第15話 情報収集と助けを求める少女
「えっ……? 国内に流通してる農作物って、ほとんどここで作ってるの!?」
と、ユキトが目を見開いて驚きの声をあげる。
「もう! ほんっとに、あんたは興味あること以外、すぐ忘れるんだから!」
学園で教わったはずなのにと、アリスが呆れたように言った。
人々は、種族や貧富の差に関係なく、基礎知識を教育機関で学ぶことができる。国によって多少の違いはあれど、教育を受けるのは、おおむね五歳から十三歳までの子どもである。
ここラクトア王国では授業料が無料なので、ほぼすべての国民が自分の子どもを学校に通わせていた。もちろん、ユキトとアリスも例外ではない。二人とも、自宅からほど近い国立の学園に通っていた。その時に、国内で流通している農作物の三分の二が、ノルアーナで生産されていることも勉強したはずなのだ。しかし、ユキトはすっかり忘れてしまっているようだった。
「ジェイクさん。この馬鹿は放っておいて、聞き込みに行きましょ」
アリスがそううながすと、ジェイクは困惑しながら、
「いいのかい?」
とたずねた。
「いいんです。そんなことより、クーレルを探さなきゃ、なので!」
そう言うと、アリスはジェイクの手を引いて商店街の奥へと歩いていく。
「……あ! おい、待てよ!」
二人が少し先を歩いていることに気づいたユキトは、置いていくなと声をあげてあとを追った。
三人がしばらく歩いていくと、焦げ茶色のログハウス風の建物が見えてきた。
「あった、あった。二人とも、あそこで情報収集といこうじゃないか」
そう言って、ジェイクはすたすたとログハウス風の建物へと向かっていった。
ユキトとアリスは顔を見合わせると、すぐさま彼女のあとを追った。
その建物に着くと、ジェイクは迷うことなく焦げ茶色のドアを開けた。ドアベルが鳴ると同時に、いらっしゃいませという店員の声が三人を出迎えた。
「お久しぶりです、マスター」
入ってすぐのところにあるカウンター席に行くと、ジェイクはカウンター内の狼獣人の男に声をかけた。
「久しぶりだな、ジェイク。いつから、こぶつきになったんだ?」
静かに、だが確実に彼女をからかうようにマスターが言った。
「残念ながら、二人はあたしの子じゃないですよ。それに、あたしはまだ独り身だから」
笑いながらそう言って、ジェイクはカウンター席に座った。
ユキトとアリスも、彼女にならって席につく。
「で、今日はいったい何の用だ? 資材の買いつけってわけじゃあねえんだろ?」
マスターが、ユキトとアリスの顔をちらりと見た後、ジェイクにたずねた。
「さすがマスター、察しがいいね。今日は、この子たちの用事でね、ちょっと聞きたいことがあるんですよ」
そう言うとジェイクは、そう言うとジェイクは、とりあえずカフェオレを三人分注文した。
注文を受けると、マスターはサイフォンで丁寧にコーヒーを淹れる。
「ねえ、ジェイクさん。ここって、ジェイクさんのお気に入りのカフェなの?」
と、マスターの様子を見ながらユキトがたずねた。サイフォンやカウンター裏にある数種類のコーヒー豆で、おそらくカフェなのだろうと予測した。それと、先ほどのジェイクとマスターのやり取りで、初対面ではないことがうかがえる。
「たしかに、この雰囲気は気に入ってるけど……。ここにきたのは、お気に入りっていうより、この街に一軒しかないからっていう方が大きいかな」
困ったような笑顔を見せて、ジェイクが答えた。
「何だ、ジェイク。他に店があったら、ここにはこなかったっていうのか?」
と、三人の前にできあがったカフェオレを出しながら、マスターが問いただすように言う。だが、その表情には、いたずらをする子どものような笑顔が浮かんでいた。
「違いますよ、マスター。ここの雰囲気が好きだって、さっき言ったじゃないですか。他に店があったとしても、あたしはここに飲みにきてましたよ」
ジェイクはそう言って、カフェオレに口をつけた。
