第4話 ラクトア城へ

穿うがて! 『雷の矢サンダー・アロー』!」


 アリスが呪文を唱えて、雷の矢をっていく。一矢、二矢、三矢……と。それは、的確に魔物の四肢と尻尾を貫いていった。


 その度に、魔物が悲鳴をあげる。ユキトが放った水属性魔法の直撃を受けたあとだけに、雷の矢サンダー・アローの効果が普段よりも高い。魔物は感電して、その場に縫いつけられるように動きを止めるしかなかった。


「これでラスト! 穿うがて! 『雷の矢サンダー・アロー』!」


 と、アリスが渾身の一矢を魔物の顔面に向けて放った。


 魔物は、やめろと言わんばかりに首を振る。しかし、アリスが放った矢は、無情にもそれの額にある目を貫いた。


 一瞬、時が止まる。ユキトもアリスも、息をひそめて眼前の生物を見つめる。


 辺りを静寂が支配しようとした時、魔物が絶叫した。それは、耳をつんざくような大音量で、魔物の断末魔だったのだろう。額の目を起点にして魔物の体に亀裂が入ったかと思うと、瓦礫がれきのように崩れ落ち霧散消滅した。


 悲痛な叫びの残響が消え、辺りに静寂が戻る。


 二人は、ゆっくりと顔を見合わせ、


「や……やったーーーー!」


 と、同時に声をあげた。


 自分たちの手で魔物を討伐したことを実感したのだろう。


「っとと……」


 気が抜けたのか、ユキトはその場でよろけた。


「大丈夫!?」


 アリスが駆け寄ると、ユキトは情けない笑顔を浮かべながら大丈夫だと答えた。倒れることはなかったものの、立っているのがやっとの状態である。


「無理しちゃって……」


 苦笑しながらつぶやくアリス。ユキトをその場に座らせると、両手を彼にかざしながら、


「数多の星の輝きよ。今、いやしの光とならん。『輝ける星の恩恵クレティオ』」


 と、呪文を唱えた。


 すると、アリスの手のひらから淡いクリーム色の光があふれだし、ゆっくりとユキトを覆った。その光はほのかに温かく、魔物との戦闘で受けた傷や疲労感をいやしていく。


 輝ける星の恩恵クレティオは治癒魔法で、魔物の尻尾で吹き飛ばされた時にユキトが自身にかけたものでもある。だが、きちんと詠唱したものと詠唱なしのものでは、やはり効果は明白に違う。一分もしないうちに、ユキトの傷や疲労感はすべてなくなった。


