第13話 今後の予定

「これ、ありがとうございました」


 と、礼を言って銃をジェイクに返すユキト。その声音は、先ほどとは打って変わって柔らかなものになっていた。


「どういたしまして。……あんたにそう言われちゃあ、あたしは何も言えなくなっちまうよ」


 銃を受け取りながら、ジェイクはため息とともにそう言った。


「それで、これからどうするんだい?」


「私とユキトは、ノルアーナ経由でカロア王国に行く予定です。そのあとは、時計回りに各国を回ろうかと」


 アリスが、ジェイクの問いに答える。


「けっこうな長旅になりそうだね」


「そうですね。でも、たとえ何年かかろうと、クーレル・アルハイドだけは探しださないといけないんです。見つけたら、殴り倒さないと気がすまない!」


 と、アリスは握りこぶしを作りながら言った。彼女の青い瞳には、怒りの炎が燃えている。


「だいぶ、私怨が入ってるみたいね。その男に何かされたのかしら……?」


 アリスの様子に、ララが疑問を口にする。


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」


 ユキトがフォローしようにも、苦笑しながら言いよどむしかない。


 二人がクーレルを探している本当の理由は、この国の王であるエルザが彼に氷漬けにされてしまったからだ。アリスはエルザの大ファンで、『エルザ様のいない世界なんてありえない!』とまで言い切るほど信仰している。しかし、二人が請け負ったのは極秘任務である。その事実が公開されていない以上、アリスがクーレルを憎む理由を言えるはずがなかった。


「何か事情がありそうだけど、無理には聞かないよ。あんたたちを困らせたくはないからね」


 そうジェイクが告げると、ユキトはホッとして礼を言った。


「それよりあんたたち、宿は取ってあるのかい?」


 ジェイクがたずねると、ユキトとアリスはきょとんとした表情で彼女を見る。


 二人の表情で察しがついたジェイクは、苦笑しながら窓の外を指さした。それに誘われるように窓の外を見ると、空はオレンジ色に染まり、いつの間にか夜の訪れが近づいていた。


「あ……」


「しまった! 宿のこと、すっかり忘れてた!」


 宿の存在をすっかり忘れていたアリスとユキト。二人とも、今日中に街から離れることを想定していたようで、宿を取ることを考えていなかった。夜になったら野宿すればいいやという、甘い考えがあったのだろう。


「まったく、しかたないねえ。今日は、あたしの家に泊まりな」


「え、でも……」


 これ以上は迷惑になるのではと考え、ユキトとアリスは顔を見あわせる。


「明日から、あたしがあんたたちと一緒に行動すれば、迷惑になるかもなんて考えなくてよくなるだろ?」


「それって、もしかして……!」


 期待半分でユキトがそう言うと、


「もしかしなくても、あんたたちの旅に同行するよ。この先、子どもだけじゃ大変なことがあるかもしれないからね」


 と、ジェイク。


 彼女の言葉に、ユキトはうさぎ耳をピンと立たせて、


「やったー!」


 と、幼い子どものように喜んだ。


「でも、お店の方はいいんですか?」


 アリスが申し訳なさそうにたずねると、


「いいんだよ。客なんて、たいしてやってこないんだから」


 と、豪快に笑いながらジェイクが告げた。


「そういうことなら、今夜のこともあわせてお願いします」


 頭を下げるアリスに、ジェイクは任されたと笑顔でうなずいた。


「ララも泊まっていくかい?」


 ジェイクの申し出に、ララは首を横に振った。


「うちは、家に帰ります」


 これ以上、世話になるのは申し訳ないから、と。


「ララの家って、この辺なの?」


 ユキトがたずねる。もし、ここから遠いのであれば、送っていこうと思ったのだ。


「ううん、もうちょっと南寄りなの。でも、魔物はもういないんでしょ?」


 ララが小首をかしげてたずねると、ユキトはもちろんと、力強くうなずいた。


「なら、大丈夫。一人でも帰れます」


 笑顔でそう告げるララ。しかし、その笑顔には、決してゆずらないという強い思いが見えた。


「それじゃあ、この辺でお開きとしようじゃないか」


 軽く苦笑しながら、ジェイクがそう告げる。


 その言葉に、ユキトはテーブルの上に視線を落とす。自分の前のカップだけでなく、アリスとララの前に置かれている皿も空になっている。二人とも食べ終わっていたようだ。


「会計してくるから、先に行っててもらえるかい?」


 ジェイクが言うと、三人はうなずいて席を立った。


 一行が出入口の方へと歩いて行くと、


「もうお帰りですか?」


 と、ウエイトレスが声をかけてきた。


「ああ、外も暗くなってきたからね。ごちそうさま」


 そう言って、ジェイクが財布を取りだすと、ウエイトレスが笑顔で礼を言いながら対応する。


 そんな二人を横目に、ユキト、アリス、ララの三人はごちそうさまでしたと口々に言って店をでた。


 外の空気は、思った以上に冷たく感じた。温かい飲み物とほどよく管理された店内の温度に、体が暖められていたからだろう。


 三人が店先でジェイクを待っていると、


「わあ、きれいな夕焼け!」


 空を見ていたララが、感嘆の声をあげる。


 その声に、ユキトとアリスも顔をあげた。空は、先ほど店内から見た時よりも濃いオレンジ色をしている。


「ほんと、きれい……」


 と、思わずアリスも口にしていた。


(たしかに、きれいな夕焼けだな。明日も晴れるといいな)


 口には出さずとも同じような感想を持ったユキトは、気持ちを切り替えるように大きく伸びをした。


 その瞬間、背後から扉が開く気配とドアベルの音が聞こえた。


 三人が同時に振り向くと、


「待たせたね」


 と、ジェイクが現れた。その背後から、ありがとうございましたとの声も聞こえる。


「ジェイクさん。今日は、本当にありがとうございました。それと、ごちそうさまでした」


 ララが改めて礼を言う。


「いいって、いいって。それより、本当に一人で大丈夫かい?」


 ジェイクがたずねると、ララは力強くうなずいた。


「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」


「はい、それでは」


 そう言って、ララは三人に背を向けた。


 彼女の姿が小さくなるまで見送ると、


「さてと、あたしたちも行こうか」


 と、ジェイクが二人をうながす。


 二人はうなずいて、ジェイクとともにその場をあとにした。


 商店街を東に向かい、先ほど魔物との戦闘があった広場を抜ける。すると、商店の数は徐々に少なくなり、景色は住宅街へと移り変わっていく。


 そんな中、他の住宅に紛れるように黒を基調とした外観の建物が見えてきた。近づいてみると、それは二階建てで軒先に木製の看板がかけられている。その看板には、中折れ帽のイラストとミスティンド・ハットという文字が書かれていた。


 この店に初めて訪れたユキトとアリスは、ショーウインドウに飾られている多数の帽子を目を輝かせて眺めている。


「二人とも、こっちだよ」


 ジェイクにうながされて、二人は名残惜しそうにショーウインドウから離れた。彼女について店の横に行くと、階段が外観を損ねないように備えつけられている。


 階段をあがると、ごく一般的な住宅の玄関があった。壁の黒にあうようにだろう、ドアはココア色に塗られている。


「ここが、あたしの家さ」


 ジェイクはそう言うと、ドアを開けて二人に入るように告げる。


「お、お邪魔します」


 緊張気味に言って、二人は玄関に足を踏み入れた。


 外観とはちがい、室内の壁は乳白色で統一されていてとても明るい。柱の色がドアと同じココア色なので、おしゃれな印象を受ける。

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