第5話 ユキトとアリス、旅に出る

 窓はなく、テーブルといすだけの殺風景な部屋、取調室。その入り口付近でアリスが見守る中、室内はピンと張りつめた静寂で満たされている。


「ユキト。どうして自分がここに呼ばれたのか、わかってるよね?」


 静かに問いかけるクロトに、ユキトは恐怖を覚える。


「……はい」


 のどがつかえ、それだけしか言えない。


(やばい! 兄貴、マジで怒ってる。どうしよう……)


 ユキトは内心、とても焦っていた。


 クロトは昔から、怒るととても冷静になる。普段から冷静沈着ではあるが、怒った時は普段よりも冷たい物言いになるのだ。


 こうなってしまったら、クロトの怒りが冷めるまで待つしかない。なだめようにも、怒りの原因がユキト自身にあるのだから、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。


「あの時、どうして勝手に飛び出した?」


 尋問じんもんのように問われ、言葉にきゅうする。実際、頭で考えるよりも先に体が動いた。だから、どうしてと聞かれても、明確な答えは返せない。


 ユキトが目を伏せて黙りこくっていると、クロトは一つため息をついた。


「どうせ、『魔物が暴れてる』、『南側の商店街』って言葉を聞いて体が反応したんだろう? そういうところ、昔から変わらないな」


 普段と同じ声音で告げる兄の声に、ユキトはそろりと顔をあげる。けれど、期待に反して、クロトの空色の瞳は冷酷な光をたたえていた。


「でも、ユキトの行動は、ほめられるものじゃない。それはわかるよね?」


 さとしているはずなのに、クロトの声はとても冷たい。


「……はい」


 と、ユキトは小声で答えて視線を落とす。同時に、白いうさぎ耳も力なく垂れていく。迷惑をかけたことは自覚している。


「一歩間違えれば、魔物に殺されてたかもしれない。それは、『勇敢』じゃなくて『自殺行為』だ。自分の命を粗末にするような奴は、この騎士団にはいらない。自分の身を守れなければ、他人を助けることなんてできないからね」


 クロトにそうきっぱりと告げられ、ユキトは無意識に拳を強く握る。テーブルを映す視界が、次第に涙でにじんでいった。涙をこらえるようにきつく唇を噛む。


 悔しかった。怒られたことに関してではない。クリスを助けた自分はいらないと、そう言われた気がしたのだ。弁解したかったが、感情がうまく言葉にならず声にだすことさえできなかった。


「おいおい、そこまで言うことねえんじゃねえか?」


 重苦しい沈黙が室内を支配する中、ユキトをフォローするような声が聞こえた。


 クロト、ユキト、アリスの三人が、声をした方――この部屋唯一の扉の方を振り返る。そこには、がたいのいい長身の男が立っていた。クロトと同じ軍服姿ではあるが、首もとのボタンをはずして少しラフな着こなしをしている。このラクトア騎士団の団長、ブライト・キールである。


「団長。ユキトは、騎士を志望してるんです。それなのに、勝手な行動をしてしまった。騎士になる前にそれを咎めておかなければ、困るのは彼自身であり、僕たち騎士団なんですよ」


 だから、少々きつい言葉を使っているのだとクロトが告げる。


「それはそうだけどな、こいつらの功績を認めてやってもいいんじゃねえか?」


「功績……ですか?」


「ああ。南側の魔物を討伐したのは、この二人らしい。な?」


 と、ブライトは隣にいるアリスに確認する。どうやら、部下から報告を聞いたらしい。


「はい。ユキトが先に魔物と戦っていたおかげで、突破口を見つけることができました」


 やや緊張した面持ちで、アリスがそう答える。


「たしかに、それはすごいことではありますが、しかし……」


 と、苦い顔で言いよどむクロト。


 クロトとて、弟とその幼なじみが魔物を倒した事実を喜んでいないわけではない。むしろ、ほめて甘やかしたいとさえ思っている。だが、あまりにも危険すぎる行動に手放しで喜べないのも、また事実だった。