「うん、美味しい。……あたしは、マスターが淹れるカフェオレが好きなんです。それに、奥さんが作るカクテルも試してみたいし」
「うれしいね。そう言ってもらえると、俺としてもがんばろうって気になるよ」
と、マスターが照れくさそうに告げる。
そんな彼に、ジェイクは優しく微笑んだ。
「あのさ……、いい雰囲気のところ悪いんだけど、ちょっといいかな?」
と、ユキトが申し訳なさそうに二人に告げる。
「悪いね、ユキト。思いのほか盛りあがっちまって」
ジェイクがそう謝ると、別にいいけれどとユキトが苦笑した。
「そう言えば、聞きたいことがあるんだったな?」
マスターの言葉に、ユキトとアリスがうなずく。
「あの、私たち、クーレル・アルハイドっていう男を探してるんですけど、何か知りませんか?」
アリスがたずねるも、マスターは難しい顔をして首をひねる。
「聞いたことねえな。他に特徴は?」
マスターの問いに、ユキトもアリスも首を横に振るしかない。
そんな二人を見て、マスターは軽くため息をついた。
「手がかりが、名前と男だってことぐらいじゃあ、探しだすのは無理なんじゃないか?」
「まあ、誰でもそう思うよな……。でも、俺たちは、絶対に見つけなきゃいけないんだ」
ユキトが、自分に言い聞かせるようにそう告げる。
「そいつは難儀だな。そのクーレルって男、どんな大罪を犯したんだ?」
マスターの純粋な疑問に、三人はあいまいに苦笑せざるを得ない。
「まあ、騎士団に追われるくらいだからね、相当あくどいことをしたんじゃないかい?」
何も言えないユキトとアリスの代わりに、ジェイクがそうフォローする。
「へえ、騎士団にねえ。……って、ジェイク、お前いつから騎士団に鞍替えしたんだ?」
と、マスターが驚いたように言うと、ジェイクは笑いながら否定した。
「違う違う。あたしじゃなくて、この二人が騎士団員なんですよ」
「へえ、この二人が! まだ子どもだろうに、大変な任務を引き受けちまったんだなあ」
「まあね。でも、もとは俺自身がまいた種だし……。それに、騎士団員とはいっても、まだ仮入団って形なんだ」
ユキトが照れくさそうに、そう言葉をつけたした。
「なるほどな……」
と、感心した様子のマスターは、少し待つように言うと何か作り始めた。
ユキトたちが何だろうと不思議に思いながら待っていると、しばらくしてマスターは、三人の前にできたてのワッフルが乗った皿を並べた。
「うわ、うっまそう!」
「いい香り!」
ユキトとアリスが目を輝かせながら口々に言う。
そんな二人とは対照的に、
「ちょっと、マスター! あたし、頼んでないよ?」
と、ジェイクが慌てて言った。
「俺からのサービスだ。未来の騎士たちに乾杯ってな!」
いいから受け取れと、マスターが告げる。
そういうことならと、三人はありがたく受け取ることにした。
ほかほかと湯気を立てるワッフルには、はちみつとベリー系の赤いソースがかけられている。
フォークで一口サイズに切り取り、いただきますとユキトは口に運んだ。ワッフル自体の柔らかな甘みとはちみつの濃厚な甘みが口の中に広がり、ベリー系ソースの甘酸っぱさがあとから追いかけてくる。
「めちゃくちゃ美味い!」
一口食べると、ユキトは満面の笑みで感想を言った。
「美味しい!」
アリスもそう言って、今にもとろけてしまいそうなほど幸せそうな表情をしている。
ジェイクはといえば、彼女も笑みを浮かべながら食べ進めていた。
三人がそんな至福の時をすごしていると、いきなりドアが乱暴に開かれた。店内にいる全員の視線が、一気に入り口へと向けられる。そこには、レモンイエローの髪のかわいらしい少女が、息を切らして立っていた。
誰もがいきなりのことに呆気に取られていると、
「あの……助けてください!」
と、少女が声をあげた。
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