第6話 ロードハルト強襲

 魔物襲撃の一報が、ユキトたちのいるラクトア城の食堂にもたらされる頃。


 小高い丘の上に建つ漆黒の城、ロードハルト城。その城門前に、クーレル・アルハイドはいた。仲間のアルフレッド・ノーブルとカミーラ・ウィルコンフィーも一緒である。


 ラクトア王国に魔物を放ったあと、彼らは空の扉バビロン・ゲートでこの世界唯一の島国であるロードハルト公国にきたのである。


 クーレルは、城の上階を見あげた。ここにがいるはずだと、そう信じて。


「行くぞ」


 仲間を振り返ることなく告げて、クーレルは城門をくぐろうと近づく。アルフレッドとカミーラも彼に続いた。


「何者だ?」


 と、槍をたずさえた門番の衛兵が、三人の行く手を阻む。


 クーレルは、彼らを横目で見やる。


 長身の彼らは、細身でありながら、しっかり鍛えていることがわかるくらいの筋肉を備えていた。おまけに、ドラゴンの翼と尻尾を持っている。


「……龍人、か」


 ぽつりとつぶやいたその言葉に、門番たちは敵意をあらわにした。


 龍人は、獣人と同様に耳がよく、人間なら聞き逃してしまうほどの小さな音でも聞こえるのだ。


「ここに何用かと聞いている!」


 いっこうに名乗らないクーレルたちに、門番の一人が強い口調で告げた。


 だが、クーレルはそんな門番の態度を鼻で笑い、冷ややかな視線を向ける。


「お、お前……!」


 と、クーレルの顔を――目を見た門番が驚きの声をあげる。


 彼の瞳の色は深緑色と金色。いわゆるオッドアイだ。オッドアイを持つ者は、片親が獣人か龍人かの違いはあれど、総じて人間との混血児である。混血児は、半端者のレッテルを貼られてさげすまれている。


