねた。


「ああ、残念ながらな。たぶん、普通のウルゥなんだろうけど、どういうわけか魔物化してるみたいなんだ」


 ユキトもウルゥに向き直り、アリスにそう説明する。


「皮膚は硬くて、物理攻撃は効かない。おまけに火属性に耐性があるときた。まったく、たしかにあれは化け物だよ」


 ジェイクが、ため息混じりに言う。


「おおかた、クーレル以外の誰かが、面白半分で闇属性魔法でもかけたんじゃねえ?」


 と、ユキト。


 この国の女王であるエルザの魔法が解けてしまった影響で、悪事を企てる輩が闇属性魔法を使えるようになったのではないかと考えたのだ。


 この世界に暮らす人々は、種族に関係なく生まれながらに、火、水、風、土の四属性の魔法を使うことができる。光属性の魔法は教育機関で教わるが、教わった者のうち実際に使うことができるのは、半分くらいのものだろう。そして、闇属性の魔法は、本来ならば邪悪な心を持つ者でなければ扱うことができない。それも、ちょっとしたいたずら心ではなく、犯罪に手を染めようとするほどのどす黒いものである。だが、秩序の均衡が崩れた今、相手へ嫌がらせをしたいというくらいの軽い気持ちでも使えてしまうだろう。


「火属性に耐性があるって、私たちが最初に戦った魔物と同じじゃない!」


 ユキトの脳裏に浮かんだこととまったく同じことを、アリスが驚きとともに口にした。


 ユキトがうなずくと、それならやりようはあるとアリスがにやりとする。


「もしかして、あの時と同じことするって?」


 少し嫌そうにユキトがたずねると、アリスは笑顔で大きくうなずいた。


 あの時とは、ユキトとアリスが協力して初めて魔物を討伐した時のことである。ユキトが水属性の魔法を放ち、直後にアリスが雷属性の魔法を数回放って魔物の息の根を止めた。アリスは、その再現をしようと考えているらしい。


 ユキトは、小さくため息をついた。水属性の魔法は、ユキトにとって慣れていない魔法の一つだ。得意な火属性や風属性よりも、使用後の疲労感がひどい。そのため、あまり使いたくないというのが本音だ。だが、こんな状況では、そんなことも言っていられない。しかたがないと、ため息一つで気持ちを切り替える。


「それで、アリス。どんな作戦でいく?」


「あいつが本格的に動き出す前に、水属性の魔法をぶっ放して。そのあと、私の雷の矢サンダー・アローで感電死させるから」


 と、アリスが端的に告げる。


「それでも生きてたら、俺がとどめ、さすからな!」


 ユキトがそう宣言すると、アリスは呆れたようにうなずいた。


「それじゃあ、あたしは避難してようかね」


 それまでウルゥを気にしつつ、二人のやり取りを見ていたジェイクが言った。ウルゥに銃が効かない以上、足手まといになるのがわかりきっていたからだ。


「なら、できるだけ建物の近くにいてくれ」


 ユキトはそう言うと、ジェイクの返事を待たずにウルゥへと駆けだした。


「ちょっとユキト! 待ちなさいよ!」


 アリスが、慌てて彼のあとを追っていく。


 ようやく動けるようになったのか、ウルゥは二、三度頭を振ると、ユキトたちを見据えて臨戦態勢を取った。


 その瞬間を、ユキトは見逃さなかった。即座に、自身の右手のひらに魔法力を溜める。


「押しつぶせ! 『苛烈な水の衝撃アクア・ストーム』!」


 右前足で地面を蹴るウルゥにあわせて、ユキトが右手を前に突きだして唱えた。


 高圧の水の砲撃が、ウルゥに直撃する。


「アリス!」


 ユキトが叫ぶ。


 アリスはその声を合図に


穿うがて! 『雷の矢サンダー・アロー』!」


 と、一本の雷の矢を放った。


 彼女の渾身の一撃は、高速で空を切りウルゥへと襲いかかる。


 高圧の水の砲撃を正面から受けたウルゥは、二撃目の魔法にも即座に対応できなかった。


 雷の矢サンダー・アローは、なす術もないウルゥの額に深々と突き刺さる。瞬間、電撃が全身へと行き渡り、その体を波立たせた。


「やった!?」


 アリスが、歓喜と疑念の入り混じった声をあげる。


 その直後、ウルゥは低く禍々しい雄叫びをあげた。紫紺しこん色の瞳には、まだ光が宿っていて二人を鋭く睨みつけている。


「うそでしょ!? ヘッドショット決めたのに、まだ生きてるの!?」


 信じられないと驚くアリス。


 そんな彼女とは対照的に、


「やっぱりな」


 と、ユキトが小さくつぶやいた。


 水で濡らしたうえに雷属性の魔法で貫いたのだから、感電死してもおかしくはない。だが、相手がごく普通の動物だったと言えど、魔物と同等の生き物に変質しているのだ。魔物同様、コアを破壊しなければ、息の根を止めることはできないだろう。この場合のコアは、ウルゥのということになる。


 ユキトは左手を右手首に添えて、右の手のひらに力を集中させる。


「真空の三日月よ。切り裂き、奪え! 『岩をも砕く鋭い疾風ニードル・ゲイル』!」


 呪文を唱えて、右腕を下から上へと振りあげた。三日月形の風のやいばが、ウルゥに向かって地面すれすれに飛んでいく。

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