「……しゃあねえな、まったく」


 ブライトはそう言って頭をかくと、


「ユキト・モーリス、アリス・イルフィート。現時刻をもって、両名のラクトア王国騎士団への仮入団を許可する!」


 そう宣告した。


 これには、クロトだけでなくユキトとアリスも驚きの声をあげた。


「ち、ちょっと団長! いきなり何言ってるんですか!?」


 クロトが抗議するも、ブライトはおどけた風を装って、


「んー? こいつらの功績に見合うものを用意しただけだぜ? あ、これ、団長命令だから」


 よろしく、と笑顔でのたまう。


 団長にそう言われてしまえば、いち団員であるクロトにはもう何も言い返せない。呆れたように、大きなため息をつくしかなかった。


「あの……それって、本当ですか?」


 いまいち実感がわかないのか、ユキトはおずおずとブライトにたずねた。


「ああ、もちろん! まあ、まだ仮だけどな」


 ブライトがそう答えると、


「どうしたら正式に入団できるんですか?」


 と、アリスが青い瞳を輝かせてブライトに詰め寄る。


 彼女の期待に満ちた表情と圧力に、ブライトは少々気圧されてしまった。


「とりあえず落ち着け」


 ブライトは苦笑しながらそう言って、アリスをなだめる。


 彼女は、素直に一歩引いて団長の言葉を待つことにした。


 ざわついた空気が落ち着いたところで、ブライトはそれまで浮かべていた笑みを消した。


「エルザ様が襲撃された」


 静かに告げられたその事実に、ユキト、クロト、アリスの三人は衝撃を隠すことができなかった。


「……誰にですか?」


 怒りを抑えるように、アリスがやや低い声でたずねる。


「クーレル・アルハイドという男だ。自分でそう名乗ったらしい。そいつによって、エルザ様は氷漬けにされてしまったんだ」


 火属性の魔法で助け出そうとしてもだめだったと、悔しさをにじませるブライト。


「そこで、だ。ユキト、アリス。お前たち二人に、このクーレル・アルハイドという男の捜索を頼みたい。頼まれもしないのに、魔物を討伐したんだ。やらないとは言わないよな?」


 挑発するようにブライトが告げると、


「もちろんやります!」


 と、ユキトとアリスは声をそろえて答えた。


「エルザ様にやいばを向けた罪、思い知らせてやる!」


 アリスが、怒りに任せてそう宣言する。推しを攻撃されたのだ、腹が立つのは当然だろう。


「そうそう、この任務を遂行できたら、お前たちの入団を正式に認めてやるよ」


 と、ブライトがそんなことをつけ加える。


「本当ですか!?」


 三人がほぼ同時に声をあげた。ユキトとアリスは期待をこめて、クロトは驚きと疑念を抱いて。


「ああ。ただし、失敗したら永久に入団できない。試験も受けさせない。それでもやるか?」


 もしかしたら死ぬかもしれない。その覚悟はあるのかと言外に問う。


 だが、ユキトもアリスも意思は固いようで。


「やらせてください!」


 迷うことなくそう告げた。


 二人の赤と青の瞳に強固な決意を見たブライトは、少し待っていろと言うと部屋をでていった。


 しばらくして戻ってくると、二本の軍刀を手にしていた。黒鞘に納められたそれは、騎士団が正式に採用しているサーベルである。鞘の黒と柄の金が、ある種の気品をかもしだしている。くすみや傷がないことを見ると、どうやら新品らしい。


「仮とはいえ騎士団に所属したんだ、持っていけ。あと、これもな」


 ブライトは、支度金の入った革袋とともに二人にさしだす。


 サーベルは通常、入団試験合格者に入団した証として支給されるものだ。今回は特例ということなのだろう。


 ユキトとアリスは、礼を言ってそれを受け取る。必ず戻ってくると誓いを立てて、取調室をあとにした。

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