 特に龍人は、他の種族よりもプライドが高いため、混血児をみ嫌っているのだ。


 そんな忌み嫌われている半端者が、王の住まう城にせ参じるなど想像もつかなかったのだろう。門番たちは、三人の動きを警戒するように臨戦態勢を取った。


 クーレルは、門番たちの行動に興ざめしたとばかりに鼻を鳴らす。直後、手のひらから紫色の炎を彼らに向けて放った。


「――っ!? ぎゃあああああああああ!」


 それは、無抵抗の門番たちに直撃した。一瞬にして燃え広がり、彼らを包み込む。悲痛な叫びが辺りに響いた。


 もだえ苦しむ彼らを一瞥いちべつすると、クーレル一行は門をくぐり城内へと向かった。


 重厚な扉を開けると、大勢の龍人の兵士が武器を持って待ち構えていた。門番の絶叫を聞いて駆けつけたらしい。


 クーレルが、城内に一歩足を踏み入れると、兵士たちが問答無用で襲いかかる。


「フン、雑魚どもが」


 あざけるようにつぶやいて、クーレルは右手のひらを相手に向けて前に突きだした。


「――燃やし尽くせ。『黒炎球ダーク・フレア』」


 と、呪文を唱えて突きだした手を左から右へと滑らせていく。すると、彼の手のひらから複数の紫色の炎が放たれた。


 それは、先ほど門番を包み燃やしたものと同じ魔法である。


 ある者はそれを斬り伏せ、またある者はぎりぎりのところで避ける。だが、避けることも斬り伏せることもできなかった者は、当然のことながら紫炎の餌食になった。


 肉の焼ける臭い、辺りに響く絶叫。一度見たらトラウマになるだろう光景だが、兵士たちはそれに臆することなく向かってきた。


 彼らの殺意を一身に受けるも、クーレルの表情は変わらない。薄っすらと笑みを浮かべてさえいる。


「死ね!」


 と、兵士たちが斬りかかろうとした瞬間、低い音を立てて何かが彼らの前を高速で横切った。


 直後、最前列にいた兵士たちは、腹から上下に斬り裂かれた。またたく間に血溜まりができ、その中に肉塊と化した彼らが倒れた。


 わずか数秒の出来事に、生き残っている兵士たちがどよめく。


「なんだ、もう終わりかよ?」


 と、つまらなそうにネイビーブルーの狼の耳と尻尾を持った男が言った。アルフレッドである。いつの間にか、クーレルを守るように前にでていた。


 アルフレッドが、肩に担ぐようにして持っているクレセントアックスのやいばは、真新しい血で濡れている。先ほど兵士たちを血の海に沈めたのは、彼の武器で間違いない。


 白兵戦では分が悪いと思ったのか、兵士たちは一様に魔法での攻撃に切り替えようと詠唱を始める。


「ふふっ、遅い! 数多あまたの氷よ、鋭いやいばの雨となれ! 『氷刃乱舞ダイヤモンド・ダスト』!」


 多くの兵士が呪文を詠唱している最中、カミーラが小悪魔的な笑顔で呪文を唱える。

 

 多数の鋭くとがった小さな氷の刃が現れ、兵士たちに襲いかかった。それは、小さいながらも殺傷能力が高い。当たりどころが悪ければ、一撃で死亡することもあるのだ。

 

 多くの兵士は、呪文詠唱中のため無防備である。なす術なく、彼らは氷刃乱舞ダイヤモンド・ダストを受けるしかなかった。


 鋭い氷の雨に貫かれ、悲鳴をあげる兵士たち。多くはその場で膝を折るが、衰えぬ闘争心のままに武器を取る者も中にはいた。


 自分を奮い立たせるために雄叫びをあげて、正面から斬りかかる。だが、一太刀も浴びせることなく、アルフレッドに斬り伏せられていく。


 二十分もしないうちに、城のエントランスを埋め尽くしていた龍人の兵士たちはしかばねの山となっていた。中には、ただの肉塊と化した者もいる。


 先ほどまで騒然としていたエントランスは、今や水を打ったように静まり返っている。大理石が敷き詰められたきれいな床は、血の海に沈み見る影もない。そんな死臭と血の臭いが漂う空間を、クーレル一行は悠然と歩いていく。


 上階へと進んでいく中、道を阻む兵士はもちろん、無抵抗の使用人までをも手にかける。悲鳴、絶叫、断末魔……。恐怖を集約したような声が、城内に絶え間なく響く。だが、探している人物は見つからない。


 ようやく城内に静寂が訪れた時、クーレル一行は城の最上階に到着した。この階には、この国を治める大公の私室と謁見えっけんの間のみがある。


 階段に近い扉を、クーレルはノックもせずに開けた。


 そこは大公の私室なのだろう、多数の書物が並んだ本棚と立派な机といすが置かれている。その机の前に、こちらに背を向けて座っているラズベリー色の髪の龍人がいた。この国の長、エドワード・ディンクス大公である。きれいな装飾がほどこされている木製のいすからは、髪と同色の翼と尻尾が顔をのぞかせている。


 彼は、何やら書類仕事をしているらしい。一定のスピードでペンを走らせる音が聞こえる。


「何事だ? いかなる時でもノックはしろと、いつも言っているだろう」


 と、エドワードはそのままの姿勢でそう告げた。


 階下の騒ぎが聞こえていなかったのか、それともそんなことは日常茶飯なのか。どちらにしても、のんきなことに変わりはない。


 クーレルたちが何も言わないでいると、不審に思ったのかゆっくりと振り返った。


「……何者だ?」


 警戒しながらたずねるエドワード。そのアクアマリンの瞳は、不審な行動をしたら容赦はしないとでも言っているかのようだった。


 クーレルは、その鋭い眼光にも動じることなく微笑を浮かべて、


「あんたが、エドワード・ディンクスで間違いないな?」


 と、質問に質問で返した。


「そうだが、貴様たちは何者だ?」


 いらだちをにじませながら、エドワードがもう一度問う。


「初めまして、かな? 伯父上」


 質問には答えず、クーレルは微笑みながらそう告げた。

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