第14話 ノルアーナの街へ
玄関にあがると、正面に廊下がまっすぐ伸びていた。その右側には、ドアが三つ均等に配置されていて、左側には手前と奥にドアがあった。ドアは、どれも玄関と同じココア色をしている。
ジェイクの案内で、ユキトとアリスは左側手前のドアの先へと向かう。そこにはテーブルと四脚のいすがあり、その奥にはキッチンらしき部屋も見える。どうやら、ここはリビングのようだ。
「適当にくつろいでおくれ」
そう言い置くと、ジェイクはリビングからでていった。
取り残されたユキトとアリスは、とりあえず座って待つことにした。
室内にはテーブルといすの他、多少の書物とショーケースがある。そのショーケースの中には、ジェイクのコレクションだろう拳銃が数丁、飾られている。
ユキトがぼんやりとショーケースを見ていると、
「ねえ、ユキト。あのこと、ジェイクさんに話しておいた方がいいよね?」
と、アリスが神妙な面持ちで声をかけた。もちろん氷漬けにされてしまった女王エルザのことである。
「ああ、話しておこうぜ。これから一緒に旅していくんだ、知らない方がまずいだろ」
ユキトは、当然だとばかりに言った。
極秘任務とはいえ、彼女に知らせないまま協力してもらうのは、さすがに気が引ける。それに、知らせておいた方が、後々動きやすくもなるだろう。
「それもそうだね」
得心がいったのか、そううなずいたアリスの表情は明るいものに変わっている。
その直後、
「何が、『それもそうだね』なんだい?」
と、優しくたずねるジェイクの声が聞こえた。
声のした方を向くと、廊下から彼女がやってくるところだった。
「飲み物も出さずに悪かったね」
「いえいえ、お気になさらず。それにしても、どこに行ってたんですか?」
アリスがたずねると、
「あんたたちの寝床を整えてたのさ。あいにく、来客はほとんどないから、ベッドじゃなくて布団だけどね。そこは、勘弁しておくれ」
と、ジェイク。
そのままキッチンに向かおうとする彼女を、ユキトが呼び止めた。
「あのっ! 話があるんだ」
「ん? 話って何だい?」
ジェイクは、立ち止まってそうたずねる。二人の真剣な表情に何かを察したのか、彼女はキッチンに行くのをやめてユキトの向かい側に座った。
ユキトは、これは確認なのだけれどと前置きして、
「ジェイクさん。この先、どんなことがあっても、俺たちと一緒に行動してくれるんだよね?」
と、たずねた。その声音に感情はほとんどなく、ただ真剣な響きだけがあった。
「もちろん、そのつもりさ。でも、いったい何なんだい?」
と、彼女がいぶかしむように片方の眉をあげる。
「俺たちの任務の話なんだ。本当は極秘なんだけど、これから先、ずっと仲間でいてくれるなら、知っておいてほしいことだから」
「なんだ、そんなことかい」
拍子抜けしたとでも言うように、ジェイクはいすの背もたれに体を預ける。
「安心しな。誰かに言いふらすなんて、しやしないよ。これでも、口は堅い方だからね」
そう告げるジェイクに、ユキトとアリスは顔を見あわせて小さくうなずいた。
「さっき、言えなかったことなんだけど……」
ユキトはそう言って、エルザがクーレルの魔法で氷漬けにされてしまったこと、エルザを助けるためにクーレルを探していることを告げた。
「なるほど、そういうことかい。街の空気がいつもと違う気がしてたけど、気のせいじゃなかったようだね」
顔をしかめて、ジェイクがそう言った。
この商店街にきた直後にユキトとアリスが感じた治安の悪さを、どうやら彼女も肌で感じ取っていたようだ。
「さて、と。そうと決まれば、さっさと明日に備えようかね」
ジェイクは明るくそう言って、キッチンへと向かう。
彼女の手料理で、少し早めの夕食を取った三人。順番にシャワーを浴びると、思った以上に疲れていたのか三人とも早々に床についた。
* * * * *
翌日、朝食も早々に、三人は馬車で隣町であるノルアーナに向かっていた。
馬車に乗ることが初めてだったユキトとアリスは、瞳を輝かせながら座席の感触や車窓からの眺めを堪能している。そんな二人を、ジェイクは親のような優しいまなざしで見ていた。
馬車にゆられること約三十分。三人は、無事にノルアーナに到着した。
馬車から降りると、のどかな風景が三人を出迎えた。空気もどこかゆったりしているように感じられる。
「さて、ここからどうするんだい?」
軽く伸びをしているユキトに、ジェイクが声をかけた。クーレルを探すとは言え、具体的な方法は示されていない。彼女としては、どこから探すのか気になったのだろう。
「どうするも何も、聞き込み調査しかないっしょ!」
ジェイクに向き直ったユキトは、当然だとばかりにそう告げた。
「そうは言っても、闇雲に聞くわけにはいかないだろ?」
呆れたように小さくため息をついて、ジェイクはそう言った。
「それもそっか……」
つぶやいたユキトの白いうさぎ耳は、へたりと力なく垂れてしまった。
「しょぼくれてる場合じゃないでしょ? こういう時は、酒場か食べ物屋さんで情報収集って決まってるのよ」
ですよね? と、アリスがジェイクに同意を求めた。
「よく知ってるね、その通りだよ。ひとまず、この街で一番、人が集まりそうな場所を探そうじゃないか」
ジェイクの提案に、アリスは得意気に胸を張り、ユキトはうさぎ耳を立たせて目を輝かせる。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
と、ユキトは高らかに言って歩きだした。その後ろを、苦笑しながらアリスとジェイクがついていく。
馬車の発着場から数分ほど歩くと、商店街に着いた。個人経営なのだろう小さな商店が軒をつらねている。まだ朝だというのに、多くの人が行き交い活気づいていた。
「うわー! 結構、にぎわってる!」
商店街を歩きながら、ユキトが思わずそんな感想をもらすと、アリスが同意するようにうなずいた。
二人とも、これまで生まれ育ったラクトールの街から出たことがなかった。まだ子どもということもあり、行動範囲が限られていたのだ。そんなこともあってか、ノルアーナの街は二人にとって見るものすべてが新鮮なものだった。
「ここは農場が多いからね、みんな朝早くから活動してるんだよ」
と、二人の後ろを歩きながら、ジェイクが説明する。
「ジェイクさん、詳しいんですね」
アリスが羨望のまなざしでそう言うと、
「昔、帽子の材料を調達しにきたことがあってね。その時に、いろいろと教えてもらったのさ」
と、ジェイクが当時を思い返すように告げた。
ジェイクが営んでいる帽子屋ミスティンド・ハットの商品は、すべて彼女の手作りである。作成だけでなく、帽子のデザインから材料の調達まで一人で行っているのだ。以前、客の一人に誰か雇えばいいのにと言われたことがあるが、どうしても首を縦には振らなかった。彼女なりのこだわりというか、譲れない部分なのだろう。もしかしたら、職人気質の師を持った影響なのかもしれない。
「どんなこと教えてもらったの?」
ユキトが、振り向いて無邪気にたずねた。
「ええと、たしか……」
記憶を探るように思案するジェイク。
しばらくすると彼女は、ノルアーナが農業の街であること、この国に流通している農作物の約三分の二がこの街で作られていること、その品質は世界トップクラスであること、他の仕事と比べて重労働になるため獣人が多く暮らしていることなどを話した。
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