第12話 ささやかなお茶会

 メニューを見ながら、会話に花を咲かせるアリスとララを横目に、


(全部食ったら、確実に太るだろ)


 と、ユキトは内心でツッコミを入れる。


 もちろん、声に出すヘマは犯さない。そんなことをしたら、アリスだけでなく、ララとジェイクをも敵に回してしまうだろう。さすがに、それだけは避けたい。


 ちらりとジェイクの様子をうかがうと、穏やかな微笑みを浮かべている。


「おや、少年はもう決まったのかい?」


 ユキトの視線に気づいたのか、ジェイクはそう優しくたずねた。


「あ、いや……えっと……」


 なんとなく、まだ決まっていないと言いにくかったユキトは、そう言いよどんでからロイヤルミルクティーにすると告げた。


「それだけでいいのかい?」


 他にはないのかとたずねるジェイクに、ユキトはないとうなずいた。甘いものが欲しいという気持ちもなくはないが、アリスとララの会話を聞いているだけで、甘いものはもういいやという気分になってしまったのだ。


「えっ!? ユキト、もう決まったの? 早くない?」


「ジェイクさん、ごめんなさい。うちらも早く決めますね」


 と、アリスとララがメニューを見ながら焦って告げる。


「いいよ、ゆっくり決めな」


 と、ジェイクは相変わらず笑みを浮かべていた。


 それからしばらくして、アリスはチョコレートマフィンとアッサムティーを、ララはシフォンケーキとカフェモカをそれぞれ注文することに決めた。


 ジェイクがウエイトレスを呼んで、三人の希望の品と自分用にはちみつコーヒーを注文した。


「あれ? ジェイクさん、いつものはいいんですか?」


 と、ウエイトレスが不思議そうに問う。


「ああ。今日は、この子たちにね」


 そう言って、ジェイクは三人の方へちらりと視線を向ける。


「そうですか、わかりました。それでは、少々お待ちください」


 にこやかに言って、ウエイトレスは調理場へと向かった。


「ジェイクさん。いつものって?」


 と、ユキトが小首をかしげて疑問を口にした。先ほどの彼女とウエイトレスの会話が気になったのだ。


「チーズケーキだよ。あたしがいつも頼むメニューさ」


「いつもって……ジェイクさん、ここに何度もきてるんですか?」


 ジェイクの答えにアリスが訊くと、彼女はそうだとうなずいた。


「ここは、あたしのお気に入りでね。よく利用させてもらってるのさ。いつもチーズケーキとはちみつコーヒーを頼むから、それで覚えられてるんだろうね」


 何でもないことのように、ジェイクは告げる。


「そこまで通えるなんてすごい……」


 と、感嘆するようにララがつぶやいた。


 そうこうしているうちに、注文した品々が運ばれる。


「ごゆっくりどうそ」


 すべて運び終えたウエイトレスは、そう言って離れていった。


 四人の目の前に置かれた品々は、どれも美味しそうだった。白とベビーピンクのチェック柄のテーブルクロスに白地の食器が相まって、この空間のかわいさを引き立たせている。


 四人はほぼ同時にいただきますと言って、注文したメニューに口をつけた。


 ユキトが頼んだロイヤルミルクティーは、濃厚なのにあっさりしていて飲みやすい。ミルクのコクが口内に広がったあとに、紅茶の華やかな香りが鼻に抜けていく。


「めちゃうま! こんなうまいの初めて飲んだ……」


 うさぎ耳をピンと立たせて、ユキトは正直な感想を口にする。その表情は、とろけそうなほどの笑顔だった。


「んー! チョコレートマフィン、美味しいー!」


 と、幸せそうな表情を浮かべるアリス。


「このカフェモカ、ちょうどいい甘さで好き」


 ララも満面の笑みでそうつぶやいた。


 三人の幸せそうな表情を見て、ジェイクは満足そうな表情を浮かべる。


「そう言えば、それなりの収入はあるって言ってたけど、ジェイクさんって普段、何してるの?」