「ありがとな、アリス!」


 と、子どものように純粋な笑顔でユキトは礼を言った。


「どういたしまして。それより、さっさと城に戻るよ。クロトさん、カンカンに怒ってたんだから」


 アリスは、立ち上がりながらそう告げた。


 その言葉に、ユキトは表情を歪ませた。怒られるだろうことは、充分に理解している。だが、嫌なものは嫌なのだ。


 そんなユキトに、アリスは肩をすくめて、


「しかたないでしょ、あんたが勝手な行動したんだから。それに、彼女を避難させなきゃ、でしょ?」


 と、路地を指さした。


 そこには、心配そうに顔をのぞかせているクリス・ロアンがいた。ユキトがよく行くパン屋の看板娘である。


「そうだった!」


 思い出したように言って、ユキトはクリスのもとへと駆けだした。アリスも彼について行く。


「ごめん、もう大丈夫だよ」


 ユキトが声をかけると、


「ユキト君、無事だったのね! よかった……」


 と、クリスはほっとした表情を浮かべて言った。


「まあね。あいつを倒せたのは、アリスのおかげでもあるけどさ」


 ユキトが本音交じりで言うと、


「本当にね。私がこなかったら、今頃やられてたんじゃない?」


 と、冗談めかしてアリスが言った。


「ユキト君、アリスちゃん。助けてくれてありがとう」


 クリスが、改まったように礼を言った。彼女は、アリスとも顔なじみなのである。


「お礼なんて……。私は、勝手なことしたこのバカを追いかけてきただけですから。でも、クリスさんも無事でよかったです」


 そう謙遜するアリスに、バカは余計だとばかりにユキトが抗議の視線を送る。


「私たち、これからラクトア城に行くんですけど、一緒に行きません? 一応、緊急時の避難場所にもなってるし、騎士団の人たちもいるから安全だし」


 アリスがユキトの視線を無視して提案すると、クリスは二つ返事でうなずいた。


 ユキトは、気が進まなかったが嫌とは言えず、先に行く女性陣二人のあとを渋々ついて行った。


  *  *  *  *  *


 住宅街と城門前広場を抜けると、ラクトア城の南門に到着した。一日のうちに三度も目にしていると、不思議なことに見慣れた光景だと思えてくる。


 城門をくぐると、不安を覚えるくらいの静寂が辺りを支配していた。おそらく、多くの騎士が街中へと出払っているのだろう。


 城の扉を開けると、ユキトと顔見知りの騎士と出食わした。彼は、特に治癒魔法が得意なようで、よく救護班に配属されている。今回もまさにそうだった。


 アリスは、彼にクリスのことや魔物を討伐したことを説明する。


 救護班の騎士は、お疲れと一言ねぎらうと、クリスの保護を引き受けた。彼女を城の奥へと案内しようとして、何かを思い出したように立ち止まる。


「そうそう、二階の『取調室』で兄貴がお待ちかねだぜ。がんばれよ、


 そう含みのある言い方をして、彼はクリスを連れて城の奥へと行ってしまった。


 自分が悪いとはいえ、そう言われてしまっては気が重い。行きたくないと二の足を踏んでいると、


「さっさと行くよ!」


 と、アリスに手を引かれてしまった。


 階段をのぼり、清潔感のある白亜の廊下を進んでいく。


 突き当たりまでいくと、右側に窓のないシンプルな扉があった。ここが、通称『取調室』である。規律に反した騎士が、ここで騎士団長からの説教を受けるのだ。ここに呼ばれた者は、最低でも一週間は他の騎士に会うことができない。寄宿舎の自室にも帰ることが許されず、団の規律について、みっちり叩き込まれるのである。


 この部屋の存在は、騎士団員なら誰でも知っている。その昔、素行の悪い騎士が、約一ヶ月で夜遊びをしなくなったどころか超がつくほど真面目になったことがあった。いったいここでどのようなことが行われていたのか、他の騎士たちは知る由もない。本人も騎士団長も何も言わなかったため、謎が謎を呼び恐れられている。


 その話は、クロトや他の騎士たちからユキトにも言い伝えられていた。ユキトは昔から、休日になるとよくクロトに会いに城を訪れていたのだ。


「悪いことをすると、取調室に連れて行かれるぞ」


 そんなふうに、騎士たちにおどかされていた。


 実のところ、子どもによく言う脅し文句だろうと思っていた。けれど、実際に扉を目の前にすると、得体の知れない恐怖がユキトの心に陰を落とす。


 そんなユキトを尻目に、アリスが扉をノックした。


「アリスです。ユキトを連れてきました」


 声をかけると、室内から入るようにという声が聞こえた。


 失礼しますと言いつつ、扉を開けるアリス。彼女の肩越しに、ユキトは室内を視界に映す。


 取調室は約四畳半ほどの小さな部屋で、窓は一つもない。室内にあるのは、シンプルなテーブルが一つとそれを挟むように置かれている二脚のいすだけ。


 テーブルの向こう側に、灰色のうさぎ耳をピンと立たせた軍服姿の男がいた。ユキトの兄、クロトである。


「二人とも、入りなさい」


 静かに告げるクロト。感情が見えないだけに恐ろしい。


「失礼しまーす」


 普段と変わらない声音で言って、アリスは取調室へと入った。


 その後ろからユキトが入る。緊張からか、かすれたような声はかすかに震えていた。


「ユキト。そこに座りなさい」


 と、クロトは冷たく告げる。


 否と言わせぬ声音に、ユキトはうわずった声で返事をしていすに座った。

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