 ロイヤルミルクティーに舌鼓を打っていたユキトが、ジェイクにたずねた。


 たしかにそれは気になると、アリスとララも彼女に視線を向ける。


「しがない帽子屋だよ」


 ジェイクは肩をすくめると、そう言ってコーヒーを飲んだ。


 彼女の口調が、どこかそっけなく聞こえたのは気のせいだろうか。


「ここら辺で帽子屋さんって言うと……ミスティンド・ハットとフェアリーズハットがあるけど……。ジェイクさんのお店は、ミスティンド・ハットの方じゃないですか?」


 と、ララが自信ありげにジェイクに問う。


「ヒントなしで、よくわかったね」


 ララの言う通りだと、ジェイクが驚きの声をあげる。


「情報を集めるのは、うちの得意分野ですから」


 わずかに胸を張って言うララ。山吹色の尻尾がピンと立っているのが、彼女の肩越しに見えた。得意なことを褒められてうれしいのだろう。


「でも、帽子屋なのに、何で銃……?」


 と、ユキトが首をかしげる。


 本職でもないのに、どうして銃さばきが上手いのかと疑問に思うのは、当然のことだろう。


「銃が好きでね、いろんな国の銃を集めるのがあたしの趣味なのさ。とくにこいつは、その中でもお気に入りの一品でね。試し撃ちした瞬間から、あたしの相棒にしようと決めたのさ」


 そう言って、ジェイクは先ほど魔物との戦闘で使用した銃をテーブルの上に置いた。


 その見た目は、ごく普通の拳銃である。少し輝きを感じる明るい灰色をした銃身とフレームは、使用感はあっても大きな傷はほとんどない。メンテナンスも念入りにしているのだろう、彼女がとても大切にしていることがうかがえる。焦げ茶色のグリップは、木目調で落ち着いた印象がある。その中央には、クローバーのレリーフが刻まれていて、この銃の特徴なのだろうと思えた。


「うわ、すげーっ! ねねっ、貸してもらっていい?」


 ユキトが興奮してそう早口に告げると、とがめるようにアリスが肘で小突いた。


 二人のそんな様子に、ジェイクは笑いながら承諾した。弾丸を抜いて、銃をユキトの前に置く。


「やったー! ありがとう!」


 と、喜々として銃を受け取るユキト。まるで、新しいおもちゃを手にした子どものように目を輝かせている。


「まったく……。すみません、大事なものなのに」


 と、まるでユキトの母親かのように、アリスが謝罪した。


「いや、いいよ。あたしも、初めて銃を見た時に同じようなことしてたから。それより、あんたたちはどうして、あの場所であれとやりあってたんだい?」


 今度は、ジェイクがアリスにたずねる。


 アリスは紅茶を一口飲むと、自分とユキトが仮ではあるが騎士団に所属していること、クーレル・アルハイドを探していること、その途中で魔物に襲われそうになっていたララを見つけたことを話した。


「なるほどね、それであの広場にいたってわけかい」


「ジェイクさん、クーレル・アルハイドって名前の男、知りませんか?」


 アリスがたずねると、


「クーレル・アルハイド……。得意先には、そんな名前の奴はいなかった気がするね」


 と、ジェイクが思案してから言った。


「そうですか……。ララは知ってる?」


 アリスがララにたずねるも、彼女も知らないようで首を横に振るだけだった。


「その他に、手がかりはないのかい?」


「その他には何も……」


 ジェイクの問いに、アリスは沈んだ表情でそう言うしかない。


「それじゃあ、探しだすのは至難の業じゃないか! まったく、騎士団の上の連中は、何を考えてるんだか!」


 こんな子どもに命じる指令ではないと、ジェイクは憤る。


「たしかにそうかも知れないけど、これは俺がまいた種だから」


 騎士団上層部のせいではないと、それまで銃に夢中になっていたユキトが告げた。静かな声音だが、反論を許さない響きがある。

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